医療法人の理事は「名義貸し」でも数億円の賠償リスク?!法的責任と身を守る役員賠償責任保険を専門家が解説


医療法人を設立する際、原則として、理事を3名以上、監事を1名以上選任しなければいけません。
医療法人の理事に就任すると、医療法などに基づいた責任と様々なリスクを負うことになります。
万が一トラブルが起きた場合は「知らなかった」「名義だけだから」では済まされず、巨額の損害賠償責任を問われることもあり得ます。
そこで今回は、医療法人の理事が負う責任とリスクについて、最低限知っておくべき事を解説します。
また、理事が負う賠償責任のリスクを補償する役員賠償責任保険についても解説します。
医療法人の理事が負う責任とリスクには2つある

医療法人の理事が負う責任と、それに伴うリスクは、「医療法人(内部)に対して負うもの」と「第三者(外部)に対して負うもの」の2つに大別されます。
| 責任の対象 | リスク | 関係法令 |
| 医療法人 | 医療法人の運営を任された者としての義務。義務を果たせずに損害を与えた場合、医療法人から損害賠償訴訟を提起されたり、社員代表訴訟が提起されたりするリスクがある。 | 医療法第46条、第47条など |
| 第三者 | 金融機関、取引先など第三者に対する義務。第三者に損害を与えた場合に、直接損害賠償を求められるリスクがある。 | 医療法第48条、民法第709条など |
このように、医療法人の理事となると、第三者から損害賠償を求められるだけでなく、医療法人や社員から訴訟を起こされるリスクを伴います。
医療法人設立時の数合わせで、「名義だけだから」などと言われて安易に理事を引き受けることは危険であると言えます。
理事が医療法人に対して負うリスク

理事が医療法人に対して負う義務は、次のように多岐にわたります。
これらに違反し(任務懈怠)、医療法人に損害を与えた場合、理事は医療法第47条に基づき損害賠償責任を負うことになります。
【医療法第47条】
社団たる医療法人の理事又は監事は、その任務を怠つたときは、当該医療法人に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 社団たる医療法人の理事が第四十六条の六の四において読み替えて準用する一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第八十四条第一項の規定に違反して同項第一号の取引をしたときは、当該取引によって理事又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第四十六条の六の四において読み替えて準用する一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第八十四条第一項第二号又は第三号の取引によって社団たる医療法人に損害が生じたときは、次に掲げる理事は、その任務を怠つたものと推定する。
一 第四十六条の六の四において読み替えて準用する一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第八十四条第一項の理事
二 社団たる医療法人が当該取引をすることを決定した理事
三 当該取引に関する理事会の承認の決議に賛成した理事
善管注意義務
医療法人と理事との関係は、法律上は委任関係にあります。
【医療法第46条の5第4項】
医療法人と役員との関係は、委任に関する規定に従う。
少しわかりづらいですが、簡単に言えば「医療法人の理事として注意を払うべきことがあり、放置してはいけない」ということです。
例えば、次のような場合は、善管注意義務に違反することになり、賠償責任を問われる可能性があります。
・理事長の放漫経営を放置する
・法令違反を黙認する
・スタッフの不正(経理担当の横領など)に気付かない
・医療機器の老朽化などにより医療事故を誘発する
・脆弱なサイバーセキュリティを放置して患者さんの個人情報が流出する
「自分は名前だけの理事」「親族だから就任しただけで経営に関与していない」という言い訳は通用せず、損害賠償責任を負うことになります。
報告義務
理事は、日々の医院運営の中で「医療法人に著しい損害を及ぼすおそれのある事実」を発見したときは、直ちに監事に報告する義務があります。
【医療法第46条の6の3】
理事は、医療法人に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を監事に報告しなければならない。
例えば診療報酬の水増し請求など、理事長の不正を見つけても「波風を立てたくない」「経営が苦しいから仕方ない」と黙殺することは許されません。
理事長による不正やミスで医療法人に損害が出た場合は、他の理事も「監督不行き届き」となり、理事長とともに損害賠償責任を負う可能性があります。
忠実義務
医療法人の理事は、「法令及び定款並びに社員総会の決議を遵守し、医療法人のため忠実にその職務を行う義務」を負います。
【医療法第46条の6の4】
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第七十八条、第八十条、第八十二条から第八十四条まで、第八十八条(第二項を除く。)及び第八十九条の規定は、社団たる医療法人及び財団たる医療法人の理事について準用する。この場合において、当該理事について準用する同法第八十四条第一項中「社員総会」とあるのは「理事会」と、同法第八十八条第一項中「著しい」とあるのは「回復することができない」と読み替えるものとし、財団たる医療法人の理事について準用する同法第八十三条中「定款」とあるのは「寄附行為」と、「社員総会」とあるのは「評議員会」と、同法第八十八条の見出し及び同条第一項中「社員」とあるのは「評議員」と、同項及び同法第八十九条中「定款」とあるのは「寄附行為」と、同条中「社員総会」とあるのは「評議員会」と読み替えるものとするほか、必要な技術的読替えは、政令で定める。
【一般社団法人法第83条】
理事は、法令及び定款並びに社員総会の決議を遵守し、一般社団法人のため忠実にその職務を行わなければならない。
簡単に言えば、理事は医療法人の利益を最優先に行動しなければならないということになります。
医療法人は基本的に、利益剰余金の配当ができず(医療法第54条)、医療機器の購入やスタッフ採用、施設の拡充などに再投資されるべきという考えがあります。
また、後述する競業避止義務や利益相反取引回避義務についても、医療法第46条の6の4を根拠としており、忠実義務の1つと考えることができます。
競業避止義務
理事が医療法人の事業と競合する事業を行う場合、事前に社員総会で重要な事実を開示し、承認を得なければなりません(医療法第46条の6の4)。
【一般社団法人第84条】
理事は、次に掲げる場合には、社員総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 理事が自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 理事が自己又は第三者のために一般社団法人と取引をしようとするとき。
三 一般社団法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において一般社団法人と当該理事との利益が相反する取引をしようとするとき。
つまり、医療法人の理事が、無断で近隣エリアに同診療科目のクリニックを開設するといったことはできません。
なお、自ら開設して管理者となる場合は、医療法第12条により原則として他の病院などの管理者との兼任が禁止されている点にも注意が必要です。
退職して医院開業する際は、就業規則などで競業避止義務が定められていないか確認しておく必要があります。
利益相反取引回避義務
先ほどの医療法第46条の6の4と一般社団法人法第84条から、理事が医療法人と自身の利益が相反する取引を行う場合にも、理事会での厳格な承認手続きが不可欠です。
例えば、次のようなケースは、利益相反取引に当たらないか十分注意が必要です。
| MS法人との取引 | 理事長が経営するMS法人から、医療法人が相場より不当に高い金額で物品を購入したり業務を委託したりする。 |
| 親族企業への不当な利益供与 | 理事の配偶者が経営する清掃会社に対し、不当に高い金額で業務委託契約を結び、法人の利益を流出させる。 |
| 理事個人との取引 | 理事長個人が所有する土地や建物を、医療法人が相場より遥かに高い価格で買い取ったり、高額な家賃で賃借したりする。 |
| 債務保証 | 医療法人が、理事長の金融機関からの借入の連帯保証人になる。 |
上記のように、医療法人の理事や親族に特別利益とみなされてしまうと、認定医療法人の認定要件を満たすことができません。
また、後日税務調査で損金算入が認められず、多額の追徴課税が発生するリスクもあります。
不当な利益供与は、後になって問題になることがあるので、十分気を付ける必要があります。
理事が第三者に対して負うリスク

当然ながら、医療法人の理事は、患者さんや金融機関、取引先など、外部の第三者に対しても責任を問われるケースがあります。
医療法上の特別責任
医療法人の理事が、職務を行うにあたって悪意または重大な過失があった際は、それによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います。
【医療法第48条】
医療法人の評議員又は理事若しくは監事(以下この項、次条及び第四十九条の三において「役員等」という。)がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
医療法第48条の特別責任とは、医療事故ではなく、主に悪質な経営判断などによるものを指します。
例えば、資金繰りがショートするという事実を伏せ、医療機器メーカーとリース契約を結ぶも、代金が支払えずに取引メーカーに多額の損失を与えた場合などが該当します。
一般の不法行為責任
上記の特別責任に該当しなくても、民法第709条に基づく一般の不法行為責任として、違法に第三者に損害を与えた場合、賠償責任を負うリスクがあります。
【民法第709条】
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
医療法人の理事が負う賠償責任を補償する役員賠償責任保険(D&O保険)

医療法人の理事は経営責任として、法人や第三者から個人的に多額の損害賠償を請求されるリスクと隣り合わせです。
医療法人の理事が、職務遂行上の過失により損害賠償請求を受けた場合に被った経済的損失を補償するのが役員賠償責任保険(D&O保険)です。
ただし、意図的な犯罪行為や、悪質な行為で私的利益を不当に得た場合などは、基本的には補償の対象外となります。
損害賠償額を補償する保険には、医師賠償責任保険(医賠責保険)がありますが、次のように性質が大きく違います。
| 医師賠償責任保険 | 役員賠償責任保険 | |
| 対象となる立場 | 医師 | 医療法人の役員 |
| 主な補償対象 | 医療事故 | 経営判断のミスや労務トラブル |
| 損害賠償の請求元 | 患者さんと家族 | 医療法人、他の役員や社員、医療スタッフ、取引先、金融機関 |
医師賠償責任保険は医療ミスによる損害賠償請求を補償しますが、経営上の判断ミスや労務トラブルによる訴訟リスクはカバーしてくれません。
医療法人化して、組織の規模が大きくなるほど、理事としての法的リスクは高くなります。
安心して医療法人を運営するには、役員賠償責任保険の加入も検討の余地があるでしょう。
なお、医師賠償責任保険の詳細は、以下の記事をご覧ください。
医師賠償責任保険は医療ミスによる損害賠償請求を補償しますが、経営上の判断ミスや労務トラブルによる訴訟リスクはカバーしてくれません。
医療法人化して、組織の規模が大きくなるほど、理事としての法的リスクは高くなります。
安心して医療法人を運営するには、役員賠償責任保険の加入も検討の余地があるでしょう。
なお、医師賠償責任保険の詳細は、以下の記事をご覧ください。
【まとめ】医療法人の理事が負う責任とリスクを正しく理解する
医療法人の理事に就任するということは、同時に法的な義務と責任、損害賠償リスクを負うことになります。
損害賠償リスクを避けるには、医療法人を健全に運営するしかありません。
また、理事が負う損害賠償責任を補償する役員賠償責任保険も検討の余地があります。
なお、医療法人の役員や社員などの詳細については、以下の記事をご覧ください。

税理士法人テラスのグループ法人であるFPテラスでは、開業医の先生に合った生命保険のご提案ができる医療専門FPが在籍しています。最新の保険商品の知識も踏まえ、今後のライフプランや事業状況に応じて、医療専門FPは適切な保険戦略を提供します。保険税務に詳しい税理士も在籍しているので、ぜひご相談ください。



監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。


