看護師など医療従事者のインフルエンザやコロナ感染は労災になる?
事業主(医院経営者)がスタッフを1人でも雇用したら、必ず労災保険に加入しなければならず、保険料を納付する義務を負います。
もし、労災保険の加入手続きを怠ったたり、保険料を納付する義務に違反があると、罰金が課せられるだけではなく、医院の社会的信用を失うリスクも高まります。
そうした損失やリスクを回避するためにも、労災や労災保険の仕組みを理解し、適切な手続きを行うことが大切です。
今回は、
- 労災と労災保険
- 労災認定を決める2つの判断基準
- 看護師など医療従事者のインフルエンザ労災
について、できる限り分かりやすく解説します。
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【2020年7月追記】
医療従事者の新型コロナウイルス感染の際の労災認定の基準について、厚生労働省が見解を出しました。インフルエンザ感染とは労災認定の基準に大きな違いがあるため、誤解がないように記載を追記するなど、記事全体を加筆・修正しました。
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そもそも「労災」とは何か?―労災の適用範囲について
はじめに、そもそもの「労災」の意味から説明します。
労災とは「労働災害」の略で、従業員が仕事でケガや病気をしたり、あるいは最悪のケースでは亡くなったりしてしまうことを言います。
労災には、大きく分けて業務中に発生するケガである「業務災害」と、出退勤や出張など通勤中に発生する「通勤災害」に分けられます。
業務災害
労災(業務災害)と聞いて多くの方が想像するのは、工場や建設現場の作業中にケガをしたりするようなケースかと思われます。
ただ、それだけではなく最近ニュース報道でも頻繁に取り上げられる「過労死」、「過労自殺」なども労災となります。
また、パワハラ、マタハラなどの心理的負荷によるうつ病などの精神疾患なども、労災と判断されるケースが多々あります。
あるいは、職場のドアに指を挟んでケガをした、職場の廊下が滑りやすく転んでしまってケガをした……。
このような些細なことでも、仕事が原因でケガ、事故として労災認定されるケースがあります。
医療従事者の場合は、患者からインフルエンザや新型コロナウイルスに感染するリスクを伴いますが、これは業務災害に該当します。
通勤災害
労災のもう一つのパターンが出退勤や出張中に起きた事故による通勤災害です。
事故だけでなく、インフルエンザや新型コロナウイルスについては、医療従事者が通勤中に罹患したと特定できれば通勤災害となるでしょう。
このあたりの論点については後述します。
なお、通勤災害が適用されるルールについては、以下の記事にて詳しく書いていますので、併せてご覧ください。
労災保険とは何か?
日本の社会保険には、「健康保険」、「年金保険」、「介護保険」、「雇用保険」「労災保険」の5種類があります。「労災保険」とは、「労働者災害補償保険」の略称です。
労災保険は、上記に示した労災と認定されると、ケガや病気を治す費用、また休業中の賃金など、労働者の生活を事業主に代わって国から給付金として必要な補償するための制度です。
労災保険の概要
労災保険の加入は義務であり、保険料を折半する雇用保険と違い、事業主が100%負担します。
労災保険には加入要件がなく、正職員だけではなく、パート、アルバイトなども対象となります。
ここで注意しないといけないのは、労災保険の保険料率は3年に1回の見直しがあることです。
労災が多く発生していると、リスクが高いとみなされ、次回の見直しで保険料率が上がる可能性が高くなるので注意してください。
逆に、労災発生のリスク管理を徹底することで労災を未然に防ぐことができれば、医院側が負担する保険料の上昇を抑制するなど、減額につながります。
労災保険の加入を怠ると……
事業主が、従業員を雇用にしたにもかかわらず労災保険の加入手続きをせず、従業員がケガなどをして労災認定を受けた場合は、
- 追加徴収
- ハローワークでの求人掲載ができなくなる
などのペナルティを受けることになります。
一方、スタッフの立場からすると、医院側が労災保険に加入していない場合でも、スタッフは保険給付を受けることができます。
労災保険は、元来労働者を保護するための保険です。
保険料が高いから、あるいは労災のリスクが高くないからなどの理由で、医院側が任意に労災保険に加入しない場合であっても、給付を受ける権利があります。
以上、労災保険の概要についてお伝えしましたが、スタッフ以外の労災保険の対象や、給付内容の詳細などは、次の記事をご覧ください。
労災認定を受けるには?
労災についてですが、必ずしも業務内、もしくは通勤時のケースで労災認定されるわけではありません。
労災認定の判断するのは労基署
例えば、前日に飲み会があり、終電を逃し、そのまま友人の家、あるいはビジネスホテルで宿泊。
翌日、自宅とは全く別の場所(この場合、友人宅、ビジネスホテルなど)から出社し、たまたま事故に遭った場合は、通勤中に発生した事故とは言え、労災とは言えないケースもあります。
つまり、どこで、何をしていて、どのような状況でケガをしたり、病気になったりしたのかを調査した上で、労災に該当するかが判断されます。
この労災認定の判断は、労働基準監督署が行います。
「労災認定」を受けて、初めて国から「労災保険」の給付を受けとることができます。
労災認定における2つの基準
労災認定を受けるためには、「業務によって発生したものである」と証明されなければなりません。
では、この「業務によって発生したものであるかどうか(因果関係の有無)」はどのように判断するのでしょうか?
ポイントは、従業員の負傷、病気と業務との間に因果関係がなければ労災認定されないという点です。
労災認定では、「業務によって発生したものであるがどうか(因果関係の有無)」について、以下2つの判断基準を設けています。
(1)業務遂行性
1つ目の基準は業務遂行性です。
これは、「事故に遭ったりケガをしたりした時に、業務中だったかどうか」という基準です。
ただし、本来の業務をしている最中だけではなく、昼休みなどの休憩時間や、会社主催で参加をしている親睦会や飲み会において発生したケガや事故も含まれます。
(2)業務起因性
2つ目の基準が業務起因性です。
これは、「その事故やケガが、業務をしていたことが原因で生じたかどうか」という基準です。
例えば、うつ病のケースを考えてみましょう。
度重なる激務が原因でうつ病になってしまった場合は、業務遂行性と業務起因性があると判断できるため、労災認定が認められます。
一方、うつ病がスタッフの個人的な事情(家族が不幸にあったなど)の場合は、「業務遂行性」「業務起因性」ともに認められないため、労災判定は認められません。
労災認定の基準については、インフルエンザや新型コロナウイルスについても同じことが言えます。
インフルエンザは労災認定されるのか?
以上の点をふまえて、医療従事者が特に注意しなければならないインフルエンザの感染と労災について見てみましょう。
厚生労働省のHPには、新型インフルエンザに対する認定について、次のような見解が述べられています。
「一般に、細菌、ウイルス等の病原体の感染によって起きた疾患については、感染機会が明確に特定され、それが業務又は通勤に起因して発症したものであると認められる場合には、保険給付の対象となります。」
―新型インフルエンザ(A_H1N1)に関する事業者・職場のQ&Aより引用―
つまり、理論上は、厚生労働省の見解のように業務中、あるいは通勤の途中でインフルエンザに感染した場合は労災の対象にはなります。
満員電車で感染した可能性が高い場合
それでは、例えば満員の通勤電車で隣に激しい咳をする人から感染した可能性が高い場合は労災認定されるでしょうか?
結論から言いますと、一般的にインフルエンザに感染した場合、労災が認められることはほぼありません。
理論上は業務とインフルエンザの感染の因果関係を明確に立証することができれば労災認定は不可能ではありません。
しかし通勤電車での感染の場合、「インフルエンザの感染機会を明確に特定する」ことは事実上不可能です。
そのため、先の業務遂行性、業務起因性を満たすとは証明できませんので、労災認定される確率はほぼゼロに等しいでしょう。
医院・クリニック内で感染した可能性が高い場合
院内でインフルエンザの患者さんに直接触れる機会が多い医療従事者の場合はどうでしょうか?
この場合、労災として認められる可能性は多少高くなります。
しかし「インフルエンザに感染している患者さんが意識不明で、業務上の必要性から人工呼吸の対処をした」など、業務遂行性、業務起因性が明確に立証できる特殊な状況でない限り、医療従事者であっても、労災認定を受けることは難しいでしょう。
ただ、医師や看護師など医療現場で働く人は業務の性質上、予防接種を徹底していると思います。
もし予防接種したワクチンによりインフルエンザを発症した場合、感染経路は特定しやすいので労災認定を受ける可能性は高くなります。
結論
つまり、インフルエンザの場合は感染経路が特定されれば労災認定されますが、特定されなければ労災認定は極めて難しいということになります。
当たり前と言えば当たり前の話です。しかし、この点について大きく見解が違うのが新型コロナウイルスです。
新型コロナウイルスは労災認定されるか?
新型コロナウイルスの治療の最前線にいる医療従事者は、当然ながら院内で感染するリスクが発生します。
実際にクラスター(感染者集団)になった病院もあり、大きく報道されました。
厚生労働省の見解
新型コロナウイルスの労災認定に関する厚生労働省の見解は次のとおりです。
患者の診療若しくは看護の業務又は介護の業務等に従事する医師、看護師、介護従事者等が新型コロナウイルスに感染した場合には、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となること。
引用元: ※厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」
コロナ感染は感染経路不明でも労災認定
ここでは、「業務外で感染したことが明らかである場合を除く」というのが大きなポイントとなります。
インフルエンザは業務外での感染が明らかか、感染経路が不明確な場合は労災認定されません。
一方で新型コロナウイルスの場合は、業務外で感染した場合でも、感染経路が不明なら労災認定されるということになります。
先の業務遂行性、業務起因性が認められなくても労災認定されるということなので、一種の特例措置と言えるでしょう。
結論
つまりコロナ感染時は、医療従事者であればほぼ労災認定され、100%休業補償されるということです。
なお、コロナ感染時に限らず、コロナ感染が疑わしい場合や感染を不安視した出勤拒否、一斉休業時の休業補償については、以下の記事をご覧ください。
【まとめ】インフルエンザとコロナ感染では労災認定の基準が違う
今回は、主に以下についてお伝えしました。
- 労災、労災保険の基本的な仕組み
- 労災認定の認定基準
- インフルエンザ感染は労災認定されるかどうか?
- 新型コロナウイルス感染は労災認定されるかどうか?
まずは、労災認定の2つの判断基準をしっかり把握した上で、スタッフがケガをしたり事故などに遭った場合、適切な対応を行いましょう。
インフルエンザやコロナ感染に限らず、労災認定の判断は難しいケースが多いです。
労災かどうか判断が難しい場合は、その都度労働基準監督署に確認し、労災に該当するかどうか判断を仰ぐようにしましょう。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。