医療法人が生命保険を活用するのは本当にメリットがあるのか?

公開日:2019年1月31日
更新日:2024年3月18日

はじめに

個人開業の医院が医療法人化する際、生命保険を法人契約で加入することを検討する先生も多いと思います。

リスクマネジメントとして個人で保険料を増額しても、最大12万円の保険料控除しか適用されません。

ですから医療法人化して個人の保険料を増額するのは、あまり勧められるものではなく、医療法人化するからには、法人での保険契約も十分検討したいところです。

しかしメリットばかりではなく、生命保険の出口戦略を考えなければ、本末転倒になります。

個人と法人向きの生命保険ではかなり性質が違うので、これまで個人の生命保険だけ見てきた人には戸惑うこともあると思います。

ここでは、医療法人が生命保険を活用するメリットとデメリットについて、最低限知っておきたいことを書いていきたいと思います。

法人契約の生命保険の損金の割合

医療法人化する際、リスクマネジメントの観点から、訴訟リスクの特約など、保険料の増額を検討する先生も多いと思います。

しかし、冒頭でお伝えしたとおり、個人で保険料を増額したとしても、最大12万円の保険料控除しか認められません。

ですから、個人の保険料を増額するくらいなら、生命保険料を損金として計算できる法人契約にしたほうが節税効果は大きくなります。

ただ、法人保険については保険商品によって損金にできる割合が違ってきます。

また、損金できるからといって、必ずしも得というわけにはいきません。

解約返戻率が、損金の割合や解約のタイミングによって違うためです。

出口戦略を間違うと、保険に入らなければよかったということにもなりますから注意が必要です。

以下、その点について詳しくお伝えしていきます。

全額損金の定期保険や逓増定期保険

先ほどお話した定期保険や、全額損金の逓増定期保険が該当します。

ただ、逓増定期保険は、36歳以上の人は全額損金にできないこと、設定できる保険料が少額になってきます。

こういった事情もあり、逓増定期保険については、1/2損金、1/3損金がほとんどとなり、全額損金は馴染みが薄いです。

※全額損金の逓増定期保険を扱っている保険会社はいくつかあります。

つまり全額損金の法人契約というと、代表的なのは定期保険になります。

全額損金ですから、法人税負担を抑える代わりに、解約返戻金が少なめに設定されます。

全額損金の定期保険に入るときは、まず解約返戻金をたくさん受け取れるタイミングを見極める必要があります。

しかし、最近は死亡保険金が受け取れるケースを限定する代わりに返戻率を高めにしている生命保険もあります。

それだけに、各々の医療法人の状態に見合った生命保険を法人契約する必要があります。

また、返戻率は若い人(20~30代)の方が返戻率が高い場合が多く、90%を超えることがあります。

ゆえに、全額損金の定期保険は、被保険者を若い社員にかけて、年長の経営者の退職金を準備することに向いています。

もうひとつ、注意しないといけないことは全額損金の保険の場合、解約返戻金は今度は全額が益金として参入されることです。

保険料総額が1億円、返戻率が85%の場合、受け取った解約返戻金8,500万円が全額益金として参入されます。

つまり、法人実効税率を30%として計算すればかかる法人税は2,550万円になります。

つまり、手元に残るお金は8,500-2,550万円=5,950万円になります。

全額損金の保険に加入しない場合は、同じ1億円にかかる法人税は3,000万円になりますから、手元に7,000万円になります。

あれ!?全額損金の定期保険に入らなかったほうが良かったじゃん!ということになります。

法人税負担は少なくなりますが、手元に残るお金が少なければ本末転倒です。

よく「法人税軽減のために保険に入ってはいけない!」という意見を聞きますが、おそらくこういう理屈から来ているのではないかと推測されます。

ただし、この理屈も半分正解で、半分間違っていると考えています。

というのも定期保険の解約と同じタイミングで、解約返戻金の額以上の額を損金に算入すれば、節税効果が出てくるためです。

例えば、黒字の年度に保険料を払って損金算入して税金を抑える。

そして赤字になったときは、必要な分だけ解約して解約返戻金を受け取り、赤字をカバーする方法です。

また将来的に多額の支出が確実な場合も、全額損金の定期保険は良いのではないかと思います。

1/2損金の逓増定期保険

個人の生命保険では、時間の経過とともに保障金額が減っていく代わりに、支払い保険料負担を抑える逓減定期保険がよく知られています。

個人では、時間の経過とともにお子さんの成長等を理由に万が一に必要なお金は減っていくため、安価な保険料の逓減定期保険のニーズは高いです。

一方で、逓増定期保険とは、この逆で保険金額が段階的に増えていくタイプの定期保険です。

法人契約の保険では、この逓増定期保険の方がよく知られています。

これは、法人となると、今度は時間の経過とともに多くの準備金が必要になってくるためです。

先にも書いたように、1/2損金の逓増定期保険は、年齢制限もなく、設定できる保険料も制限もありません。

なので、逓増定期保険というと、1/2損金や1/3損金のタイプのほうがよく知られています。

また、全額返金に比べて解約返戻率は高めです。

10年くらい90%以上をキープする逓増定期保険もあるため、全額返金の逓増定期保険と比べると、かなり使い勝手は良いと言えます。

ただし、逓増定期保険は、返戻率のピークをすぎると大きく減っていきます。

だいたいピークをすぎると、1年毎に10%前後返戻率が減っていきます。

したがって、契約時には解約の時期を確認しておき、当然解約返戻金の使い道も確認することが必要です。

例えば、1/2損金の逓増定期保険は、10年前後(目安)という比較的短い期間で退職金を積み立てたりすることに向いています。

長期平準定期保険

一方、同じく1/2損金タイプで、医療法人の役員の退職金積立などで長年人気がある長期平準定期保険というのがあります。

長期平準定期保険は、定期保険のなかでも、長期の保険期間を設定するものです。

短期的にお金を積み上げる逓増定期保険と違うのは、15~30年と長期でお金を貯めていくことに向いています。

保険期間が非常に長いのと、解約返戻率も高く、60~70歳の頃に100%を超えることがありました。(あとで話すように、「以前まで」という条件が出てきますが)

定期保険とはいえ、イメージとしては終身保険に近くなるのも人気のひとつと言えます。

解約返戻率が高いので、長期的にお金を貯めるならば、かなり使い勝手が良いです。

長期平準定期保険は長期に渡って役員の退職金を貯めたり、赤字の穴埋めに活用することで、節税効果が出てきます。

ところが2017年4月以降、この長期平準定期保険が料率改定となり、平均7%近く保険料が上がりました。

一部の保険会社では15%近く保険料が跳ね上がっているものもあります。

理由は他の保険商品同様、日本のマイナス金利政策で運用が悪くなったためです。

そして解約返戻率も大幅に下げられ、多くても90%前後のものしかなくなりました。

ここで、長期平準定期保険に変わる、新たな法人向きの保険商品が出てきました。

そのうちの1つが返戻率が最初は低く、退職金を受け取るタイミングで大きく跳ね上がり、100%を超えてくる低解約返戻金型の定期保険です。

つまり、退職金の積立を狙い撃ちしたような定期保険で、役員等の退職金を効率的に積み立てたい場合に向いています。

一方で、退職金積立以外のメリットはなく、返戻率のピークが来る前に解約すると大損するので注意が必要です。

1/3損金の逓増定期保険

長期平準定期保険の保険料値上げと返戻率の引き下げに伴い、代わりに注目されるようになったのが1/3損金の逓増定期保険です。

当然1/2損金の逓増定期保険に比べても解約返戻金は高くなり、しかも返戻率100%を超える期間が10~25年後とかなり長くなります。

ですから、退職金の積立としては柔軟に考えることができる、長期の資産形成を目的とした商品として向いています。

しかし、資産の2/3は資産計上になるため、今度は節税向きではなくなります。

利益が出ていて節税を検討している場合には向いていない保険ということになります。

まとめ

今回は医療法人向きの生命保険で、主に法人税の節税や退職金の積立という観点でお伝えしました。

医療法人化した場合は、たしかに個人の保険だけではなく、法人向きの生命保険の活用も併せて検討したいところです。

しかし、ただ法人税の節約になるから入った方が良いかと言われれば、決してそんなことがないことがわかったかと思います。

むしろ、出口戦略をしっかり考えないと、かえって益金分の課税と解約返戻金の低さから損してしまうことも考えられます。

医療法人向きの生命保険でも、各々相反する長所と短所があるため、本当に自分の医院に必要かどうかをしっかり検討していきましょう。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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