医師と妻が離婚で揉めないために知っておきたい財産分与の話
離婚する際に発生するお金の問題には財産分与、慰謝料、養育費といったものがあり、それらを別々に考える必要があります。
どれも揉めることもある問題ですが、医師の場合は比較的財産が多いことが考えられるので、財産分与では大きな金額を扱うことになります。
また基本的な財産分与の分配方法の枠組みは医師以外の方と一緒ですが、医師の財産分与特有のケースもあります。
今回は医師と、医師の奥様が離婚で揉めないための財産分与の話についてお伝えしていきたいと思います。
「慰謝料はどのくらい?」それ財産分与のことを言っていませんか?
弁護士の先生にお話を伺うと、まず確実に「慰謝料はどれくらいになるのでしょうか?」という相談を受けるそうです。
しかし、よくよく話を聞いてみると財産分与や養育費と混同しているケースが非常に多いとのことです。
そもそも慰謝料は不倫やDV、虐待などの不法行為によって発生するお金です(民法第709条、710条)。
財産分与というのは、「結婚している間に一緒に築いた財産は貢献度に応じて分ける」というもの。(民法第768条)
慰謝料と財産分与はまったく別物です。慰謝料を請求する際は別途不法行為の証拠を示して財産分与とは別に請求することになります。
また養育費は扶養すべきお子さんがいた場合に、将来に渡って継続的に払っていく費用であり、これも財産分与とは別の話です。
慰謝料や養育費については、次の記事で詳しく書いていますので、併せてご覧ください。
【関連記事1】医師の離婚の慰謝料|相場はどれくらい?どんなときに請求できる?
【関連記事2】【開業医の妻の実態】意外と多い医師の離婚|養育費や財産分与は?
財産分与の対象となる財産は?~共有財産と特有財産~
財産分与を決める際は、「結婚している間に一緒に築いた財産」が何か、ということが主な論点となります。
概要 | 財産分与の対象 | |
---|---|---|
共有財産 | 結婚している間に一緒に築いた財産 | 対象 |
特有財産 | 夫婦の一方が単独で有する財産 | 対象外 |
【共有財産】財産分与の対象
財産分与というのは、「結婚している間に一緒に築いた財産は貢献度に応じて分けること」ですが、これを共有財産と言います。
また、夫婦のいずれかの名義であっても、夫婦の協力によって形成された財産を、実質的共有財産といって、これも財産分与の対象となります。
具体的には、次のような財産のことを言います。医療法人の出資持分などは医師特有のケースとなります。
・預貯金
・不動産
・生命保険
・株式などの有価証券
・医療法人の出資持分
・自動車
・家財道具などの動産
・将来の財産(退職金や年金など)
・婚姻費用の未清算分
【特有財産】財産分与の対象範囲とならない財産
共有財産に対して、名実ともに一方の財産を特有財産と言います。特有財産は財産分与の対象になりません。
ただし別途慰謝料を請求された場合は、特有財産から慰謝料を支払う必要は出てきます。
特有財産の代表的な例としては、婚姻前から持っている財産、相続した財産です。
民法第762条(夫婦間における財産の帰属)
1.夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2.夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
引用元:民法第762条(夫婦間における財産の帰属)
民法第762条の第1項で特有財産、第2項で共有財産のことを延べています。
特有財産の立証
財産分与については、共有財産か特有財産かが争点となります。
財産分与の手続きでは、夫婦双方は離婚時(または別居していれば別居時)に互いに持っている財産を開示します。
そして特有財産について主張する当事者は、当該財産が特有財産であるとの立証を行わなければいけません。
特有財産の主張・立証が成功しなければ、実質的共有財産として扱われてしまい、財産分与の対象となってしまいます。
民法第762条の条文でも、「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する」と明記されています。
不動産であれば登記があるため特有財産との立証は比較的容易でしょうが、難しいのが預貯金の相続です。
例えば生活費等をやりくりしている口座に相続した現金等を入金し、その後も生活費として入出金を行っている場合です。
財産分与の基準時に口座残高が示している金額が、相続した財産であると主張・立証しなければなりません。
しかし、利用している残高が変動していれば、相続した財産が減ったのか、共有財産が減ったのかを判別することが困難です。
その判別がつかないと、すべて実質的共有財産として財産分与の対象となります。
このような事態を防ぐためには、特有財産と共有財産を区別して管理することです。
つまり、生活費とは別の特有財産のみの口座を作り、さらに給与等の実質的共有財産となるものを一切入金しないのです。
そうすることで特有財産という主張・立証が行いやすくなるでしょう。
しかし自身が離婚するとは、夫婦関係に問題が生じるまでは基本は考えないでしょう。
財産分与の割合は1/2とは限らない
財産分与の割合は、原則的に実務上1/2とされています。
しかし、医師など個人の特殊な能力によって高額の資産形成がなされたような場合、やはり共有財産の半分を与えないといけないのでしょうか?
この答えはNoとなります。何も財産分与の割合を1/2としないといけないことはありません。
財産分与とは、「結婚している間に一緒に築いた財産は貢献度に応じて分けること」とあり、1/2と定義されているわけではないためです。
【どうやって分与の額を決めるの?】
夫婦の財産の清算を基本として、離婚後の生活の保障や、離婚の原因を作ったことへの解決金・損害賠償の要素も考慮しながら、まずは当事者間の協議によって決めることになります。【当事者間で協議が調わないときや、協議ができないとき】
家庭裁判所に調停又は審判を申し立てることができます。審判では、夫婦共働きのケース、夫婦の一方が専業主婦/主夫のケースのいずれも、夫婦の財産を2分の1ずつ分けるように命じられることが多いようです。引用元:法務省ホームページより抜粋
財産分与の割合は1/2になるケースが多くなりますが、あくまで1/2というのは実務上の基準であり、明らかに差がある場合は1/2とはなりません。
実際に医療法人の理事長のケースでは総額1億円の共有財産のうち、妻に支払ったお金は5,000万円ではなく、2,000万円に留まったことがあります。
また、開業医の場合は、高い医療技術を持ち、しかも経営者として役割を担っていることから、貢献度が高いとみなされることもあります。
そのため、必ずしも1/2ルールが適用されるとは限らず、医師の方が財産分与の割合が高くなることがあります。
一方で、夫婦で医院を共同経営しているような場合は、状況によっては、医師の配偶者の方が割合が高くなることも考えられます。
財産分与の3つの考え方
財産分与には、基本的には次の3つの考え方があり、3つの考え方を総合して分配割合が決まります。
このうち、財産分与でもっとも中核になるのが清算的財産分与で、「夫婦の貢献度に応じて分配」とは、この考え方です。
清算的財産分与
一般的に財産分与というと、この清算的財産分与のことを指します。
離婚の原因に関わらず、共有財産と定義された財産について、夫婦の貢献度に応じて分配する考え方です。
つまり、不倫やDV、虐待など離婚原因となる不法行為を行った側からの請求でも認められます。
慰謝料については、別途不法行為を被った側が請求することになります。
扶養的財産分与
扶養的財産分与とは、離婚をした場合に夫婦の片方が生活に困窮してしまうという事情がある場合に考慮します。
生活が困窮している場合、生計を補助するという扶養的な目的により財産が分与されます。
例えば離婚時に夫婦の片方が病気であったり、経済力に乏しい専業主婦(主夫)であったり、高齢・病気であったりする場合です。
離婚後もその者を扶養するため、一定額を定期的に支払うという方法が一般的です。
養育費と混同されやすいですが、養育費はあくまで子供がいる場合に将来に渡って継続的に支払うお金です。共有財産を分配する財産分与とはお金の出所が異なります。
慰謝料的財産分与
本記事では慰謝料と財産分与は違うということをお伝えしましたが、財産分与で慰謝料に近い意味合いを持つ考え方があります。それが慰謝料的財産分与です。
例えば財産分与とは別に慰謝料を請求しても支払えないような場合、なかなか決着しない場合に用いられる考え方です。
その場合、慰謝料的な意味合いも含めて財産分与の割合を決めていくことになります。
また、慰謝料は基本的に現金を受け渡しますが、慰謝料的財産分与は、上記のように現金以外のものを受け渡すことが可能です。
また、あくまで慰謝料的財産分与は財産分与ですので、請求できる期限が慰謝料とは異なります。
具体的には、慰謝料的財産分与は離婚から2年、慰謝料は請求できる理由があることを知った時点から3年となります。
【民法第768条第2項】
前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。【民法第724条】
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
なお、確定した権利・請求権の請求権の時効はともに10年となります。
【民法169条第1項】
確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。
医師が離婚する場合の財産分与6つの特徴
医師でも、上記のような財産分与の考え方は基本的には変わりません。
しかし医師の財産分与には次のような特徴があり、資産の評価や財産分与の算定が複雑になりがちです。(特に医療法人の場合)
・医院・クリニック兼自宅となっている
・実家から医院・クリニックへの資金援助がある
・医療法人の場合、個人資産と法人資産が混在
・妻が医療法人に出資している
・医療法人の場合、将来の退職金も財産分与の対象
・開業医が負債を抱えている
加えて、医師の場合は収入が多いため、これらの資産の総量・総数が多いことが考えられます。次に詳しくお伝えします。
医院・クリニック兼自宅である
医院・クリニック兼自宅の場合、離婚の際の清算は複雑になりますが、土地・建物を入手・建築するための費用負担の出どころが重要となります。
おそらく、次の3つのいずれか、もしくはその組み合わせとなっているはずです。
・夫婦いずれかの預貯金
・いずれかの実家の資金援助
・銀行等からのローン
結婚期間中の預貯金やローンで負担した割合については,夫婦共有財産,つまり,財産分与の対象ということになります。
実家からの資金援助
医院・クリニック開業の資金を実家が援助している場合、離婚の際に問題となるのが「医師の妻の実家からの資金援助」です。
「貸付」なのか「出資」なのか,また,「医療法人」または「医師(夫)個人」のどちらへの出資なのか,という判断がしづらいことが多いためです。
最低限、財産分与の算定の中で計算に含めることになりますが、規模・金額によって扱いは大きく変わってきます。
個人資産と医療法人資産が混在している
医療法人の理事長の場合、離婚の財産分与はさらに特殊性が増します。
まず、基本的に個人資産と医療法人の法人資産が混在することになります。
理事の報酬の設定や,個人から医療法人への出資という方法によって,個人の資産であるべき財産を医療法人に留保することが可能なためです。
つまり、医療法人に留保した財産であっても、夫婦共有財産に含まれるという判断もあり得ます。
医療法人名義で、妻の出資がないからといって、財産分与の対象外とは言い切れないのです。
妻が医療法人に出資している
旧法の持分あり医療法人の場合、妻が医療法人に出資しているケースもかなり多いです。実際に、医師である夫が理事長、妻が理事というケースは非常に多いです。
出資持分は財産分与の対象財産となります。
出資持分を財産分与の対象とせずに離婚してしまうと、「元妻が出資者」という厄介な状態が継続します。離婚しても、医療法人の運営について発言権・議決権を行使されるのです。
また、出資持分の払戻請求をされる可能性も高く、いずれにしろ「妻の出資持分を買い取る」ということが必要になります。
妻が出資持分を持っている場合に厄介となるのが、出資持分の評価額です。
医療法人は配当が禁じられていることもあり、税引き後の利益がそのまま内部留保を形成するため、評価額は高額になりがちです。
実際に出資持分評価が10~20倍になることは珍しいことではありません。出資持分の払戻し請求については、以下の記事をご覧ください。
【関連記事】医療法人の出資持分のトラブル|払戻しを求められたらどうする?
将来の退職金が財産分与の対象になる
医療法人では,理事の退職時に,保険金を原資とした高額の退職金が支給される規定が存在することが多いです。
※2019年の法人保険の税制改正により、今はその仕組みはほとんど使えなくなりました。
この将来の退職金についても、離婚の時期によっては一定の範囲で財産分与の対象とする扱いとなります。
開業医の場合は負債にも注意する
開業医の場合は、資産だけでなく負債を抱えていることも十分考えられますが、負債についても財産分与で考慮されます。
そのため、負債についても十分な調査が必要となります。
【まとめ】医師の財産分与は複雑になるケースも多い
以上、医師の離婚で知っておきたい財産分与の話をお伝えしました。
医師の場合、財産分与の対象となる資産が多く、しかも様々な資産を有していることも珍しくありません。
財産の調査には注意が必要で、じつはあまり重要でないと思われていた財産が、価値がとても大きかったということもあり得ます。(ゴルフの会員権、高価な腕時計、宝石など)
また、医療法人の場合は本記事でお伝えしたように、資産の計上や財産分与においてかなり複雑になるケースもあります。
詳細は、専門の税理士や弁護士に相談するようにしましょう。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。