60万円以下の医療費未払いなら少額訴訟を検討しよう

公開日:2020年3月24日
更新日:2024年3月18日

患者から請求する未払いの医療費(診療報酬)については、最初は内容証明郵便などで催促、弁護士に回収依頼など、様々な方法があります。

最初は自助努力で未払金を回収することになりますが、それでも患者が支払いを拒めば法的手段に出ることもあります。

訴訟に持ち込むこともあり得ますが、60万円以下の少額の医療費未払いのケースは少額訴訟の検討の余地があります(民事訴訟法 第六編 少額訴訟に関する特則:第368~381条)。

今回は少額訴訟の特徴について詳しくお伝えしていきます。

※医療費未払い金に関する詳細は最寄りの弁護士にご相談ください。

少額訴訟が発生するケース

少額訴訟が発生し得るケースはもちろん医療費の未払いだけでなく、他には次に挙げるものが考えられます。

・友人が貸したお金を返してくれない
・クライアントが制作物に難癖をつけてお金を払わない
・商品を販売したのに代金を支払ってくれない
・敷金を返してもらえない
・車の接触事故を起こし、相手方に修理代を請求したが払ってくれない
・会社から残業代が支払われない

少額訴訟は60万円以下の未払いに対して起こす訴訟なので、このような身近に発生しやすいトラブルが中心になります。

もちろん、医療費の60万円以下の未払金についても、少額訴訟の対象となります。

少額訴訟のメリット

少額訴訟は簡易裁判所で行う民事訴訟手続きのことです。

少額訴訟を利用するには一定の条件はありますが、通常の民事訴訟と違って簡易に手続きを進めることができます。

具体的には、少額訴訟には次のようなメリットがあります。

原則1回で判決が出る

少額訴訟で最も大きなメリットは、迅速に判決を得られることです。

通常の民事訴訟では、第1回、第2回、第3回……と何回も期日を重ねることになり、期日と期日の間は1ヶ月程度期間を空けます。

そのため、通常の民事訴訟では判決までに10ヶ月以上かかるのが一般的です。

正直60万円以下の訴訟で、これだけ時間をかけたくないものです。

一方、少額訴訟では、1回の期日で双方が主張・立証を出し尽くし(※1)、裁判所も即日で判決を出すのが原則(※2)となっています。

少額訴訟においては、特別の事情がある場合を除き、最初にすべき口頭弁論の期日において、審理を完了しなければならない。

引用元:※1民事訴訟法370条1項(一期日審理の原則)

判決の言渡しは、相当でないと認める場合を除き、口頭弁論の終結後直ちにする。

引用元:※2民事訴訟法374条1項(判決の言渡し)

控訴ができないから迅速に判決が確定

さらに、少額訴訟は控訴ができない(※3)ことも大きなポイントです。

通常の民事訴訟では、判決に不服があると、控訴審(地方裁判所又は高等裁判所)に控訴することができます。

控訴されると、次の裁判所で審理となり、判決が出るのを待つ必要があり、訴訟が長引くことになります。

しかし、少額訴訟では控訴はできないので、迅速に判決が確定します。

少額訴訟の終局判決に対しては、控訴をすることができない。

引用元:※3 民事訴訟法377条(控訴の禁止)

弁護士・司法書士・行政書士を立てる必要がない

少額訴訟の場合、弁護士や司法書士、行政書士を付ける必要がありません。

2019(平成31/令和元年)年度の少額訴訟6,565件のうち、当事者本人による割合は86.8%です(日弁連の調査による)。

弁護士が関わった割合は10.6%、司法書士、行政書士などが関わった割合は2.6%と、弁護士が関与する割合が低いことがわかります。

費用が安い

少額訴訟なのに、訴訟にかかる費用が高く、請求している額を食いつぶすようであれば、訴訟を起こすメリットがありません。

しかし、少額訴訟は通常の民事訴訟に比べて費用が安く済むのが特徴です。

まず、弁護士を立てる必要がないので弁護士費用がかかりません。

また、訴訟にかかる費用(提起手数料)は、下記のように請求額に応じて高くなるので、少額訴訟では安く済みます。

 訴額手数料
少額訴訟10万円1,000円
20万円2,000円
30万円3,000円
40万円4,000円
50万円5,000円
60万円6,000円
通常の民事訴訟100万円10,000円
500万円30,000円
1,000万円50,000円
5,000万円170,000円
1億円320,000円

※裁判所「手数料額早見表」から抜粋

近くに裁判所が多い

地方裁判所は支部を合わせて全国に203ヵ所ありますが、簡易裁判所は438ヵ所と2倍以上の数で、アクセスが容易です。

例えば、東京では地方裁判所は東京地方裁判所(霞が関)と立川支部(立川市)の2ヵ所しかありません。

しかし、簡易裁判所は東京簡易裁判所(霞が関)をはじめ、伊豆大島、八丈島、新島、八王子市、立川市、武蔵野市、青梅市、町田市の9ヵ所に設置しています。

なお、訴えを起こす裁判所は原則として、相手(患者)の住所を管轄する簡易裁判所になります。

定型書式が充実している

少額訴訟は、もともと「利用しやすく、わかりやすい」司法を目指して導入された制度です。

そのため、法律に詳しくない人でも利用しやすいよう、裁判所のホームページには訴状の類型ごとに定型書式があります。

空欄を埋めることで訴状を簡単に作成することができる使い勝手の良い定型書式です。

強制執行が可能

通常の民事訴訟と同様、勝訴判決の際には、仮執行宣言が付与されます。

そのため、債務者(未払い患者)が弁済に応じなければ強制執行の申立てが可能になり、債務者の財産を差し押さえることが可能になります。

しかし、強制執行については、民事調停で調停調書を取得した場合にも可能になります。

医療費未払いの法的手段は様々あるので、総合的に検討するようにしましょう。

少額訴訟のデメリット

少額の未払金の請求には通常の民事訴訟より少額訴訟がおすすめですが、少額訴訟には、いくつかデメリットもあるので注意しましょう。

事前にすべての準備が必要

少額訴訟は1回の期日で審理を完了し判決を出す手続きとなるため、事前に自分の言い分を裁判所に提出し、証人、証拠書類を準備する必要があります。

また準備する証拠についても、期日にその場で取り調べることができるものに限られます。

相手(未払い患者)が少額訴訟に反対した場合は通常の民事訴訟になる

少額訴訟は、相手(未払い患者)の同意がなければ起こすことができません。

もし相手が通常の民事訴訟を望み、少額訴訟を拒否するようであれば、通常の民事訴訟に移行しなければいけません。

結果として解決するまでに余計な時間がかかってしまう可能性があります。

敗訴しても控訴できない

少額訴訟は控訴できないので、迅速な判決が可能である反面、敗訴した場合はデメリットになります。

少額訴訟の利用制限は年間10回まで

少額訴訟手続の利用回数は,1人が同じ裁判所に年間10回までに制限されています。

医療費の未払い患者が複数名いるような場合は注意しましょう。

少額訴訟で勝訴できるポイント

少額訴訟は1回の期日で審理を完了し判決を出す手続きができるのが大きなメリットですが、先ほどお伝えしたように事前に決定的な証拠を準備しなければいけません。

通常、医療費の未払いが発生した場合は、少額訴訟などの法的手段に出る前に、電話やメール、内容証明郵便などで催促するのが一般的です。

その際、証拠としてメールや内容証明郵便の内容は保存しておき、電話については録音するなどして、証拠を集めておきましょう。

患者が医療費の未払いについて再三支払いを要求しても応じないことを証明する必要があるのです。

また、よく医療費の未払いの患者に対して診療拒否できるのか? という応召義務違反の有無が話題になります。

応召義務違反を問われた際にも、再三請求しても支払いに応じなかった旨の証明が必要になります。

日常から支払いの催促をしたという証拠集めは行うようにしておきましょう。

通常の民事訴訟と少額訴訟の違い

ここで、今までお伝えしてきたことを踏まえて、通常の民事訴訟と少額訴訟の違いをまとめておきます。

 通常の民事訴訟少額訴訟
管轄裁判所地方裁判所簡易裁判所
請求金額60万円以上60万円以下
判決までの回数複数回1回
判決までの期間約10ヶ月程度かからない
控訴できるできない
弁護士必要不要
弁護士費用かかるかからない
訴訟にかかる費用比較的高い安価
裁判所の数203ヶ所438ヶ所
裁判所までのアクセス遠い近い
定型書式難しい易しい
強制執行可能可能
医療費未払金の時効5⇒10年に延長5⇒10年に延長

少額訴訟を利用できる条件

繰り返しになる部分が多いですが、少額訴訟が利用できる条件は、次の通りになるので注意しましょう。

・請求金額が60万円以下
・少額訴訟の回数が年間10回以下
・相手が少額訴訟に同意している
・期日までに証人や証拠書類をすべて準備する
・相手先(未払い患者)の住所のある簡易裁判所で行われるため、相手の住所を把握する

特に、最後の相手の住所を把握しておくことは、医療費未払いの請求では最も重要なことです。

悪質なモンスターペイシェントの場合、カルテ情報に虚偽の住所を記載することも考えられます。

患者の保険証を確認するのは当然として、保険証がない、または忘れた場合は、運転免許証など他の身分証明書の提示を求めるようにしましょう。

【まとめ】医療費の未払金問題の回収方法を把握しておこう

医療費の未払いの催促の法的手段のうち、少額訴訟についてお伝えしました。

ただ、少額訴訟については、電話やメール、内容証明郵便など、法的手段を取らなくても回収する手段はあります。

また、法的手段を取るにしても、民事調停や、裁判所を通じての支払催促という方法もあります。

医療費の未払金問題については、次の記事で詳しく書いていますので、こちらも併せてご覧ください。

【関連記事】【医療費の未払い対策】どうやって回収する?時効は?診療拒否できる?

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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