開業医が弁護士を選ぶ3つのポイントと医院・クリニックの法律相談事例
はじめに
患者さんとのトラブル(医療過誤や応召義務、医療費未払い等)や、労使間トラブル(退職、解雇等)などで、開業医の先生が訴訟問題に巻き込まれることは決して珍しいことではありません。
産婦人科や小児科など、比較的トラブルが多いと言われている診療科目の医院・クリニックでは、弁護士と顧問契約を結んでいるところが多くなっています。
そこで、開業医の先生が優秀な弁護士を選ぶ重要ポイントをお伝えし、さらに相談事例を紹介しながら弁護士と契約するメリットをお伝えします。
開業医の弁護士の選び方3つの重要ポイント
まずは、開業医が弁護士を選ぶ際に重視すべきポイントについてお伝えしていきます。
税理士や社労士など、他の士業の選び方とは、また少し違うところがありますので、重要なポイントを押さえ、安心できる弁護士を見つけましょう。
医療業界での訴訟実績
税理士や社労士と同様、やはり弁護士においても医療業界で訴訟実績のある方と契約するのが望ましいのは言うまでもありません。
インターネットで「開業医 弁護士」「クリニック 弁護士」で検索すると、医業案件が得意な弁護士のホームページも出てきます。
また、先に開業した先輩医師から医業業界の法律トラブルに強い弁護士を紹介してもらうのも良いでしょう。
後述しますが、医院・クリニックの法律トラブルで多いのは労使間トラブルや患者さんとのトラブルです。
少なくとも、問題スタッフや患者さんとの訴訟対応に対してしっかりと対応できる弁護士を選ぶようにしましょう。
医療案件以外の実績も重視
一方で、弁護士は「◯◯という業種に特化して」「◯◯問題に特化して」という形で案件を絞って引き受けることはほとんどありません。
経験を重ねるうちに、結果的に何らかの傾向が出てきたりはしますが、基本的に弁護士は1人でいろんな案件をこなす法律のプロです。
そのため、「◯◯の案件はできるけど、△△の案件はできない」といったケースは、比較的少ないのが特徴です。
医療案件以外の実績についても確認しておくと良いでしょう(たとえば有名な大型事件の被害者弁護団になっているなど)。
全体的に民事訴訟の実績があれば、医療案件にも問題なく対応できる可能性が高いです。
医業に特化した税理士や社労士からの紹介
弁護士を探す方法は、先輩医師や医師会からの紹介、弁護士会や地方自治体からの紹介、インターネット検索など様々あります。
そのほか、医業に特化した税理士や社労士を顧問に選び、紹介してもらうという方法があります。
医院・クリニックの税務・労務を扱うのであれば、医療案件に強い税理士や社労士を選ぶことがとても大切です。
また、医業に特化した税理士は、同じく医業に強い優秀な弁護士と馬が合い、繋がっていることが多いです。
そもそも、優秀な税理士や社労士は、他の士業ともうまく連携を取り、先生の負担や不安をなくすように努めています。
実際に、士業同士が連携を取ることによりワンストップで対応し、スムーズに物事が解決するのは、開業医の先生にとっても大きなメリットです。
医業に強い税理士や社労士と契約しているのであれば、「弁護士で良い人はいないか」と紹介してもらうのも良いでしょう。
医療案件に問題なく対応できる優秀な弁護士を紹介してもらえる可能性は高いと思います。
開業医が弁護士に相談する代表的な事例
実際に、開業医が弁護士に相談する事例のうち、実際に起こり得るケースについてお伝えしていきます。
特に問題スタッフやモンスターペイシェント(問題患者)とのトラブルは多いため、事前の対策が必要です。
問題スタッフとの労使間トラブル
開業医の先生の相談で多いのが、問題スタッフとの労使間トラブルです。実際に医療の現場では、スタッフとの関係に悩む開業医の先生は非常に多いと言われています。
労使間トラブルといっても、パワハラ・マタハラなどのハラスメント、残業代や退職金未払いなど様々です。
特に多いのが「あのスタッフを辞めさせたい。クビにしたい」という解雇に関する問題です。
労働契約法第16条では「解雇権の濫用」が無効とされています。
そのため、スタッフに対して「やる気がない」「院内の雰囲気を悪くしている」「患者さんに対する印象が悪い」という理由で、安易に解雇することができません。
特にスタッフが先生に対して怨恨が強い場合、不当解雇で医院・クリニックを訴えることが考えられます。
不当解雇は、判例を見ても雇用側に不利に終わるケースが多いので、解雇に関するトラブルはなるべく避けるのが賢明です。
基本的には問題スタッフに対しては、社労士などと相談しながら改善指導を重ねたり、円満退職を勧奨したりすることになります。
しかし、それでも止むなく解雇を検討せざるを得ないケースもあるでしょう。
このような場合、弁護士の力を借りると、多くは円満解決させることができます。
モンスターペイシェント(問題患者)とのトラブル
スタッフとのトラブルの次に多いのが患者さんとのトラブルです。
特に厄介なのがモンスターペイシェントと呼ばれる問題患者ですが、問題患者とのトラブルには、大きく分けると次の類型があります。
- ①必要以上に完治を求めるなど理不尽な要求をしてくる
- ②暴言を吐く・暴力を振るう
- ③医療過誤だと主張してくる
- ④医療費の未払いがある
このような問題患者との法律トラブルに関しては、もちろん弁護士が対応することが可能です。
ただ、もう1つ弁護士と契約するメリットは、問題患者に対して「弁護士に相談する」と言えることです。
それだけで問題患者は怯んで引き下がることも多く、結果的にトラブルを未然に防ぐことに繋がります。
もちろん、訴訟問題に発展したり、医療費の未払いが続くたりするようなことがあれば、弁護士と相談して法的措置を取るのは言うまでもありません。
診療拒否によるトラブル
上記の問題患者とのトラブルは、他の業種のクレーマー対応とは違う側面があります。
たとえば飲食店であれば、マナーが悪く横柄な態度の顧客に対して「二度と来るな!」と言うことができます。
しかし、医師は簡単に「二度と来るな!」「お前の診療はしない」と拒否することはできません。
ご存知の通り、応召義務違反に該当する可能性があるためです。
ただ、診療を拒否すれば必ずしも応召義務違反に該当するわけではありません。
例えば次のような患者に対して診療を拒む場合は、応急措置が必要でなければ応召義務違反に当たらない可能性があります。
- 休日や時間外での診療を要求される
- 医療費の再三の支払いに応じない
- 理不尽な理由で医療費の支払いを拒否してくる
- 暴言や暴力によって、診療に支障が出る
しかし、このような理由が、診療を拒む正当な理由に該当するかどうか、判断が難しいようなこともあります。
応招義務に限った話ではありませんが、法律的に大丈夫かどうか微妙で、先生自身で判断しかねる場合は、気軽に相談できる弁護士がいると心強いでしょう。
応招義務に関する患者トラブルの判例もありますから、判断が難しい場合は、弁護士の指示を仰ぐようにしましょう。
医師特有の離婚問題
離婚問題は代表的な民事訴訟の1つで、対応する弁護士は多いですが、医師の離婚には特有の問題があります。
- 財産分与や養育費の支払いが高額になりがち
- 離婚する妻が医療法人の理事である場合
- 自宅兼クリニックの場合
既婚者の1/3が離婚すると言われる時代で、医師も例外ではありません。
泥沼化する前に、弁護士と相談しながら円満離婚に持っていけるようにしましょう。
インターネットの誹謗中傷や風評被害
医院・クリニックにおいて、何らかの恨みを持つ患者や、退職した元スタッフからネット上で誹謗中傷されることは十分あり得ます。
- Google Mapsなどで最低評価を付けられ、酷い口コミを書かれた
- 医師やクリニックのSNS(Facebook、Twitterなど)のコメント欄に誹謗中傷を書かれた
- 退職した元スタッフが、転職関連サイトで悪口を書いた
- 患者や退職した元スタッフが、個人のFacebookやTwitterで医院・クリニックを特定できる形で悪口を書いた
- Yahoo知恵袋に、患者や退職した元スタッフが悪口を書き込んだ
この中には、簡単に悪口が消せない場合もあり、その場合悪い噂が拡散されてしまう恐れがあります。(Google Mapsの口コミや、悪口を書いた人が運営するSNSやブログなど)
2020年、とあるテレビ番組に出演していた女性が、SNSの誹謗中傷と思われる理由で死に追いやられたことは記憶に新しいでしょう。国会で取り上げるほどの騒ぎになりました。
また、この事件の少し前、Twitterでデマ情報をリツイートで拡散しただけで訴えられ、敗訴したケースもありました。
今後、インターネットの誹謗中傷や名誉毀損に対する目がますます厳しくなっていくことが予想されます。
集患に関わるほどの度重なる誹謗中傷である場合は、信頼できる弁護士に相談して解決を図ると良いでしょう。
開業時の法律トラブル(スタッフの引抜きや競合禁止など)
これから医院を開業しようとする先生にとっても、法律トラブルに巻き込まれる可能性があります。
代表的なところでは、開業時に同じ医療機関で働くスタッフを引き抜いたり、競合エリアで開業したりする場合です。
どちらも入職時に雇用契約などで合意していなければ、基本問題ありませんが、例え合意していても無効になる場合があります。
開業前に勤務先の医療機関とトラブルになりそうな場合も、解決を図るために弁護士に相談することが有用になります。
【まとめ】信頼できる弁護士を見つけ、トラブルを未然に防ぐ
以上、開業医の先生が優秀な弁護士を見つけるポイント、及び弁護士に相談する代表事例をお伝えしました。
医療訴訟をはじめ、勤務医の先生であれば、法律トラブルは病院やクリニックの責任になりますが、開業医の先生であれば、ご自身で責任を取ることになります。
弁護士というと、訴訟問題に発展するなど、何か大きな問題があったときに頼りにするイメージがあります。
しかし、事前に信頼できる弁護士と相談しておけば、未然にトラブルを防いだり、問題が泥沼化することを防いだりすることができます。
信頼できる弁護士を早めに見つけ、安心して診療に専念できるようにしましょう。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。