意外と知らない! 試用期間満了後に本採用を拒否したときのリスクとは?
クリニックが正職員としてスタッフを採用したものの、その後「相性が合わない」「能力、スキルが足りない」「採用後に態度が変わった」といったケースもあるのではないでしょうか?
採用後のこうしたミスマッチは、どんなに慎重を期しても起こるものです。
とはいえ、一度正職員として採用した後に解雇することは法的に非常に困難であり、不当解雇として訴えられるなどのリスクがあります。
そこで、採用後のミスマッチ、能力・スキル不足などに対応する有効な手段として、本採用前に「試用期間」を設定しているクリニックも多いかと思います。
ただ、試用期間満了後に「求めるレベルに達していない」という理由で本採用拒否することは認められるのでしょうか?
今回は、医院・クリニックで意外と知られていない「試用期間」の基本と、本採用拒否のトラブル回避策をお伝えします。
意外と知られていない「試用期間」の基本とは?
試用期間については、実は労働基準法などに則った明確な法的意味はありません。
一般的にクリニックが新しい人材を採用する際に、従業員(スタッフ)としての適性を判断・評価するために設ける期間が「試用期間」です。
つまり、労働基準法、最低賃金法などの労働関連法の手続き、労働保険や社会保険の手続きは正職員と同じように行う必要があります。
つまり、「試用期間」については労働基準法などで特例が適用されていない限り、基本的には正職員と扱いが一緒になるのです。
この事実を誤解してしまうと、試用期間中のスタッフに恨まれたり、労使間トラブルに繋がったりすることがあります。
そこで、まずは意外と知られておらず、誤解されやすい「試用期間」の基本についてお伝えします。
試用期間満了後の本採用拒否は解雇扱いになる?
試用期間中のスタッフと労使間トラブルを避けるために、まずは知っておかなければならない事実があります。
それは、たとえ試用期間中であっても解約権保留付きとはいえ、労働契約が成立しているという点です。
つまり、試用期間中であっても労働契約上は既に「採用後」の状態であることを意味します。
よって、「うーん、ちょっとうちには向いてないかな」と本採用を拒否してしまうと、「解雇」という扱いになってしまいます。
詳しくは後述しますが、労働契約法第16条により、合理的な理由を欠き、社会通念上適正ではない解雇は認められていません。
安易に本採用拒否をしようものなら、「不当解雇」として訴えられることになりかねません。
解雇に関する労使間トラブルは、クリニック側にとって不利に働くケースが多くなります。
まずは「試用期間満了後の本採用拒否は解雇扱い」ということを念頭に置きましょう。
試用期間中の給料は減額できるか?
「試用期間中は、求める能力に達しているか見極める期間なのだから、できる限り本採用後よりも給与を低く抑えたい」
このように考えている先生も多いでしょう。
試用期間中の給料をあえて低く設定することは可能でしょうか?
可能であれば、どの程度まで可能でしょうか?
結論から言えば、試用期間中における給与の減額は可能です。
ただし、最低賃金法という法律で、次の条件を満たす必要があります。
- 1.都道府県別に決められた最低賃金(「地域別最低賃金」といいます)を下回らないこと
- 2.就業規規則や労働契約書にその旨を明記すること
- 3.使用者と労働者が合意すること
最低賃金について
上述の最低賃金、「地域別最低賃金」について、ここで簡単に説明します。
「地域別最低賃金」とは、各都道府県で働く全ての労働者とその会社(使用者)に対して適用される最低賃金を指します。
全ての労働者を対象としていますので、産業(業種)、職種、雇用形態に関係なく適用されます。
「地域別最低賃金」は厚生労働省のホームページなどでも確認できます。
特例許可で最低賃金より20%減額できることもあるが……
基本的には、最低賃金(「地域別最低賃金」)以上の金額を支払っている限り、スタッフに支払う給与の金額は、クリニック側が自由に決定することができます。
また、試用期間中に最低賃金より低い金額にする場合、都道府県労働局長の許可があれば、最低賃金より最大20%まで減額することができます。(最賃則5条)(最賃法7条2号)
ただし、こうした試用期間中の減額特例を許可するケースは、年間を通じて「ゼロ」のケースも少なくありません。
あくまで参考として理解しておいて下さい。
試用期間中の給料の調整ではなく、本採用後に能力等の評価に応じて減額調整ができる給与制度の導入や、昇給・賞与の算定方法見直しも併せて検討しましょう。
試用期間はどのくらい長さを設定しても大丈夫なのか?
試用期間中のスタッフによっては、「試用期間はできる限り長い期間を設定して、じっくり見極めたい」と思うケースもあるでしょう。
それでは、試用期間はどのくらいの長さを設定しても大丈夫なのでしょうか?
実は試用期間の長さは、法律上の明確に定められていません。
「ブラザー工業事件 名古屋地裁昭和59年3月23日判決」の判例では、「合理的な範囲を超えた長期の試用期間の定めは公序良俗に反し、無効」であるとされています。
それでは「公序良俗に反する合理的な範囲を超えた長期の試用期間」とは、一体どの程度の期間なのでしょうか?
一般的には試用期間は1~3ヶ月以内と定めているケースが多いようです。
最長でも6ヶ月程度と考えましょう。
1年を超えると、上述の判例のように「公序良俗に反する合理的な範囲を超えた長期の試用期間」と判断される可能性が高くなります。(※1年以上の期間設定は、裁判で不当と判断された例もあります)
試用期間の延長は可能か?
しかるべき試用期間を設定したものの、本採用して良いか判断が下せない場合もあるかと思います。
その場合はどのようにすればいいのでしょう?
もし、試用期間中に本採用するべきかどうか判断が難しい場合は、「試用期間を延長する」という選択も可能です。
試用期間を延長することで、より時間をかけて、より正確に、採用後のミスマッチ、本人の能力有無を判断することができます。
ただし、事前に「試用期間を延長することができる(あり得る)」という規定を契約に盛り込む必要がある点は注意しましょう。
トライアル雇用と試用期間の違いは?
ここまでの話を聞いて、「助成金がもらえるトライアル雇用とは何が違うのか?」と思った先生もいらっしゃるかもしれません。
トライアル雇用とは、ハローワークの紹介で、求職者を原則3ヶ月以内雇用し、能力を見極めて正式に雇用する制度です。
試用期間と違って解雇も容易で、助成金ももらえるので、「トライアル雇用の方が良いじゃないか?」と感じる先生もいるでしょう。
しかしトライアル雇用にはいくつか雇用条件があり、雇用条件が特にない試用期間とは、かなり意図が異なります。
詳しくは、以下の記事をご覧ください。
本採用拒否による労使間トラブルのリスク
先にお伝えしたように、試用期間満了後の本採用拒否は、解雇扱いになってしまいます。
そのため、「レベルが低い」「うちには向いていない」という理由で安易に解雇すると、労使間トラブルに繋がりやすくなります。
試用期間満了後の本採用拒否の判例
医院・クリニックの事例ではないものの、試用期間満了後の本採用拒否を巡る判断で有名な「三菱樹脂事件」の判例に次のような記載があります。
企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。
※最大判昭和48.12.12 「三菱樹脂事件」判決より引用
上記の判例によれば、試用期間満了後の本採用拒否は「当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実」などの解雇事由に限られるということです。
留保解約権の行使については通常の解雇よりも広い範囲で解雇の事由が認めるものの、「客観的合理性」「社会的相当性」が求められます。
客観的合理性と社会的相当性がなければ原則本採用拒否はできない
「試用期間中の働きぶりを見てきたが、クリニック側が求める能力に達していないので、残念ながら本採用を見送る」
試用期間を設けている医院・クリニックでよく聞く言い分です。
しかし先に書いたように、試用期間でも正当な理由(客観的合理性、社会的相当性)がない限り、簡単に本採用を拒否(解雇)することはできません。
能力不足を理由とした本採用の拒否は、拒否に至るまでのクリニック側の相応の努力が問われます。
たとえば業務上必要なスキルを習得できるよう必要なサポートをしたり、再三教育しても難しかったりするようであれば配置転換を打診することも必要です。
それでも最終的に「あらゆる努力を尽くしても、やはり本採用を拒否するしかない」という状況になって初めて、本採用の拒否が認められます。
その他、無断欠勤・遅刻なども同様で、本採用拒否を判断する前にクリニック側からの相応の指導が求められます。
例えば「これ以上の無断欠勤や遅刻があれば、本採用を拒否せざるをえない。十分に注意してほしい」などの指導が必要となります。
本採用拒否は解雇予告が必要(14日以上試用した場合)
本採用拒否は解雇扱いになるということは、懲戒解雇に相当する事由を除けば即日本採用拒否(解雇)することができず、原則的に解雇予告が必要です。
労働基準法20条では、労働者を解雇しようとする場合は、少なくとも30日前に予告しなければならないとされています。
30日以上の予告をできないときは、30日に不足日数分以上の平均賃金を支払うことが必要になります。
本採用拒否をする際は、客観的合理性と社会的相当性を確認したうえで、このような対応が必要になるということです。
ただし、試用期間については例外があり、14日以内の解雇については、労働基準法第21条の規定により、解雇予告することなく解雇できます。
ただし、14日以内の解雇であっても、客観的合理性と社会的相当性が求められるので、安易な解雇が許されないことは変わりません。
第二十一条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至った場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至った場合においては、この限りでない。
一 日日雇い入れられる者
二 二箇月以内の期間を定めて使用される者
三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者
四 試の使用期間中の者引用元: 労働基準法第21条
本採用を拒否するのなら試用期間中は有期雇用とする
以上より、「求める能力に達していない」という理由で本採用を拒否するには、試用期間中を有期雇用とし、労働契約に明記することが必要となります。
一般的な労働契約では無期雇用を前提としているため、労働契約に明記しないまま「今日で終わりです。お疲れさまでした」としてしまうと不当解雇になってしまいます。
しかし有期雇用にすることで、スタッフからは「終わったらクビだ」と思われ、人材採用では不利になるので注意しましょう。
【まとめ】試用期間について正しく理解してトラブルを防ぐ
多くのクリニックでは採用後のミスマッチというリスクを回避するため、一定期間の試用期間を設定しています。
しかし、「試用期間はあくまでお試し期間」「試用期間中だから何かあればすぐに辞めさせることができる」というのは間違った認識となりますので十分注意してください。
試用期間を設けたとしても、本採用の拒否は「解雇」扱いとなり、容易に行使することはできません。
採用後のミスマッチというリスクを回避するためには、試用期間前の時点で慎重に採用選考し、「ミスマッチになりそう」と判断したらそもそも採用しない姿勢が大切です。
また、人材採用では不利にはなりますが、試用期間中のみ有期雇用とするのも検討の余地があります。
試用期間を既に導入されている先生、もしくはこれから導入を検討される先生はぜひ参考にしていただければと思います。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。