【クリニックの労働時間】フレックスタイム制や時差出勤制の導入
コロナ禍の影響もあり、多くの企業で導入されているフレックスタイム制や時差出勤制ですが、最近は医院・クリニックでも導入されてきています。
クリニックは女性が多く働く職場ですから、ワークライフバランスを重視する働き方が求められるのは自然の動きと言えます。
しかし、フレックスタイム制と時差出勤制は少し似たようなところもあり、混同されやすい制度です。実際は導入目的もシステムも大きく違ってきます。
そこで今回はフレックスタイム制と時差出勤制、そして2つの制度の違いについて詳しくお伝えしたいと思います。
どちらも比較的手軽に導入しやすい制度です。クリニックにもよりますが、スタッフの満足度が高まることもあるので、最後までご覧ください。
フレックスタイム制
※画像出典:厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」
フレックスタイム制は、一定の範囲内で始業・終業時刻を自主的に決めることができる制度です。1日に働く時間数も一定の範囲内で決めることが可能です。(関係法令:労働基準法32条の3)
上の図のように、1日のうちで必ず働かないといけないコアタイムと、自由に出退勤できるフレキシブルタイムがあります。
コアタイムとフレキシブルタイム
コアタイムの設定は法律で決められているものではなく、クリニックが任意で設定することができます。
コアタイムは比較的自由に設定することができ、曜日によって時間帯を変えることも可能です。また1日のなかで分割することが可能です。
しかし、10:00~16:00といったようにコアタイムの開始時刻と終了時刻は明確にしないといけません。
コアタイム時間以外の、スタッフが出退勤を調整できる時間がフレキシブルタイムです。
このフレキシブルタイムについても、制限を設ける場合は開始時刻と終了時刻を明確にする必要があります。
コアタイム時間を設定せず、全労働時間をフレキシブルにすることも可能ですが、医療業界では現実的ではないでしょう。
フレックスタイム制導入で、労使協定で定めること
フレックスタイム制を導入する際は、労使協定で以下の制度の基本的な枠組みを決めておく必要があります。
①対象となる労働者の範囲
②清算期間
③清算期間における総労働時間(清算期間における所定労働時間)
④標準となる1⽇の労働時間
⑤コアタイム(※任意)
⑥フレキシブルタイム(※任意)
※厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」より引用
フレックスタイム制の労働時間の取扱い
※画像出典:厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」
フレックスタイム制を導入すると、日々の労働時間については上の図のようになります。
例えばコアタイムを11:00~15:00にした場合、スタッフは11:00に出社して15:00に退勤しても良いことになります。
そうするとこの日は4時間しか働いていないことになります。
しかし、他の日にたくさん働いて、結果として清算期間内(労働時間を調整できる期間)の決められた時間働いていれば、賃金はカットされません。
逆に1日8時間以上働いたとしても、清算期間内の平均の労働時間が1日8時間以内であれば残業代は発生しないことになります。
フレックスタイム制の残業代の取扱い
※画像出典:厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」
フレックスタイム制については、残業時間などの労働時間の過不足を1日毎で考えるのではなく、清算期間内で考えます。
ですから1日12時間も13時間も働くような日があっても、残業代が発生しないこともあり得ます。
しかし、実際の労働時間が清算期間内の総労働時間を超えるようなことがあれば、超過した分の残業代を支払う必要があります。
また22:00~翌5:00までの間に勤務していた場合は、例え夕方18:00に出勤したとしても深夜割増分を支払わないといけません。
このような事態を防ぐには、フレキシブルタイムの始業時刻と終業時刻に制限を設ける必要があるでしょう。
そうすれば、スタッフは無断でフレキシブルタイムを超える残業を行うことは基本的にできなくなります。
実労働時間が清算期間内の総労働時間に満たない場合
※画像出典:厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」
逆に、実労働時間が清算期間内の総労働時間に満たないようなことがあれば、賃金の清算は、次のいずれかで行います。
①不足時間分の賃金を控除して支払い
②不足時間を繰り越して、次の清算期間の総労働時間に合算
②に関しては、「総労働時間+前の清算期間における不足時間」分働いて相殺し、月給を減らさないようにする方法です。
ただし、「総労働時間+前の清算期間における不足時間」については、法定労働時間の総枠の範囲内である必要があります。
フレックスタイム制の清算期間
※画像出典:厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」
フレックスタイム制の清算期間は、これまで1ヶ月を上限としていましたが、上図のように2019年の労働基準法改正で3ヶ月まで延長ができるようになりました。
清算期間延長のメリット
先にお伝えしたように、清算期間内の実労働時間が、あらかじめ定めた総労働時間を超過した場合には、残業代を⽀払う必要があります。
逆に、実労働時間が短い場合は、スタッフを欠勤扱いとなり、賃金が減ることになるので、スタッフに不利益となります。
そのため、業務が早く終わっても、欠勤扱いとならないように、総労働時間に達するまで帰宅できないということが起こりかねません。
上記のような不都合なことは、清算期間が短いほど起こり得ます。
つまり、清算期間の延長により、クリニックの繁忙期やスタッフの都合に合わせた労働時間の調整が可能になります。
また、清算期間の延長により、フレックスタイム制のメリットが際立つことになるので、求人の際に求職者の印象が良くなります。
清算期間延長のデメリット
一方で、清算期間が月をまたぐことで、労働時間の計算が複雑になることが、清算期間延長のデメリットと言えます。
また、労働時間の柔軟な対応が必要になったぶん、労働時間に差が発生しやすくなり、長時間労働の月が発生しやすくなります。
そのため、注意しないと、スタッフの長時間勤務による疲労や業務生産性の低下に繋がる可能性があります。
清算期間を1ヶ月以上とする際の注意点①
清算期間を1ヶ月以上にすると、労働時間に極端な差が発生しやすくなることから、次の定めがある点は注意してください。
①清算期間における総労働時間が法定労働時間の総枠を超えないこと(=清算期間全体の労働時間が、週平均40時間を超えないこと)(※1)
②1ヶ月の労働時間が、週平均50時間を超えないこと
※1:生産期間における総労働時間の計算式
清算期間における総労働時間≦(清算期間の暦日数/7日)×1週間の法定労働時間(40時間)
つまり、以下の図のような場合は、残業代が発生する点に注意しましょう。
※画像出典:厚生労働省「フレックス制のわかりやすい解説&導入の手引き」
なお、変形労働時間制を採用している場合、週平均40時間を超えて労働させる場合は36協定の締結・届出と、割増賃金の支払いが必要となります。
清算期間を1ヶ月以上とする際の注意点②
清算期間を1ヶ月以上とする場合は、労使協定の届出が必要となります。
違反する場合は、30万円以下の罰金が科せられることがあるので注意してください。
①就業規則等への規定
②労使協定で所定の事項を定めること
③労使協定を所轄労働基準監督署⻑に届出(労使協定届と労使協定の写しを提出)
フレックスタイム制のメリット(クリニック側)
・残業時間は日毎でなく、清算期間の総労働時間で判断するため、時間外労働を短縮し、残業代の削減が期待できる
・通常の労働時間では働けない優秀なスタッフを確保できる
・働きたい時間に来て仕事ができることで、業務効率の向上が期待できる
特にクリニックの院長先生は、出産や育児などで労働時間が制限される優秀な看護師やスタッフの流出を防ぎたい方が多いでしょう。
この場合、「育児のための短時間勤務制度」や「短時間正職員制度」がありますが、フレックスタイム制の導入も併せて検討したいところです。
【関連記事】クリニックの時短勤務|医師や看護師の短時間正職員制度の導入
フレックスタイム制のメリット(スタッフ側)
・保育園の送り迎えや家事に支障が出ない
・出産や育児、介護に対しても融通が効きやすい
・通勤ラッシュを避けられるのでコロナ対策にもなる
・通勤に長時間かかる場合でも余裕を持って出勤できる
・夜間学校に通う人や社会人学生に対応しやすい
・病院に通院する場合は有休を使わなくても良い場合がある
フレックスタイム制のデメリット(クリニック側)
・診療時間が決まっているので、幅広くフレキシブルタイムの設定ができない
・労働時間の管理が複雑になり、労務管理を担当する人の負担が増える
・自己管理が苦手なスタッフは、ダラダラ残業などが起きやすい
フレックスタイム制のデメリット(スタッフ側)
・まだ出社していないスタッフの業務の代わりを行わなければいけないことがある
・自己管理が苦手なスタッフは、ダラダラ残業が増えて労働意欲が低下しやすい
・逆効果になった場合になった場合の影響が時差出勤より大きい
時差出勤制
フレックスタイム制と混同されやすいのが時差出勤制ですが、その性質はかなり異なります。
時差出勤制はフレックスタイム制のように自分の裁量で労働時間を調整することができず、融通があまり効きません。
時差出勤の例
例えば1日の労働時間を8時間(休憩1時間)と決め、8時~17時、9時~18時、10時~19時などの労働時間から、自分の都合に合うものを選ぶ。
これが時差出勤です。
【時差出勤の例】
通常勤務:午前8時30分始業、午後5時30分終業の場合
① 時差出勤A=午前8時始業、午後5時終業
② 時差出勤B=午前9時始業、午後6時終業
③ 時差出勤C=午前10時始業、午後7時終業
これが時差出勤制です。フレックスタイム制のように清算期間やコアタイム、フレキシブルタイムのようなものは存在しません。そのため、11時に始業、16時に終業というようなことができません。
時差出勤制は通勤ラッシュが問題視されている中で作られた制度であり、フレックスタイム制と比べて自由度がありません。
時差出勤制は出退勤の時間をスライドさせるだけなので、フレックスタイムに比べればかなりわかりやすいシステムです。
労働時間や残業代などの取扱いも、通常の勤務形態とほぼ変わりません。
ただ、出勤時間をずらすだけでも、通勤ラッシュを防ぐことができるのでコロナ対策にはなります。
時差出勤制のメリット(クリニック側)
・通勤ラッシュによるスタッフのパフォーマンス低下を防げる
・通勤ラッシュを避けることでコロナ対策になる
・労働時間の管理がフレックスタイム制に比べれば単純で労務担当者の負担が少ない
・フレックスタイム制よりも手軽に採用しやすい
時差出勤制のメリット(スタッフ側)
・妊娠中のスタッフの通勤ラッシュの負担を防ぐことができる
・保育園の送り迎えのために遅く出社したり、家事のために早く帰ったりすることが可能
・通勤に長時間かかる場合でも余裕を持って出勤できる
・フレックスタイム制に比べれば会議などの時間を調整しやすい
時差出勤制のデメリット(クリニック側)
・フレックスタイム制に比べて自由度がなく、効果が限定的
・診療時間が決まっているので、提供できる労働時間帯が限られる
時差出勤制のデメリット(スタッフ側)
・1日の労働時間が変わらず、時間外労働を助長する可能性がある
・早朝出勤したり、退社時間が遅くなったりすることで逆にパフォーマンスが下がる可能性がある
・フレックスタイム制に比べると、大きな効果を感じない可能性がある
フレックスタイムと時差出勤制の違い
以上、フレックスタイムと時差出勤制について詳しくお伝えしました。
この2つは共通する部分もあれば、大きな違いもあります。
フレックスタイムと時差出勤制の違いについて、次表にまとめてみました。
フレックスタイム制 | 時差出勤制 | |
---|---|---|
制度の概要 | 一定の範囲内で始業・終業時刻を自由に決められる | 医院側から労働時間を提示され、スタッフはその中から労働時間を選択 |
制度の目的 | スタッフの仕事と生活の両立 | 通勤ラッシュの回避 |
労働時間 | 1日の労働時間の調整が可能 | 労働時間の調整は不可能 |
出退勤例 | 今日は11:00~15:00、明日は8:00~23:00など幅広く調整が可能 | 8:00~16:00、10:00~18:00など1~2時間スライドするのみ |
残業代 | 清算期間内の総労働時間を超えた場合に残業代を支払う | 1日の所定労働時間を超えれば残業代を支払う |
清算期間 | 3ヶ月まで可能 | なし |
労務管理 | やや複雑で大掛かり | 比較的負担が少ない |
先生のクリニックの診療内容や治療方針によって、どちらが適切かは変わってきますので、自院に合う方法を選択するようにしてください。
【まとめ】フレックスタイム制や時差出勤制の導入も視野に入れる
医院・クリニックなどの医療機関では、まだフレックスタイム制や時差出勤制の導入は一般企業より進んでいない印象です。
しかし、運用がやや難しい変形労働時間制に比べれば、フレックスタイム制や時差出勤は手軽に労働時間を調整できる方法です。
特に時差出勤は労働時間帯を1~2時間スライドさせるだけで、労働時間や残業代の取扱いが変わらないシンプルな方法です。
それだけでもスタッフが妊娠中の通勤ラッシュを回避できたり、保育園の送り迎えが可能になったりすることがあります。また、コロナ対策にもなります。
女性が多いクリニックでは、スタッフの満足度向上に繋がることもあるので、導入を検討してみても良いでしょう。
なお、クリニックの労働時間については、以下の記事も参考にしてください。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。