【注意!】先生の医院・クリニックでも「うっかり」パワハラをしていませんか?

公開日:2019年8月15日
更新日:2024年9月30日
医院・クリニックのパワハライメージ

パワハラに限らず、いじめや嫌がらせに代表されるハラスメントについては、以前よりは院長先生の意識が高くなった印象です。

ハラスメントが労使間トラブルに発展するようなことになれば、雇用側に不利に働くためです。

医療業界で意識が高まってきた結果なのか、近年はハラスメントの相談は少なくなってきました。

ただ、ハラスメントの防止策については院長先生だけでなく、スタッフ全体に周知が必要です。

2019年には労働施策総合推進法,男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法が改正されたことによりパワハラ対策が事業主の義務(※)となりました。

パワハラに対する取り締まりは,年々厳しさを増すでしょう。

そこで、今回はハラスメントの中でも、医院・クリニック内で発生しやすいとされるパワハラをテーマに詳しく解説していきます。

※中小企業(医院・クリニックの場合は5,000万円以下の資本金または100人以下の規模の場合)の場合,2022(令和4)年4月1日より義務化。それまでは努力義務。

そもそもパワハラとは?

医院・クリニックのパワハライメージ

パワハラについては、厚生労働省の雇用環境・均等局の「パワーハラスメントの定義について」で、次のように3つに分けて定義づけられています。

①優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
②業務の適正な範囲を超えて行われること
③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

一つひとつ、簡単に解説していきます。

①優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること

①「優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること」の主な例としては、先の厚生労働省資料から、次のように記載されています。

「優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること」の具体例
  • ○ 職務上の地位が上位の者による行為
  • ○ 同僚又は部下による行為で、当該行為を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
  • ○ 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

つまり「職務上の地位」に限らず、人間関係や専門知識、経験などの様々な優位性が含まれます。

パワハラというと、上司から部下へのいじめ・嫌がらせを指すイメージが強いです。

しかし、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対するいじめ・パワハラも含まれることになります。

②業務の適正な範囲を超えて行われること

また、②「業務の適正な範囲を超えて行われること」の具体例については、先の厚労省資料から次のように示されています。

「業務の適正な範囲を超えて行われること」の具体例
  • ○ 業務上明らかに必要性のない行為
  • ○ 業務の目的を大きく逸脱した行為
  • ○ 業務を遂行するための手段として不適当な行為
  • ○ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える行為

原則として上記に該当しない業務上の適正な範囲内の場合には、たとえ業務上の必要な指示や注意・指導を不満に感じた場合でもパワハラに該当しないことになります。

しかし、後述するように、業務の適正範囲だった「つもり」が、結果的にパワハラになってしまうケースもあるので難しいところです。

③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

こちらについても、以下のように具体的な例が挙げられています。

「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること」の具体例
  • ○ 暴力により傷害を負わせる行為
  • ○ 著しい暴言を吐く等により、人格を否定する行為
  • ○ 何度も大声で怒鳴る、厳しい叱責を執拗に繰り返す等により、恐怖を感じさせる行為
  • ○ 長期にわたる無視や能力に見合わない仕事の付与等により、就業意欲を低下させる行為

パワハラの6類型

医院・クリニックのパワハライメージ

上記のパワハラの定義①~③を満たすものについては、先の厚労省資料では、次の6類型に分けられるとされています。

身体的な攻撃

職務上の地位や知識などの優位的な地位を利用して、蹴ったり、叩いたり、スタッフの身体に危害を加える行為です。

ただし、業務上関係のない同僚間のケンカなどは「②業務の適正な範囲を超えて行われること」に当てはまらないため、除外されます。

精神的な攻撃

  • 「やめてしまえ」など職員としての地位を脅かす言葉
  • 「おまえは小学生並みだな」「無能」などの侮辱、名誉棄損に当たる言葉
  • 「バカ」「アホ」といった暴言

これらは、業務を遂行するのに必要な言葉とは通常考えられません。

このような言葉による精神的な攻撃は、「業務の適正範囲」を超えたパワハラに当たると考えられます。

例外としては、遅刻や服装の乱れなど、社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動に対して改善されないので上司が強く注意をするのはパワハラには当たらないとされています。

ただし、注意の仕方や言動によっては「業務の適正範囲を超えた」と判断されかねないので、人格否定に当たる暴言は避けましょう。

人間関係からの切り離し

簡単に言えば、仲間はずれにする、無視するなど、個人を孤立させるパワハラです。

このような行為は、職場内の優位な立場を使って行われる「人間関係からの切り離し」型のパワハラになります。

  • 仕事のやり方を巡ってスタッフと口論してから、業務に必要な指示を与えない
  • すぐそばにいるのに、他の人を介して連絡をする
  • 話しかけても無視する

厚労省の資料には、「新入社員を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育」はパワハラに該当しない例と記載されています。

ただし、懲罰的な意味合いの研修を行ったり、個室に閉じ込めて反省文を書かせたりするのはパワハラと判断される可能性があります。

過大な要求

業務上明らかに不要なことや,業務遂行不可能なことの強制があった場合、「過大な要求」型のパワハラに当たることがあります。

単に仕事の量が多いというだけではパワハラとは言えませんが、たとえば次のような場合が該当すると考えられます。

  • 業務上の些細なミスについて見せしめ的、懲罰的な業務を求める
  • 明らかに能力,経験を超える無理難題な指示を与え、他のスタッフよりも著しく多い業務量を課す

過小な要求

合理的な理由がなく、スタッフ本来の能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、あるいは仕事をまったく与えないことです。

「過大な要求」とは逆のパターンです。

個の侵害

「個の侵害」とは、個人のプライバシーを侵害するパワハラを指します。

たとえば、労働基準法上、有給休暇の取得にあたり、スタッフは休暇の理由を申し出る必要はありません。

しかし、このとき上司が「誰と? どこへ? どうして?」など執拗にスタッフに問う行為は、「個の侵害」型のパワハラに当たります。

医院・クリニックのパワハラ3つの注意点

医院・クリニックのパワハライメージ

一般の職場と違い、医療は人の生命にかかわるため、ちょっとしたミスが許されない場合も多々あります。

また、多忙なうえに様々な患者さんと接することも多く、緊張を強いられるストレスフルな労働環境にあります。

そのため,以前よりは減ったとはいえ、医療現場は一般企業に比べてパワハラが発生しやすい環境にあると言われています。

先にパワハラの定義と基本的に類型についてお伝えしましたが、それでもパワハラと注意・指導の境界が曖昧なケースも多々あるでしょう。

少なくとも、開業医の先生やスタッフは、次のことには最低限注意しなければいけません。

パワハラの被害者の心を深く傷つけるのはもちろん、労使間トラブルや離職率の増加、医院・クリニックの信用低下に繋がります。

「うっかり」パワハラの加害者に!

業務指導上、必要なことを注意・指摘しているだけなので、パワハラに該当しない。

加害者がこのように考えていても、「言い方が高圧的、攻撃的、感情的であったために部下が傷ついたり病気になったりしている」とパワハラと認定される可能性があります。

  • 指導に熱が入り、手が出てしまった(頭を小突く、肩をたたく、胸倉を掴むなど)
  • 宴会の席でのマナーに関する注意が過熱し、後輩を蹴飛ばした
  • 「馬鹿」「ふざけるな」「役立たず」「給料泥棒」「死ね」等の暴言
  • 大勢の前で叱責する、大勢を宛先に入れたメールで暴言を吐く

これらはすべて、先の厚労省資料で記載されている、「実際に生じたパワーハラスメント又はそれが疑われたケースの考え方」の一例です。

どれも指導・指摘のつもりが、「うっかり」一線を超えてしまった例です。

いくら省庁がパワハラの定義を明示しているとはいえ、指導・指摘とパワハラは紙一重と言って良いでしょう。

スタッフの成長を考えるのではなく、感情的な怒り、怨恨、不満が含まれる関わり方は、パワハラと判断される可能性が高くなる点は押さえておきましょう。

また、理路整然と注意・指摘したつもりが、冷たく言われたと感じたスタッフの心を大きく傷つけてしまうこともあり得ます。

スタッフを励ましたり、「もっとこうすると良くなるよ」とモチベーションを高める関わり方をしたりすることで、パワハラ問題への発展はある程度防げるでしょう。

怖くてパワハラの加害者に反論できない!

上記の「うっかり」パワハラの加害者は、往々にして意欲も実力も実績も高いことが多く、院内の誰も反論できないことが少なくありません。

スタッフの立場からすると、実は怖くて何も言えない、言っても無駄と思っているだけのケースも少なくないようです。

そのため、職場環境をそのまま放置してしまい、いつの間にかパワハラとして厄介な問題に発展しかねません。

また、1人に対するパワハラが、他のスタッフに対しても余計な緊張を生み出してしまい、院内の雰囲気が悪化することにも繋がります。

ボスマネジメントで誰も文句を言えない雰囲気を作ってしまうと、深刻な労使間トラブル、うつ病による休職、離職率の増加を招いてしまいます。

スタッフのパワハラで院長先生の使用者責任が問われることも!

医師などの雇用主がスタッフ同士のパワハラを看過して、必要な措置をとっていなければ「使用者責任」を負うことになります。

たとえ雇用主である院長自身が加害者でなくても、使用者責任という重い責任から逃れることはできません。

1.ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2.使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

引用元: 民法第715条(使用者責任)

雇用主は、クリニック全体でパワハラが起きないような必要な措置を講じることが必要でしょう。

なお、使用者責任については、パワハラだけでなく、セクハラやマタハラなど他のハラスメントにも同じことが言えます。

パワハラの対応策は?

院長先生自身によるパワハラだけでなく,スタッフのパワハラも予防するにはどうしたらよいのでしょうか?

厚生労働省の「パワーハラスメント対策導入マニュアル」には,パワハラ対策の基本的な枠組みを構築するために,実施すべき7つの取り組みが示されています。

上述の通り,パワハラには様々な形がありますが,この7つの取り組みは,組織でのハラスメント対策の基本として参考になるでしょう。

<予防のための取り組み>
  • 1.トップのメッセージ:
    組織としてハラスメント対策の方針を明確にし、施設のトップから全職員に対して、ハラスメントは取り組むべき重要課題であるということを発信しましょう。
  • 2.ルールを決める:
    労使一体で取り組みを進めるために、労使協定などでルールを明確化、罰則規定などを具体化して、ハラスメント対策マニュアルなどを作成しましょう。
  • 3.実態を把握する:
    職場での実態を把握するために、早い段階でアンケート調査を実施して、ハラスメント防止対策を効果的にすすめられるようにしましょう。
  • 4.教育する:
    教育のための研修の実施は、予防策の中で効果的です。職員全員が受講できるように定期的に実施し、新卒・中途採用者に対しても入職時の研修に取り入れるなどしましょう。
<解決のための取り組み>
  • 6.相談や解決の場を提供する:
    ハラスメントに関する相談窓口を設置し、相談対応者は守秘義務を負うこと、プライバシーを保護することを明確にしましょう。施設内での設置が難しい場合は、外部の相談窓口の利用を検討しましょう。
  • 7.再発防止のための取り組み:
    相談者への迅速な対処や、ハラスメントの早期解決が再発防止につながります。一時的な対応にならないために、解決後も対応策の見直しや改善を継続的に行いましょう。

【まとめ】パワハラ対策を講じ、働いて楽しい雰囲気を作る

今回は、ハラスメントの中でも、比較的発生しやすいパワハラについて取り上げました。

最近では、医院・クリニックもハラスメントに対して注意深くなってきました。

とはいえ、スタッフに対して感情的な怒りが先行し、ついうっかりと高圧的、攻撃的な態度を続けてしまうことがあります。

また、先生でなくてもスタッフがパワハラを行っていれば、使用者責任を負うことになります。

パワハラは本来無用なトラブルです。パワハラ防止の必要な策を講じるのはもちろん、パワハラが起きないように、働いて楽しい院内の雰囲気を醸成する工夫も求められるでしょう。

なお、「お前はクビだ!」「辞めてしまえ」という発言はパワハラだけでなく、本当にクビにすれば不当解雇の問題に発展します。

ショックで出勤しなくなったスタッフに休業補償を支払い続けないといけなくなることもあり得ます。

詳しくは次の記事もご覧ください。

「お前はクビだ!」と看護師に叫ぶ前にクリニックの院長先生が知っておきたい労働法とパワハラ問題

仕事の覚えが悪い、遅刻を繰り返している、他のスタッフからも不満の声が上がっている、患者から苦情が来ている、そして何より使えない……。 そんな問題ある看護師やスタッ…

亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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