【注意】クリニックの医師や看護師の常勤と非常勤の不合理な待遇差は禁止
働き方改革によるパートタイム・有期雇用労働法の改正によって、常勤と非常勤(パート・アルバイトなど)の不合理な待遇差が明確に禁止されています(パートタイム・有期雇用労働法第8~9条)。
(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
医院・クリニックでも、すでに2021年から常勤と非常勤の不合理な待遇差の禁止が施行されています。
具体的には、厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」で基本給、賞与、各種手当、有給休暇、福利厚生、教育訓練などの不合理な待遇差が禁止されています。
しかし、今でも次のように誤解している医院・クリニックは少なくありません。
・パートは正職員より基本給が少なくて構わない
・パートには有給休暇を与えなくていい
・パートにはボーナス(賞与)はいらない
このような考えで不合理な待遇差を設けてしまうことは禁止されており、民事訴訟に発展したら勝ち目はほとんどありません。
特に、中小規模の医院・クリニックでは医師・看護師を常勤だけでなく、パート・アルバイトとして雇用するケースが多いので注意しましょう。
常勤・非常勤の不合理な待遇差による罰則はないが雇用側は大きなリスクを伴う
常勤・非常勤の不合理な待遇差の禁止について違反した場合、具体的な罰則が課されるわけではありません。
しかし、違法であることは変わりないので、雇用側の医院・クリニックにとっては、次のような大きなリスクを伴います。
そのため、不合理な待遇差があった場合は、速やかに解消する必要があります。
不合理な待遇差を解消する場合は、常勤スタッフにとっても、パート・アルバイトのスタッフにとっても不利益な変更にならないように注意しなければいけません。
不合理な待遇差で訴訟を起こされた場合は勝ち目がほとんどない
スタッフが違反を訴えて民事訴訟を起こした場合、勝訴できる見込みはほとんどありません。
実際に、訴えられた雇用側が敗訴するケースはここ数年増えてきています。
なお、不合理な待遇差の問題は、事業主と労働者との間の紛争に対して裁判をせずに解決する手続きが可能です(行政ADR)。
不合理な待遇差は退職の原因になったり採用に不利になったりする
不合理な待遇差を放置している場合は、勤務医や看護師の離職の原因になったり、採用で不利になったりしてしまいます。
2019年の働き方改革以降、スタッフも常勤・非常勤の不合理な待遇差の禁止を把握しているので注意が必要でしょう。
不合理な待遇差があるとキャリアアップ助成金を受給できない
キャリアアップ助成金とは、非常勤のパート・アルバイト等の常勤スタッフ化、処遇改善の取り組みを実施した事業主に対して受給する助成金です。
医院・クリニックでは活用しているケースは少なくありませんが、常勤・非常勤に不合理な待遇差があると、受給はできません。
処遇改善で、賃金を引き上げる場合は、後述する同一労働同一賃金に注意する必要があります。
常勤・非常勤の不合理な待遇差禁止の具体的内容
待遇差が存在する場合の不合理の有無を明確にするため、厚生労働省は「同一労働同一賃金ガイドライン」を策定しています。
同一労働同一賃金ガイドラインでは、具体的には、次の項目の不合理な待遇差をなくすように求めています。
基本給
労働者の「①能力または経験に応じて」「②業績または成果に応じて」「③勤続年数に応じて」支給する場合は、①、②、③に応じた部分について、同一であれば同一の支給を求め、一定の違いがあった場合には、その相違に応じた支給を求めています。
つまり、①、②、③による基本給の違いはあっても、常勤の正職員とパート・有期雇用者という区分けで待遇差を付けることは禁止です。
昇給についても、①②③に応じて行わなければならず、不合理な待遇差がないように努めなければいけません。
賞与
ボーナス(賞与)であって、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについては、同一の貢献には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければなりません。
つまり、「パートは貢献度が評価できないから、賞与を与えない」などとすることは禁止されています。
各種手当
役職手当であって、役職の内容に対して支給するものについては、同一の内容の役職には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければいけません。
そのほか、例えば次の手当についても、常勤の正職員とパート・有期雇用者では同一の支給を行わければいけません。
・役職手当
・業務の危険度又は作業環境に応じて支給される特殊作業手当
・交替制勤務などに応じて支給される特殊勤務手当
・業務の内容が同一の場合の精皆勤手当
・所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った場合に支給される時間外労働手当の割増率
・深夜・休日労働を行った場合に支給される深夜・休日労働手当の割増率
・通勤手当
・出張旅費
・労働時間の途中に食事のための休憩時間がある際の食事手当
・同一の支給要件を満たす場合の単身赴任手当
・特定の地域で働く労働者に対する補償として支給する地域手当
なお、家族手当や住宅手当についてはガイドラインには示されていませんが、職場の事情に応じて議論することが望まれるとされています。
福利厚生(有給休暇、特別休暇など)・教育訓練
賃金だけでなく、福利厚生(有給休暇、特別休暇など)・教育訓練についても不合理な待遇差は禁止されています。
・食堂、休憩室、更衣室といった福利厚生施設の利用、転勤の有無等の要件が同一の場合の転勤者用社宅、慶弔休暇、健康診断に伴う勤務免除・有給保障については、同一の利用・付与を行わなければいけない。
・病気休職については、無期雇用の短時間労働者には常勤の正職員と同一の、有期雇用労働者にも労働契約が終了するまでの期間を踏まえて同一の付与を行う必要がある。
・ 法定外の有給休暇その他の休暇であって、勤続期間に応じて認めているものについては、同一の勤続期間であれば同一の付与を行わなければいけない。特に有期労働契約を更新している場合には、当初の契約期間から通算して勤続期間を評価することを要する。
・教育訓練であって、現在の職務に必要な技能・知識を習得するために実施するものについては、同一の職務内容であれば同一、違いがあれば違いに応じた実施を行う必要がある。
特に注意するところは、有給休暇や特別休暇です。
例えば、パート・アルバイトなど非常勤スタッフでも、有給休暇を与えないと不合理な待遇差となってしまいます。
意外とパート・アルバイトには有給休暇はいらないと勘違いしている方が多いので注意しましょう。
パート・アルバイトと常勤スタッフの有給休暇の与え方については、詳しいことは以下の記事をご覧ください。
スタッフに対する待遇に関する説明義務を果たす必要がある
パート・有期雇用契約者は、常勤の正職員との待遇差の内容や理由などについて、クリニック側に説明を求めることができます。
また、クリニック側は、説明を求めた労働者に対して不利益な取扱いをすることが禁じられています(パートタイム・有期雇用労働法第14条)。
(事業主が講ずる措置の内容等の説明)
第十四条 事業主は、短時間・有期雇用労働者を雇い入れたときは、速やかに、第八条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項(労働基準法第十五条第一項に規定する厚生労働省令で定める事項及び特定事項を除く。)に関し講ずることとしている措置の内容について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。
2 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者から求めがあったときは、当該短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容及び理由並びに第六条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。
3 事業主は、短時間・有期雇用労働者が前項の求めをしたことを理由として、当該短時間・有期雇用労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
なお、パート・有期雇用契約者を採用する際は、必ず以下のことを労働条件通知書などの書面に明記して説明しなければいけません。
・労働契約期間終了後の更新規準
・更新上限の有無と内容
・無期転換申込機会、無期転換後の労働条件
・昇給の有無
・退職手当の有無
・賞与の有無
・短時間・有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口
【まとめ】常勤・非常勤に待遇差がある場合は早めの解消を
以上、同一労働同一賃金など、常勤・非常勤の不合理な待遇差についてお伝えしました。
不合理な待遇差がある場合は、常勤・非常勤にとっても不利益な変更とならないようにしながら速やかに解消しましょう。
詳しいことは、最寄りの社会保険労務士などに相談するようにしてください。
最後までご覧いただきありがとうございました。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。