【注目】働き方改革で求められる医院・クリニックの対応と対策まとめ
2019年4月1日より「働き方改革関連法」が施行され、経営者として、職場で働く従業員の新しい働き方を模索することが望まれています。
しかし一方で、表向きは法令を遵守しながら、旧態依然の違法労働を行う「見せかけのホワイト企業」が増えることが懸念されています。
医療機関で言えば「見せかけのホワイト医院」「見せかけのホワイトクリニック」と言ったところでしょうか。
具体的には、表向きは働き方改革関連法を守っており、表向きは休暇の取得や残業の制限を呼びかけながら、実態はサービス残業などが行われている「ブラック企業(医院、クリニック)」を指します。
一見「ホワイト医院」「ホワイトクリニック」に見えるので、通常の「ブラック医院」「ブラッククリニック」より悪質とも言えます。
今回は、先生の医院・クリニックが「見せかけのホワイトクリニック」にならないための対応と対策についてお伝えしたいと思います。
ポイント①「時間外労働の上限の厳格化」への対応と対策
まず、働き方改革関連法では、「時間外労働(残業)に対する上限の厳格化」が行われました。
時間外労働に対する上限については、一般企業と違い、医療機関では医師と医師以外の医療従事者では施行時期が異なります。
「時間外労働の上限の厳格化」の内容
時間外労働、いわゆる残業労働については、36協定で原則月45時間、年間360時間の上限が設けられています。
しかし、36協定の内容によっては、この上限を超えて残業をさせることが可能であり、その場合の残業時間の上限は実質青天井でした。
そこで、働き方改革関連法の改正後は、残業はトータルで年720時間までという法律上の上限が明確に設定されました。
また、繁忙期であっても残業は月平均80時間まで(1ヵ月最大100時間未満)となり、それ以上の残業は違法となります。
残業規制に関するルール違反に対しては、「6ヵ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」の刑罰が法律上定められています。
医師と医師以外のスタッフで施行時期が異なる
医院・クリニックで気を付けたいのは、医師と医師以外の医療従事者で「時間外労働の上限の厳格化」の施行時期が異なることです。
看護師など、医師以外の医療従事者は、大規模医療機関では2019年4月に、中小規模医療機関では2020年4月に施行されています。
しかし、医師については適用時期が2024年4月となっており、施行内容についても、2020年現在では上記のようにするかは定かではありません。
これは、命を救う立場にある医師が、上記のような時間外労働時間を守れなかったら罰則の対象とするのは現実的でないという考えによります。
実際に救急機能を有する医療機関の3割が、年間1860時間、中には年間3,000時間の労働を超える医師を抱えていると言います。
ただ、だからといって「医師の時間外労働は仕方ない」と言って、何も対策しないのは望ましくありません。
救急機能を有する場合であればともかく、医師についても時間外労働削減の取組みは求められるのは間違いありません。
「時間外労働の上限の厳格化」の取組み
それでは、この新しい「時間外労働の上限の厳格化」に対して、医院・クリニックとしてはどのように対応すればよいのでしょうか?
まず、現時点での院内での残業状況を確認しましょう。
具体的には、上記の基準に従い、以下のようなことを確認します。
- すべての従業員について年間残業時間が720時間以下になっているか
- すべての従業員について繁忙月の残業時間がおおむね80時間以下か
- すべての従業員について残業時間が月100時間以上になっているケースがないか
対策としては、
- 一部のスタッフの残業時間が多すぎる場合は、他のスタッフと業務分担する
- 新しく人材を補充する
- 業務そのものの効率化、仕組み化を図る
などして、新しい法令による残業規制をクリアできる体制を整える必要があります。
ポイント②『年次有給休暇取得の義務化』への対応と対策
今回の改正法による「年次有給休暇取得の義務化」では、年10日以上の有給休暇の権利があるスタッフに対して、最低5日以上の有給取得を義務付けられました。
これは正職員だけでなく、パートやアルバイトも、年10日以上の有給休暇の権利があれば対象となりますので注意しましょう。
そこで、対象となるスタッフごとに有給休暇の消化日数が5日以上になっているかを確認してください。
そして、5日未満になってしまいそうなスタッフについて、有給休暇取得日を指定する体制を整備する必要があります。
詳しい対策については、専門家などに相談などして、場合によっては社内のルールの見直しも検討しましょう。
「年次有給休暇取得の義務化」も対応が必須で、法改正による義務に違反して、対象となるスタッフに有給休暇の指定をしなかった場合は、30万円以下の罰金が課されます。
従来のように、なし崩し的に年次有給休暇を取得したり、しなかったり、スタッフ本人に有給休暇の取得を任せておくことは違法となるので十分注意してください。
詳しい内容は、以下の記事をご覧ください。
【関連記事】働き方改革の目玉「有給休暇義務化」の内容とクリニックで行なうべき2つの対策
ポイント③「労働時間把握の義務化」への対応と対策
実は「労働時間把握の義務化」についても、今回の法改正前でも雇用側がスタッフの労働時間を把握することは義務でした。
しかし、これを明確に定めた法律はありませんでした。
今回の法改正で、労働安全衛生法に企業の労働時間管理義務が明記されています。
具体的な把握の方法については今後、厚生労働省令で詳細が定められることが予定されています。
この法令に対する医院側の対応としては、まずは、現在院内で行われている従業員の労働時間の把握方法の確認です。
今後厚生労働省令では、PCログの記録やタイムカードなどの詳細な方法を具体的に定められる可能性があります。
ですので、現在の労働時間の把握方法が、新しく定められる厚生労働省令で認められるかどうか、今後の動向について注目しておきましょう。
この法令に対する罰則は、現時点ではありません。
だからといって、対策を怠るとサービス残業が蔓延し、冒頭の「見せかけのホワイト医院」となるリスクにつながります。
しっかり社内で従業員の労働時間を把握する方法を、今の内から整備しておくことが大切です。
サービス残業については、いくつか発生しやすいケースがあります。
対策を施して未払い残業代請求などの労使間トラブルを防ぐようにしましょう。
【関連記事】クリニックのサービス残業が発生しやすい4つの事例と対策
ポイント④「同一労働同一賃金」への対応と対策
「同一労働同一賃金」ルールは、パートなどのいわゆる非正規職員について、正職員と比較して不合理な待遇差を設けることを禁止するものです。
不合理な待遇差の例
具体的には、どのようなケースが考えられるのでしょうか?
例えば
皆勤手当を正職員にのみ支給し、フルタイムのパートには支給していないケース
通勤手当を正職員にのみ支給し、パートには支給していない、あるいはパートのみ上限を設けているケース
などは、今回の法改正では違法とされます。
自院において、それぞれのステータスの従業員の賃金体系、その他の待遇について、正職員と違うところがないか確認してください。
正職員との待遇差の違いの説明義務
正職員には支給はしているが、非正規のスタッフには支給していない手当がある場合はどうすれば良いでしょうか?
選択肢は以下のいずれかです。
・待遇差が合理的なものといえるか検証し、合理性がある場合は非正規のスタッフに説明する
・合理性がない場合は待遇差を解消する
今回の法改正で、非正規のスタッフから正社員との待遇差についての理由を求められたときに、説明する義務が新たに定められました。
この説明責任ができるかどうかが、「ホワイト医院」と「見せかけのホワイト医院」を分ける大きなポイントになります。
「あいまいな待遇の説明」や「わかりにくい表現」は避け、どのスタッフに説明を求められても、納得させるだけの理由を常に持っておくことが必要です。
罰則はないが、労使間トラブルのリスクは高い
現時点では、同一労働同一賃金ルールへの違反には罰則は定められていません。
しかし、同一労働同一賃金ルールに違反している場合、非正規のスタッフから正職員との待遇格差について損害賠償請求を受けるリスクがあります。
現状でも、パートタイマーなどが退職後に正職員との待遇格差について賠償を求め、雇用側が敗訴するケースが相次いでいます。
今回の法改正に伴い、今後これらのケースが多くなることが予想されますので、必ず上記の対応と対策を立てるようにしてください。
詳しい内容については、以下の記事も併せてご覧ください。
【関連記事】:【法改正】クリニックの常勤とパートの不合理な待遇差が禁止に
【まとめ】違反した医院・クリニックは公表される恐れあり
今回は2019年4月1日より施行された「働き方改革関連法」に対して、経営側が採るべき対応・対策について解説しました。
厚生労働省では2017年5月より、労働基準関係法令違反により書類送検された企業の名前を公表しています。
いわゆる「ブラック企業」の公表です。
これは医院・クリニックについても同様で、もし公表されるようなことになれば、医院のイメージが大きく傷つくのは必至です。
また、今回の「働き方改革関連法」の施行により、労働者の権利拡大の意識が高まりました。
特に、有給休暇や残業規制については対応が遅れると、罰則の対象になるだけでなく、スタッフの不満につながり、労使トラブルに発生する恐れがあります。
そのようなリスクを未然に防ぐためにも、重要なことは、単なる「見せかけ」ではなく、今回の法改正を遵守する強い問題意識です。
まずは、現場の労働環境や労働状況を把握し、今回新しく施行された法令のポイントに沿った形で、改善を進めていきましょう。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。