医院・クリニックのサービス残業が発生しやすい4つの事例と対策

公開日:2020年1月16日
更新日:2024年3月18日

医院・クリニックの院長先生にとって、人件費はなるべく抑えたい気持ちがあるでしょう。これは経営者の立場であれば、誰でも持っている悩みです。

しかし、労働基準法で定められた所定労働時間を超えた場合は残業代(時間外手当)を支払わなければならず、サービス残業は基本的に許されません。

サービス残業や給与の未払いについては、労務問題の最大の関心事の1つです。

法律遵守はもちろんのこと、院長先生とスタッフとの信頼関係を維持するためにも、適正な残業代を支払わなければいけません。

同時に、サービス残業を防ぐための取り組みも欠かせません。

そこで今回は、医院・クリニックでサービス残業が発生しやすい事例を紹介し、サービス残業を蔓延させないための対策をお伝えします。

タイムカードの打刻時間と自己申告に大きな乖離がある

医院・クリニックでも勤怠管理にタイムカードを使用しているところは多いでしょう。

しかし、実際にタイムカードの打刻時間と本人の自己申告で大きな乖離が発生するケースが少なくありません。

なぜタイムカードの打刻時間と本人の自己申告に乖離が起こるのか?

タイムカードの打刻時間と自己申告に乖離が起こる原因は次のようなものが考えられます。

①業務と位置づけられるはずの院内研修や勉強会が業務として申告されていない。もしくは申告させてもらえない。

②院長先生独自の判断で、新人などの残業が申請させてもらえない

③夜勤者など、看護師の前残業が常態化している

④帰り際、スタッフ間でおしゃべりなど無駄な時間を費やしている

特に①~③については、労働時間として認めるべき事例です。

申告を認めないのは行政指導の対象になったり、後で未払い残業代を支払ったりすることになるので改善が必要です。

タイムカードの打刻時間=労働時間は妥当か?

タイムカードと勤務時間が乖離する問題は、タイムカードの打刻時間=労働時間とすれば一見すると解決しそうです。

しかし、実際にはケースによって妥当かどうかが変わるのが実態と言えます。

打刻時間≠労働時間

多くの場合は、「タイムカードの打刻時間≠労働時間」と考えます。

「タイムカードは労働時間を記録するものではなく、勤怠管理のための記録にすぎない」というのが一般的な考え方であるためです。

残業代の対象とすべきかどうかは、基本的にタイムカードの時間からは画一的に判断できないと考えて良いでしょう。

打刻時間=労働時間

しかし、だからといってタイムカードの打刻時間を適当に管理しては良いとは限りません。

適当に管理していると、打刻時間=労働時間とみなされる判例もあるためです。

例えば

・タイムカードを打刻したあとに残業をしていた
・実際の労働時間や業務内容をチェックしていなかった
・サービス残業するスタッフを放置していた

ということになれば「打刻時間=労働時間」、もしくは「打刻時間<労働時間」があると判断された判例もあります。

無駄に時間を過ごしてタイムカードの打刻が遅くなった場合は?

先ほども申し上げたように、上記①~③については明らかに労務管理として問題です。

しかし、④のように無駄におしゃべりしてタイムカードの打刻時間が遅れてしまった場合は、さすがに時間外労働と認めるのは理不尽です。

それであれば、なおさらタイムカードだけでなく、それ以外の方法でも労働時間の実態を適正に把握し、時間外労働を管理する必要があるでしょう。

例えば最近はタイムカードを廃止し、PCのログイン、ログオフで労働時間を管理するクリニックも増えてきました。

もちろん、スタッフの労働時間を客観的に把握することは義務になっていますから、PCで勤怠管理するならスタッフ全員にPCを配布する必要があります。

しかし、PCのログイン時間で勤怠管理することにより、次のようなメリットがあります。

・始業、終業時間をタイムカードより正確に把握できる
・不正な打刻や打刻忘れを防止
・仕事終了後にダラダラしていることをカウントしなくて良い
・結果的に自己申告との乖離が発生しにくい

スタッフ全員にPC配布と言っても、タブレット型でも良いので、コストは抑えることは可能です。

実際にこれで残業代を圧縮できた例もあるので、導入を検討してみるのも良いと思われます。

命令をしていないのにスタッフが勝手にサービス残業をしている場合は?

特に命令をしていないのにスタッフが勝手にサービス残業をしていることは案外多いです。

この場合もタイムカードの打刻時間と自己申告に乖離が発生しやすいですが、基本的には時間外労働とは認めたくないものです。

また一見するとスタッフも勝手にサービス残業しているわけですから、残業代を請求しないと思われます。

しかし何か別の理由でクリニックに不満を持った場合、あとで残業代を請求される可能性があります。

未払い残業代の時効は2年間(労働基準法第115条)ありますから、後で院長先生が恨まれるようなことがあれば十分あり得る話です。

どちらにしろ、このような状態を放置してしまってはダラダラ残業を蔓延させてしまいます。

このような場合はスタッフに「残業は業務命令で行うもの」という意識付けを徹底することが大切です。

残業させる場合は理由を明確にして、患者の生命に関わるなど緊急性・必要性がなければ定時で帰らせるなどの指導も必要でしょう。

労働時間の労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン

タイムカードの打刻時間と自己申告に大きな乖離があることは法律的に問題が出てくることがあります。

そもそも、2019年の働き方改革でスタッフの労働時間を的確に把握することが義務化されたためです。

具体的には、厚生労働省「労働時間の労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では次のように定められています。

○ 使用者は、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適正に記録すること

(1)原則的な方法
・使用者が、自ら現認することにより確認すること
・タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること

(2)やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する場合
①自己申告を行う労働者や、労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な運用等ガイドラインに基づく措置等について、十分な説明を行うこと
②自己申告により把握した労働時間と、入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること
③ 使用者は労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならないこと。さらに36協定の延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、労働者等において慣習的に行われていないか確認すること

引用元:厚生労働省「労働時間の労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」

つまり、今までの例で紹介したような、タイムカードの打刻時間と実際の労働時間に大きな乖離があれば実態調査が必要となるということです。

また、適正な自己申告を阻害するようなことをしてもNGなので、サービス残業を強要すること自体も違法となります。

原則的にタイムカードやPCの打刻時間≒自己申告の時間とし、もし乖離する場合は理由を付けなければいけません。

タイムカードと自己申告の乖離の許容範囲

それでは、タイムカードと自己申告の乖離はどれくらい認められるのでしょうか?

こちらについては、判例で「30分程度は退社するための猶予時間」とするものがあります。

ですから、1日30分程度の乖離であれば特に問題ないと言って良いでしょう。

休憩時間中に緊急の対応で休憩が取れなかった場合

患者さんへの緊急の対応などで、休憩時間中に休憩を取ることができなかった。医院・クリニックでは十分あり得る話です。

この場合、休憩が取れなかった時間に相当する時間外手当を支払ってもいいのですが、他の時間に休憩を与えることも検討しましょう。

例えば1時間休憩できなければ、他の労働時間に30分ずつ2分割で休憩を与えることも可能です。

そして、どうしても他の時間でも休憩が取れなければ、時間外勤務として扱い、法定労働時間を超えた分だけ残業代を支払います。

この時間が深夜時間帯(PM10:00~AM5:00)であれば、25%の深夜割増を支払わなければいけません。

この場合はタイムカードやパソコンの勤怠管理では把握が困難なので、時間外勤務申請書に記入して申請するケースが一般的です。

なお、緊急対応に備えて、院内に待機している手待時間についても、例え休憩時間中に発生したとしても労働時間にカウントされるので注意してください。

【関連記事】【クリニックの労務管理】朝礼や研修、オンコールは労働時間に含む?

看護師が「前残業」している場合

医療機関のサービス残業問題で話題になりやすいのが、看護師の始業前準備(前残業)です。

基本的には、業務に必要な準備、着替え、清掃、後始末も労働時間としてカウントされるので、始業前準備も労働時間に含めなければいけません。

この「前残業」が当たり前の風潮だったり、業務上欠かせなかったりする医院・クリニックも多いので労働時間の把握には十分注意しましょう。

前残業をしないといけない雰囲気を作っているクリニック

タイムカードの打刻時間と自己申告の乖離は1日30分くらい認められることを考えれば、10~30分くらい早出するのは問題ないでしょう。

しかし、1時間も2時間も早く出勤して残業代を支払わないとなれば話は別です。

実際に情報収集や夜勤者による患者の状態観察など、仕事上の不安を解消するために始業前に出勤する看護師は多いようです。

それが当たり前になってしまうと、新人スタッフにまで「前残業をしなければいけない」という雰囲気を与えてしまいます。

業務上必要なことであれば残業代を支払えばいいのですが、少なくともサービス残業となることは避けなければいけません。

看護師が前残業する3つの大きな理由

基本的には自主的に早く出勤するのであれば労働時間にカウントされるものではありませんが、始業前準備する理由で大きなものは次の3つです。

①始業前に準備をしないと業務に支障をきたす
②勤務時間中に情報収集や点滴作成・ケアなどの準備時間が設けられていない
③勤務時間中にやるべき業務だと思うが、その時間が設けられていない

特に早出を指示していなくても、上記の理由でスタッフが早出せざるを得ないならば、労働時間として適正にカウントしなければいけません。

上記のことで残業時間として申請することを遠慮するスタッフはいますが、申請しなければサービス残業になってしまいます。

ただし、「通勤ラッシュを避けるために早めに出勤するが始業まで仕事も準備もしない」といった場合は労働時間にカウントする必要はありません。

また、自主的に早めに出勤して仕事に必要な勉強をする場合も労働時間にカウントする必要はないでしょう。始業後の業務に支障が出るものではないためです。

前残業の蔓延を抑制するポイント

前残業はサービス残業が発生しやすいところですし、業務の生産性を上げてなるべく避けるように改善したいところです。

そのため、どうしても始業前準備をして安心して業務したい場合であったら、「30分以上前の出勤は厳禁」と一定のルールを設けるのも1つの手です。

もしくは、労働時間と認められる業務だが始業後に組み込めないのであれば早番(早出勤務)として新たな勤務形態を設けてもいいでしょう。

その他、前残業の蔓延を抑制するポイントとしては、次のようなものが考えられます。

①「始業前準備は上司の指示があった場合を除き、労働時間として扱わない」旨をスタッフに周知徹底する

②始業前にスタッフを業務に従事させる必要がある場合には、書面などで明確に指示を行い、原則前残業はしない

③特に大きな理由もなく早出しているスタッフに対しては、出勤時間を改めるように個別に指導する

④どうしても必要な始業前準備がある場合は、みなし残業(固定残業手当)を導入する

このような措置を取ることで、「先輩スタッフが早く出社しているから自分も早めに出社しなければいけない」と気を使うこともなくなります。

前残業をしないといけないような風潮は、ルールを制定することで改善するのも手です。

看護記録の記入作業で時間外労働が発生した場合

情報収集や看護記録の記入作業について所要時間に個人差が出てくるのも、クリニックのサービス残業問題ではよく出てくるケースです。

「普通の看護師が30分で終わる作業を1時間かかっているだけだから、時間外労働でも残業代は支払えない」というものです。

もっと抽象度を上げて言えば、「無能で仕事の遅い看護師に残業代は支払いたくない」ということでしょう。

しかし、どんなに効率が悪くても業務に取り組んでいる以上は労働時間であり、時間外に業務していれば残業代を支払う必要があります。

無能だからといって、残業代の支払いを拒否することは許されません。

ましてや「新人スタッフに時間外手当は支払えない」というのは論外と言えるでしょう。

情報収集や看護記録について言えば、これは本人の能力やセンスの問題だけでなく、医院・クリニック側の工夫の問題でもあります。

例えば電子カルテを導入していれば、言葉を選択式に設定(標準化)することで、誰でも簡単に記録作業ができるようにすることも可能です。

また書き方を統一したり、記録様式の見直しを行ったり、記録業務の標準化・効率化を図ることも必要です。

記入業務の所要時間で個人差が激しいような場合は、医院・クリニック側の方でも簡易に記入でいるような工夫が必須です。

【まとめ】クリニックもサービス残業問題の標的にされている

以上、クリニックのサービス残業が発生しやすい事例と対策についてお話しました。

サービス残業を放置したり、むしろ強要したりクリニックは今後注意が必要になるでしょう。

というのも、今後は弁護士が誘導する形でクリニックに対する未払い残業代請求が急増することが考えられるためです。

実際に最近は未払い残業代請求を取り扱う弁護士の先生は増えています。その中でも格好の標的となるのがクリニックです。

開業医の先生はトラブルを避けたがる傾向にあるので、訴訟を起こされたら和解金を支払ってでも和解に持っていこうとします。

ほとんどの法律事務所は成功報酬制を謳っていますから、開業医の先生からは効率よく報酬を得られることになります。

「未払い残業代で泣き寝入りはさせません」と宣伝している法律事務所にクリニックのスタッフが駆け込むことは容易に想像できます。

サービス残業を当然と考えている開業医の先生はすでに狙われているのです。

先生の医院・クリニックはトラブルに巻き込まれることがないように、サービス残業をなくしていく必要があるでしょう。

残業に関しては、以下の記事もご覧ください。

【関連記事】クリニックのスタッフに残業を命令できる3つの法的条件

【関連記事】【クリニックの時間外労働】みなし残業(固定残業)代の有効条件と注意点

亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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