医院・クリニックをテナント開業するときの10個の注意点
医院・クリニックを開業すると言っても、一戸建ての医院建設、テナント開業、医療モール、承継開業など様々な形態があります。
一戸建てで開業する場合、クリニックの外観を院長先生は自由に決めることができ、理想としているクリニックを開業しやすいでしょう。
しかし、一戸建てはテナントや医療モールに比べるとイニシャルコストが大きく、借入金で開業資金の大部分を賄うケースが多くなります。当然リスクは高くなります。
集患がうまくいかないからといって簡単に移転するわけにもいきません。
ビルなどでテナント開業する場合は一戸建てに比べるとコストも抑えられ、借入金の負担が少なくなります。
また集患に失敗した場合など、いざというときも移転しやすくなります。
しかし、テナント開業の場合は当然家賃が発生しますし、一戸建てと違い成約も大きいです。
そこで今回はクリニックのテナント開業する際の注意点についてお伝えしていきます。
ランニングコストに注意
一戸建てのクリニックに比べると、ビルなどの賃貸物件の場合、イニシャルコストは抑えられますが、結局ランニングコストで相殺されてしまうことがあります。
後述するように家賃の支払いが発生しますし、広告の掲出料も住宅地に比べれば割高になる傾向です。
しかも十分に内装や設備をチェックしないと、結局余分にイニシャルコストもかかることになります。
テナントビルのクリニックの家賃の目安は?
人によって適正な相場は違ってきますが、目安としては医業収入の6~8%と言われています。
例えば月額の医業収入が500万円であれば30~40万円くらいなら、大きな負担にならないことになります。
しかし、後述するようにテナント開業の際は、エリアやスペースによって大きく医業収入が左右されます。
また、開業直後は経営が借入金の返済が負担になったり、なかなか集患できなかったり経営が不安定になりがちです。
良好な物件であるが、想定する医業収入から考えると、家賃相場が高いと感じる物件もあるでしょう。
そういった場合は家主と値下げの交渉をすると、意外と家賃が下がることがあります。
もちろん、必ずしも家賃が下がるわけではありませんが、やってみる価値はあるでしょう。
ビルの上下隣の店子の確認
テナント開業の場合、いくら駅前の商業ビルのような好条件としても、周囲の環境に集患が大きく左右されることがあります。
例えば上の階に学習塾が入っていたとします。
塾の時間になると、クリニック近くのエレベーターや階段から子供の声が聞こえてきたり、飲み食いする子供もいます。
もちろん、子供に悪気はないのですが、体の不調でやってきた患者さんにとっては騒々しいので不快感を覚えるでしょう。
患者さんからのクレームに繋がるだけでなく、最悪「気づいたら患者が減ってきた」なんていうことになりかねません。
学習塾にクレームを出したところで、対応してくれるかどうかわかりませんし、トラブルが起こることも考えられます。
その他、クリニックにふさわしくないのが、夜のお店や消費者金融のように、クリニックのイメージを壊す店舗。パチンコ店もふさわしくないでしょう。
一般的な飲食店もクリニックとは相容れない雰囲気ですので、避けたほうが良いでしょう。
逆に整体院、エステ、ヨガスタジオなどの美容・健康産業の店舗が入ったビルであれば大丈夫と思われます。
将来的にクリニックにふさわしくない店子が入る可能性
もちろん開業時と同じ店子がずっと続くわけではありません。
上の階は以前フェイシャルエステだったのに、いつの間にか学習塾や飲食店に変わってしまうということもあります。
自分のクリニックは問題ないのに、周囲の環境が変わったおかげで経営が悪化するのはたまりません。
そこでテナント契約締結時は、家主に対してクリニックにふさわしくない業種が入らないよう、貸借契約書に特約事項として明記する必要があります。
しかし、家主側としては不利な特約ですから交渉は必要でしょう。
医療モールはどうなのか?
周辺環境の話をすると、「では医療モールはどうだろう?」と思う先生もいらっしゃるでしょう。
たしかに医療モールの場合は周りがクリニックばかりですから、周辺環境を気にする必要がなく、雰囲気は統一されます。
しかし、その代わり全部クリニックですから、診療科目によっては患者の奪い合いが起こる可能性があります。
例えばインフルエンザの予防接種はどの診療科目でも実施可能なため、周辺のクリニックが全部ライバルになってしまいます。
医療モールだからといってメリットばかりではなく、同じモールのクリニックに十分気を配る必要があります。
テナント開業が良いか、医療モールが良いかというのは先生の性格や向き不向き、クリニックの方針によって違うでしょう。
広告・宣伝の制限に注意
一戸建てのクリニックの場合は、見えるところに自由に看板を立てることができますが、テナント開業の場合はそうはいきません。
市町村の条例やビル独自のルールによって、広告・宣伝に制限があります。
外観へのこだわりから「◯◯クリニック」と書かれた看板を禁止されるようなこともあり、目印がないので患者さんは行きづらくなります。
ホームページを作成したりチラシを配布するなどでカバーはできますが、実店舗で看板が見えないのは大きな痛手です。
必ず、賃貸契約する前に広告の制限がないか確認するようにしてください。
賃貸契約する前に十分外観、内装、設備をチェック
駅前の好立地で、同じビルにはクリニックにふさわしくない業種がない、広告・宣伝の制限も緩い。
そのような物件はすぐに埋まってしまうことが考えられます。特に新宿や渋谷、銀座などの激戦区ではその傾向は強いでしょう。
しかし、ここで外観や内装、ビルの設備を確認せずに慌てて賃貸契約すると、後々問題が発生することになります。
例えば、
・電気の容量が足りないし、容量の追加ができない。
・トイレが足りない
・天井まで仕切る必要があるのにエアコンを追加できない
・天井の高さが足りない
・工事が許される日時に制限がある
こういう事態が発生すると予想以上の費用がかかってしまうので、必ず確認して条件を満たさなければ追加費用の見積もりを取る必要があります。
将来的に新しい設備を導入するスペースがあるか確認
開業時は莫大なコストを少しでも抑えるため、内装や医療機器などを最小限に止めることがあります。
開業時は経営が不安定になりがちですから仕方のない部分もあるでしょう。
しかし、経営が軌道に乗り利益が出るようになれば、新たな医療機器などに投資していきたいところ。
賃貸物件の場合は、このような将来の方向性も視野に入れて医療機器等のスペースを確保しておくことも必要です。
ただし、しばらくは必要以上に広い場所で開業すると、賃料が割高になるデメリットはあるので、明確に改築計画しておく必要があるでしょう。
契約期間に注意(定期借家契約)
テナント開業では、契約期間にも注意が必要です。
特に定期借家契約では、契約期間が10年以下に設定されていることが多いので注意が必要です。
契約満了になり強制退去となると、内装工事や医療機器等の設備資金で法定耐用年数を満たさず、減価償却をしきれない可能性があります。
また、特に注意したいのは医療法人化を予定している場合です。
医療法人化するクリニックは、長期間賃貸借契約を継続することが行政から要請されることが多いためです。
定期借家契約ではこの条件を満たせない可能性があるため、定期借家契約は不利です。
医療法人化を目指す場合は、少なくとも契約期間が最低でも15年以上となるように交渉しましょう。
なお、定期借家契約にはもう1つ難点があります。
長くその場所にいることもできなければ、早く退去することもできないのです。
どういうことかというと、借主の都合で中途解約すると残存期間の賃料を全額支払う必要があるのです。
テナント開業では、患者が集まらない場合は移転しやすいのですが、定期借家契約の場合は移転しづらくなります。
また、廃業する際も余計なコストがかかってしまうことになります。
よほど上記の注意点をクリアした優良物件でない限り、契約期間の融通が効かない定期借家契約は極力避けた方が良いでしょう。
自分の理想とする診療スタイルか?
ここまでビルテナントのコストや制約についてお話しましたが、もっと大事な話があります。
そもそも先生の理想とする診療スタイルがテナントに合っているのかどうかということです。
たとえば、住宅街から離れた街中のビルのクリニックの場合、住宅街に比べると地域に馴染みにくいところがあります。
「地域密着型の医療」を掲げる先生も多いと思いますが、その場合はイメージが乖離しやすくなります。
物件によってはテナントでも地域密着型の医療を打ち出すことは不可能ではありませんが、ご自身の診療スタイルをよく考えましょう。
そのため、開業物件を探すときから、自分がどんなクリニックで、どんな診療をしたいかをよく考える必要があるのです。
賃料の支払い義務を怠るとどうなる?
稀なケースですが、クリニックでも賃料の未払いが発生することがあります。
思うように利益が上がらず、資金がショートして賃料が未払いになるとどうなるでしょうか?
未払いが1~3ヶ月ほど続くと家主は、支払わなければ賃貸借契約を解除するという通知を催告書という形で送ります。
しかし、通知があった段階で未払いの賃料を支払えば、特に何も問題はありません。
催告書が来ても放置が続くと、裁判所から訴状が届くことになり、未払い賃料の支払いと明け渡しを請求されます。
この段階でも、家主に連絡して未払い賃料の支払いや分割払いの約束などの対応をすれば、訴えを取り下げることがあります。
もし、それでも賃料の未払いのままですと、強制執行手続となり、退去以外の選択肢はなくなります。
ただ、クリニックで強制執行手続の状態になるということは、もはや廃業を検討する段階ではないかと思われます。
早めに弁護士などの専門家に相談し、適切な対応をするようにしましょう。
withコロナ時代での医院・クリニック開業は?
新型コロナウィルスの感染拡大により、多くの医院・クリニックが売上を大きく下げました。
緊急事態宣言解除後は、V字回復するなど医院・クリニックの売上が戻ってきているとはいえ、クリニック開業に不安を覚えた先生も多いでしょう。
しかし、テナント物件選びという点では、むしろ今はチャンスの時期です。
景気後退とテレワークの定着により、テナント物件の空室が増え、希望の開業物件が見つかりやすくなっているのです。
もちろん、先に書いた注意点は気をつける必要はありますが、以前よりも優良物件が増えてきたのが現状です。
さらに資金調達、オープニングスタッフ採用の点でも今は非常な有利になっています。
自己資金ゼロでも調達できたり、優秀なスタッフを採用しやすくなったりしています。
withコロナ時代において、クリニック開業は非常に追い風なのは間違いありません。
詳しくは次の記事をご覧ください。
【関連記事】withコロナの今だからこそ医院開業のチャンスである3つの理由
【まとめ】物件選定の際は、各々の形態のメリット・デメリットを把握しよう
医院・クリニックの開業には、主に次の形態があります。
- テナント開業
- 一戸建ての医院建設
- 医療モール
- 承継開業
今回はテナント開業の注意点にもお伝えしましたが、他の形態にもメリットとデメリットが存在します。
各々の特徴を把握し、自分がどのようなクリニックを経営していきたいかをじっくり考えたうえで物件選びを行いましょう。
ただ、今はコロナの影響で優良物件の空き室が増えている傾向にあるので、むしろ物件選びには追い風でしょう。
なお、この4つの形態についてまとめた記事がありますので併せてご覧ください。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。