医院・クリニックが注意したい看護師へのマタハラの基礎知識と具体例

公開日:2019年12月20日
更新日:2024年10月30日

医院・クリニックは、看護師など女性スタッフの多い職場となるので、妊娠中や出産後のス働き方について柔軟に対応する必要があります。

しかし女性スタッフの働き方の変更により、本人が不利益な取扱いをされるマタハラ(マタニティ・ハラスメント)は違法になります。

知らなかったでは済まないので、今回はマタハラの基本的な概要や注意点、事例についてお伝えします。

最低限知っておきたいマタハラの概要

マタハラは、妊娠・出産や産前・産後休業、育児休業を取得した者が、業務上の支障をきたすという理由で次の嫌がらせを受けることを言います。

マタハラの概要
  • ①職場の上司や同僚から、解雇その他不利益な取り扱いをされること
  • ②不適切な配置転換など、労働者の就業環境を害すること
  • ③上記に関する嫌がらせ行為を示唆する発言をすること

具体的には、次のようなことは、すべてマタハラに該当します。

【妊娠・出産した女性労働者に対するマタハラ】
「他の人を雇うので早めに辞めてくれ」
「有休を取って病院に行きたいだと? 休みの日に行け」
「残業できない? 次の査定では昇進しないと思え」
「正職員のスタッフの仕事ができないなら、パートにするよ」

【育児休業を申請する男女労働者】
「君以外にも面倒をみてくれる親類がいるだろう」
「男のくせに育児休業を取るなんてありえない」
「育児中だから短時間勤務なんだね。早く帰れる人は気楽でいいね」
厚生労働省「職場におけるハラスメント対策マニュアル」を参考に作成

これだけ見ると、「それはひどいね」と思うかもしれませんが、職場の状況によっては、つい口に出してしまいかねないので注意しましょう。

なお、マタハラの具体的事例については後述します。

マタハラを違法とする法的な定義

マタハラについては、具体的には「妊娠・出産等の事由」は男女雇用機会均等法、「育休等の事由」は育児・介護休業法に定められています。

①男女雇用機会均等法第9条第3項
男女雇用機会均等法第9条第3項では、妊娠・出産等の事由を理由とする不利益な取扱いの禁止を規定しています。以下男女雇用機会均等法第9条第3項を抜粋します。

(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
第九条 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

引用元:男女雇用機会均等法第9条第3項

②育児・介護休業法第10条
育児・介護休業法第10条では、育休等の事由を理由とする不利益取扱いの禁止を規定するものです。以下育児・介護休業法第10条を抜粋します。

(不利益取扱いの禁止)
第十条 事業主は、労働者が育児休業申出等(育児休業申出及び出生時育児休業申出をいう。以下同じ。)をし、若しくは育児休業をしたこと又は第九条の五第二項の規定による申出若しくは同条第四項の同意をしなかったことその他の同条第二項から第五項までの規定に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

引用元:育児・介護休業法第10条

「妊娠・出産等の事由」を具体的に言うと?

男女雇用機会均等法施行規則第2条の2で、妊娠、出産に関する事由について定義づけています。

(法第九条第三項の厚生労働省令で定める妊娠又は出産に関する事由)
第二条の二 法第九条第三項の厚生労働省令で定める妊娠又は出産に関する事由は、次のとおりとする。
一 妊娠したこと。
二 出産したこと。
三 法第十二条若しくは第十三条第一項の規定による措置を求め、又はこれらの規定による措置を受けたこと。
四 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十四条の二第一号若しくは第六十四条の三第一項の規定により業務に就くことができず、若しくはこれらの規定により業務に従事しなかつたこと又は同法第六十四条の二第一号若しくは女性労働基準規則(昭和六十一年労働省令第三号)第二条第二項の規定による申出をし、若しくはこれらの規定により業務に従事しなかったこと。
五 労働基準法第六十五条第一項の規定による休業を請求し、若しくは同項の規定による休業をしたこと又は同条第二項の規定により就業できず、若しくは同項の規定による休業をしたこと。
六 労働基準法第六十五条第三項の規定による請求をし、又は同項の規定により他の軽易な業務に転換したこと。
七 労働基準法第六十六条第一項の規定による請求をし、若しくは同項の規定により一週間について同法第三十二条第一項の労働時間若しくは一日について同条第二項の労働時間を超えて労働しなかったこと、同法第六十六条第二項の規定による請求をし、若しくは同項の規定により時間外労働をせず若しくは休日に労働しなかったこと又は同法第六十六条第三項の規定による請求をし、若しくは同項の規定により深夜業をしなかったこと。
八 労働基準法第六十七条第一項の規定による請求をし、又は同条第二項の規定による育児時間を取得したこと。
九 妊娠又は出産に起因する症状により労務の提供ができないこと若しくはできなかったこと又は労働能率が低下したこと。

引用元:男女雇用機会均等法施行規則第2条の2

これを、少し詳しく解説すると、まず労働基準法では次のような母性保護規定が定められています。

(1)産前・産後休業(法第65条第1項及び第2項)
産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)(いずれも女性が請求した場合に限ります)、産後は8週間女性を就業させることはできません。

(ただし、産後6週間を経過後に、女性本人が請求し、医師が支障ないと認めた業務については、就業させることはさしつかえありません。)

(2)妊婦の軽易業務転換(法第65条第3項)
妊娠中の女性が請求した場合には、他の軽易な業務に転換させなければなりません。

(3)妊産婦等の危険有害業務の就業制限(法第64条の3)
妊産婦等を妊娠、出産、哺育等に有害な業務に就かせることはできません。

(4)妊産婦に対する変形労働時間制の適用制限(法第66条第1項)
変形労働時間制がとられる場合であっても、妊産婦が請求した場合には、1日及び1週間の法定時間を超えて労働させることはできません。

(5)妊産婦の時間外労働、休日労働、深夜業の制限(法第66条第2項及び第3項)
妊産婦が請求した場合には、時間外労働、休日労働、又は深夜業をさせることはできません。

(6)育児時間(法第67条)
生後満1年に達しない生児を育てる女性は、1日2回各々少なくとも30分の育児時間を請求することができます。

引用元:厚生労働省「労働基準法における母性保護規定」を元に作成

また、男女雇用機会均等法第12~13条では、次のような母性健康管理措置が定められています。

(1)保健指導又は健康診査を受けるための時間の確保(法第12条)
事業主は、女性労働者が妊産婦のための保健指導又は健康診査を受診するために必要な時間を確保することができるようにしなければなりません。

※ 健康診査等を受診するために確保しなければならない回数
○ 妊娠中
妊娠23週までは4週間に1回
妊娠24週から35週までは2週間に1回
妊娠36週以後出産までは1週間に1回
○ 産後(出産後1年以内)
医師等の指示に従って必要な時間を確保する

(2)指導事項を守ることができるようにするための措置(法第13条)
妊娠中及び出産後の女性労働者が、健康診査等を受け、医師等から指導を受けた場合は、その女性労働者が受けた指導を守ることができるようにするために、事業主は勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければなりません。

※ 指導事項を守ることができるようにするための措置
○ 妊娠中の通勤緩和(時差通勤、勤務時間の短縮等の措置)
○ 妊娠中の休憩に関する措置(休憩時間の延長、休憩回数の増加等の措置)
○ 妊娠中又は出産後の症状等に対応する措置(作業の制限、休業等の措置)

引用元:厚生労働省「働く女性の母性健康管理措置、母性保護規定について」より抜粋

男女雇用機会均等法9条では、主にこの2つの措置を受けたことに対して、不利益な取扱いをしてはいけないということになります。

「育休等の事由」を具体的に言うと?

「育休等の事由」の具体的内容は、次のようなものが挙げられます。

①育児休業の申出・取得
②子の看護休暇の申出・取得
③介護休業の申出・取得
④所定外労働の制限の請求・実行
⑤時間外労働の制限の請求・実行
⑥深夜業の制限の請求・実行
⑦所定労働時間の短縮の申出・実行
※「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」第2の11を元に作成

「不利益な取扱い」を具体的に言うと?

男女雇用機会均等法第9条第3項、及び育児・介護休業法第10条で禁じている不利益な取扱いの具体的内容を以下に挙げます。

・解雇
・雇止め
・契約更新回数の引き下げ
・退職や正社員を非正規社員とするような契約内容変更の強要
・降格
・減給
・賞与等における不利益な算定
・不利益な配置変更
・不利益な自宅待機命令
・昇進・昇格の人事考課で不利益な評価を行う
・仕事をさせない、もっぱら雑務をさせるなど就業環境を害する行為をする

引用元:厚生労働省資料「STOP! マタハラ『妊娠したから解雇』『育休取得者はとりあえず降格』は違法です」より抜粋

なお、「不利益な取扱い」には例外が2つ認められています。

・業務上の必要性が不利益な取り扱いの影響を上回る特段の事情がある場合
・本人が同意し、一般的労働者が同意する合理的理由が客観的に存在する場合

厚生労働省資料「STOP! マタハラ『妊娠したから解雇』『育休取得者はとりあえず降格』は違法です」より抜粋

しかし例外に相当する幅は狭く、不利益な取扱いが例外的に有効となるためのハードルは高いといえます。

マタハラの防止措置の義務化

男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法の改正により、2017(平成29)年1月1日から、不利益な取扱いだけでなく防止措置が義務化されました。

この防止措置について、厚生労働省の指針では次のように定められています。

①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③職場における妊娠・出産・育休等に関するハラスメントにかかる事後の迅速かつ適切な対応
④職場における妊娠・出産・育休等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置
⑤①~④までの措置と併せて講ずべき措置

 

こちらについては、具体的には、厚生労働省「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」をご覧ください。

ただ、具体的には、次のような例が挙げられます。

・朝礼やパンフレットなどの社内文書で、マタハラの禁止をスタッフに伝える
・産休や育休に関する制度を周知して、嫌がらせが許されない旨を周知する
・就業規則で、産休、育休に対する不利益な取扱いがないように定める
・マタハラに関する相談窓口を設けて担当者をつける
・マタハラが疑われる事案が発生した場合は、被害者と加害者双方から事実関係を確認する
・被害者と加害者で認識が違う場合は、第三者からも事実関係を確認する
・事実関係を確認できた場合は、当事者に懲戒処分を行う
・マタハラに該当する事案が発生した場合は、再発防止策を講じる
・産休、育休のスタッフにより、他スタッフの業務負担が大きくならないようにする
・業務の効率化をすること
・相談者のプライバシーを保護すること

男女雇用機会均等法第30条に基づく公表

男女雇用機会均等法第30条において、第29条第1項に基づく厚生労働大臣による勧告に従わない場合、その旨を公表できる制度が設けられています。

厚生労働省のホームページでは、次のようなことが公表されています。ここでは医療法人名、理事長名は伏せますが、実際には実名が公表されています。

もちろん、このようなことが公表されれば医院の信用は失墜するのは間違いないでしょう。

①事業者(医療法人名称、医院名称)
②代表者(理事長名称)
③所在地
④違反事項(第9条第3項)
⑤法違反に係る事実(例:妊娠を理由に女性労働者を解雇し、解雇を撤回しない)
⑥指導経緯

なお、この公表された医院のマタハラの概要は次のとおりです。

看護助手の女性が妊娠を理事長に報告したところ、2週間後「明日から来なくて良い」「妊婦はいらない」と解雇されました。

女性から相談を受けた管轄の労働局が解雇を撤回するように助言・勧告を行いましたが、医院は拒否します。

さらに厚労省が是正を勧告したものの、理事長は「男女雇用機会均等法を守るつもりはない」と答えたため、公表に至ったというものです。

マタハラの具体的事例

マタハラについては、「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」の2つがあります。各々の具体的事例についてお伝えします。

制度等の利用への嫌がらせ型の具体例

制度等の利用への嫌がらせの報告とは、例えば次のようなものです。

・産前休業の取得を院長に相談したところ、「休みを取るなら辞めろ」と言われた(解雇その他不利益な取扱いを示唆するもの)
・男性スタッフが育児休業の取得を院長に相談したところ、「男が育児休業なんてあり得ない」と言われ、育児休業を諦めた(制度等の利用の請求等または制度等の利用を阻害するもの)
・「自分だけ短時間勤務をしているなんて周りを考えていない。お前は迷惑だ」と繰り返し発言し、就業をする上で看過できない程度の支障を生じている(制度等を利用したことにより嫌がらせ等をするもの)

この制度等の利用によるマタハラ事例について2つ紹介します。

①産休中の歯科衛生士にマタハラ、歯科医院に賠償命令
育児取得の手続き中に退職させられたとして、歯科衛生士の女性が勤務先の歯科医院に対して損害賠償を求めた裁判です。

女性は産休中から育休取得を申請しようとしたが手続きを拒まれ、一方的に退職願用紙が自宅に届けられたそうです。その後、自己都合退職扱いされてしまいます。

この裁判は「育休取得などの権利を侵害した」として、女性が勝訴し、歯科医院に慰謝料200万円を含む計約700万円の支払いを命じられました。

②マタハラによってうつ病を発症、歯科医院に賠償命令
マタハラを原因にうつ病になったとして、歯科技工士の女性が歯科医院に対して損害賠償を求めた裁判です。

女性は育児休業から復帰すると、上司から「なんで1年間も休んでいたのか気が知れない」と罵倒されてしまいます。

しかもその後、第2子の妊娠を告げると別の上司から「こっちの不利益は考えないの」などと言われてしまいます。

女性は度重なるマタハラでうつ病と診断され休職。その後歯科医院から、就業規則に基づき退職扱いとなっているとの通知を受けてしまいます。

この裁判では「被告らの行為で精神的負荷がかかった以外に、うつ病を発症する事情はなく、業務起因性が認められる」として女性が勝訴。歯科医院に約500万円の賠償を命じました。

状態への嫌がらせ型の具体例

状態への嫌がらせ型とは、例えば次のようなものです。

①妊娠を報告したところ「他の人を雇うので早めに辞めてくれ」と言われた(解雇その他不利益な取扱いを示唆するもの)

②「妊娠するなら忙しい時期を避けるべきだった」と繰り返し発言し、就業をする上で看過できない程度の支障を生じている(妊娠等したことにより嫌がらせ等をするもの)

先に紹介した男女雇用機会均等法に基づいて公表された例は、妊娠の発覚で退職を強要するもので、「状態への嫌がらせ」に該当するでしょう。

もう1つ、上司からマタハラを受けたとして、40代の女性が勤務する病院に対して損害賠償を求めた事例を紹介します。

この女性は妊娠を上司に報告したあと、上司から「想像妊娠ではないのか?」と言われたり中絶に言及されたりしてきました。

この裁判では「やむを得ない事情がない限り、著しく不適切だ」として女性が勝訴。病院に77万円の支払いを命じました。

【まとめ】産前産後休業・育児休業が取得しやすいような体制を作る

看護師など女性スタッフの割合が高い医院・クリニックについては産前産後休業・育児休業がしっかり取れて、復帰できる体制作りが急務です。

長い目で見ればスタッフを末永く雇用していけることが医院・クリニックの永続的な繁栄に繋がります。

逆にマタハラに該当するような不利益な扱いをしていては、間違いなく離職が相次ぎ、ますます業務が回らなくなる悪循環に陥ります。

妊娠、出産、育児中のスタッフが制度を利用できることを周知することはもちろん、それ以外の周りのスタッフにも配慮が必要です。

例えば、業務効率化に取り組んだり、1人のスタッフに業務が偏ったりしないようにすることです。

マタハラをただ禁止するだけでなく、マタハラを生まないような働きやすい環境が求められるでしょう。

亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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