【クリニックの労務管理】朝礼や研修、オンコールは労働時間に含む?

公開日:2019年11月25日
更新日:2024年4月9日

労働基準法32条において、1日の法定労働時間は8時間、1週間では40時間と規定されています。

※スタッフ10人未満の医科歯科クリニックの場合、週44時間でも可能です。(特例措置対象事業:労規則第25条の2)

法定労働時間を超えた場合は、もちろん残業代を支払わなければいけません。しかし、医院・クリニックの職場のなかには「これは労働時間になるのか?」と疑問に持つようなこともあるでしょう。

例えば朝礼や研修の参加、オンコールの時間を労働時間に含めないといけないのかというものです。

そこで今回は労働時間の定義や、労働時間に含めるかどうか判断に迷う事例について詳しく解説します。

労働時間の定義とは?

そもそも労働時間はどのように定義づけられているのでしょうか?

労働時間については判例法理として確立されている程度でしたが、平成29年に厚生労働省のガイドラインで明文化されました。

労働時間は厚生労働省のガイドラインによって定義されている

厚生労働省は、労働時間の定義について次のように定義しています。少し長いですが、そのまま抜粋します。

【労働時間の考え方】
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。

そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。
ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。

なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。

また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。

ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間

イ 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」

ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

引用元:厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)抜粋

労働時間=診療時間ではないことに注意

上記のア~ウを見てわかることは、決して労働時間とは診療している時間だけではないということです。

・始業前の服装の着替え
・医療機器、器具などの準備行為
・業務終了後の清掃や後始末
・手待時間
・業務上義務付けた研修や教育、セミナー参加

これらの時間についても、労働時間に含めなければならず、診療時間=労働時間ではない点は明白です。

医院・クリニックでは、診療日時によって変形労働時間制や冒頭でお伝えした特例措置対象事業を適用するケースも多いです。これらを適用する際は、診療時間以外の労働時間も含めて考慮して有効活用することが必要です。

【これも労働?】診療以外の労働時間の事例

労働時間の定義について解説しましたが、診療時間以外の労働時間については、解釈が曖昧になりがちなケースがあります。

例えば「オンコール時間は?」「スタッフが自主的に行った研修やセミナーは?」といったものです。

労働時間の扱いについて曖昧な部分が多いと、余計な残業代の支払いや、逆に不毛なサービス残業のもととなってしまいます。

そのため、労使トラブルを避けるためにも、ガイドラインに沿って労働時間のルールを明文化しておく必要があるでしょう。

そこで診療時間以外の労働時間で、曖昧になりやすい事例を解説します。

始業前の準備や診療後の後片付け

始業前の準備や診療後の後片付けは、先に解説した、上記ガイドラインのアに該当する箇所です。医院・クリニックでも、実際の診療時間以外の付随業務は多岐に渡ります。

申し送り・情報収集、始業前の準備作業、診療後の後片付けや看護記録は、院長先生の指揮命令下ならば労働時間としなければいけません。

診療準備や片付けにかかる労働時間の具体例

もっと細かく、診療準備にかかる労働時間の例を述べると、次のものはすべて労働時間とみなされます。

・職場の入り口や門から職場もしくは更衣所までの移動
・医療機器や器具の準備時間
・カルテの記入時間
・患者情報の収集時間
・職場から食堂、休憩室までの移動時間
・業務に必要な手洗い、洗面
・終業後の医療機器、器具の後片付け、清掃
・会計箋の準備

おそらく、多くの医院・クリニックは、診療開始前、終了後にこのような作業が発生すると考えられます。

労使間トラブルを防ぐために、上記の準備時間も労働時間に含めて出退社時間を設定しましょう。

自主的な時間外労働の場合はどうする?

上記のような作業について、自主的に早朝出勤したり、終業後に残業したりするケースもあります。

しかし、指揮命令ではなく自主的に行ったものでも、業務上必要不可欠な作業なら労働時間とされる場合があります。

例えば電子カルテを導入したが端末の台数が少なく、始業前の情報収集の時間を確保するために早く出勤せざるを得ないような場合です。

ただ、自主的な時間外労働については、必要以上の残業代の請求や、サービス残業の温床になりやすいところです。

場合によっては、残業代が発生しないのに残業しないといけないような雰囲気を作ってしまうケースもあります。

このような問題は、労使間トラブルに繋がりやすいので、以下の記事の対処法を参考にしてください。

【関連記事】クリニックのサービス残業が発生しやすい4つの事例と対策

朝礼や準備体操

始業前に朝礼や準備体操を実施しているクリニックもあるでしょう。

クリニックでも朝からモチベーションを高めて、スタッフが一丸となって仕事に取り組むには一定の効果があるようです。

ですから朝礼などを実施すること自体は問題ないのですが、注意したいのは朝礼や準備体操も労働時間に含まれることです。

朝礼や準備体操については、上記ガイドラインの「使用者(院長)の指揮命令下に置かれている時間」と解釈されやすいです。

そのため、始業開始前に朝礼を行っていれば時間外労働に該当するので、残業代の削減を図るのであれば始業後に朝礼や準備体操を行いましょう。

更衣時間

法令に基づく防護服や一定の作業着などを所定の場所(更衣室など)で着用することを義務付けられていれば、原則として労働時間になります。

つまり、更衣時間については制服の着用が義務付けられているかどうかが論点となります。

例えば医師や看護師の服装は衛生上決められていることが大半なので、職場の着替え時間も労働時間に含めるのが妥当でしょう。

患者待機による休憩・仮眠時間(手待時間)

患者待機による休憩・仮眠時間は、上記ガイドラインのイの手待時間に該当します。

患者対応に備えるために控室などで待機するような場合は労働時間とされます。

救急外来の合間の仮眠についても同様です。即応が求められる状態にあれば労働時間とみなされます。

労働時間に含めるかどうかは、労働から完全に解放されて自由が保障されているかどうかが基準となります。

オンコールではなく、クリニックで待機しているのであれば、労働から完全に解放されているとは考えられません。つまり、患者待機中も労働時間と考えるのが自然です。

休憩時間と手待時間の違い

少しわかりづらいのが、手待時間と休憩時間(昼休みなど)との違いです。

昼休みを想像するとわかるように、休憩時間とは、院長先生の指揮命令下を離れて、場所の制約なく自由に行動できる時間です。

そのため、昼休みなどの休憩時間では、いったん帰宅したり、外食したりすることも可能です。

一方で、手待時間は、急な患者対応などに備えるものなので、「控室で待機」など場所の制約が生まれます。

この違いから、休憩時間は労働時間に含めず、手待時間は労働時間に含めるということになります。

手待時間にスタッフが他の仕事を指示するのはOK?

手待時間は労働時間内になるので、手待時間中に別の業務を依頼することは、労働契約内であれば問題ありません。

一方で、休憩時間は労働時間外になるので、休憩時間中の業務は時間外労働となります。

休憩時間中に急な患者対応が発生するような場合は、残業代が必要となります。

宿直は?

宿直は、外来診療を行っていない時間帯に、医師などが入院患者の病状の急変に対処するため医療機関内に拘束され待機している状態です。

そのため、宿直も一種の手待時間となるので、労働基準法上の労働時間となります。

なお、宿直は、当直勤務と違って通常の勤務時間に続く勤務となりますが、断続的業務として労基署の許可を受けたものは、労働基準法上の労働時間規制は適用されません。

監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

引用元:労働基準法第41条の3

なお、宿直については、「医師、看護師等の宿直許可基準」を満たす必要があります。

【医師、看護師等の宿直許可基準】
(1)通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。
(2)夜間に従事する業務は、一般の宿直業務以外に、病院の定時巡回、異常事態の報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温等、特殊の措置を必要としない軽度の、又は短時間の業務に限ること。
(応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等があり、昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものは許可しない。)
(3)夜間に十分睡眠がとりうること。
(4)許可を得て宿直を行う場合に、(2)のカッコ内のような労働が稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分にとりうるものである限り許可を取り消さないが、その時間については労働基準法第33条、第36条による時間外労働の手続を行い、同法第37条の割増賃金を支払うこと。

引用元:昭和24年3月22日基発第352号より抜粋

オンコール

オンコール時間は、急患対応などで自宅など、医療機関から遠くない場所に待機する時間を言います。

手待時間に比べると、オンコールは自宅で過ごしていいわけですが、例えば旅行に出かけることができないのは明白で、場所的な拘束は否定できません。

また、労働基準法ではオンコールについての明確な規定はありません。

そこで、オンコールの労働時間、労務管理に対する考え方についてお伝えします。

オンコールは労働時間に含めない

オンコール時間は基本的には最高裁の判例などから一般的に「労働時間ではない」とされています(奈良県立病院産科医師事件)。

拘束の度合いや、呼び出しの頻度によっては労働時間とみなされる可能性もありますが、基本は労働時間に含めません。

オンコール手当の支給も検討を

なお、クリニックによっては2,000~4,000円程度のオンコール手当を支給していることもあります。

オンコール時間は、スタッフに場所的な拘束が発生し、「いつ呼ばれるかわからない」という精神的な負担もかかります。

労働時間とする代わりに手当を支給するのもひとつの方法でしょう。また、スタッフに過度に負担とならないように配慮が必要です。

オンコール時間に対する代休は必要?

オンコール時間は、スタッフに対して長く自宅待機をしてもらうものなので、代休が必要ではないかも気になります。

こちらについては、医療機関から呼び出しがあったかなかったかで扱いが変わりますので、詳しくは以下の記事をご覧ください。

【関連記事】【医師と看護師の休日出勤】振替休日と代休の違い|オンコール時間の扱いや手当についても解説

院内研修・新人研修

業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講も、上記ガイドラインから労働時間としなければいけません。

しかし、ガイドラインを読むと、受講義務がなく、出席しなくても何も不利益がなければ労働時間とはみなされないとも読み取れます。

つまりスタッフが、業務とは全然関係のない資格を取得するために受講した講座や試験は労働時間とはみなされません。

ただし指揮命令下によるものでなくとも、受講しないとクリニックにとって不利益となる場合は労働時間とみなされる場合があります。

また院外の研修だけでなく、院内に講師を呼んで研修を行うクリニックも多いです。

その場合は研修の企画、運営などの準備作業も基本は労働時間とされます。

研修は技術的なものだけでなく、人間関係やコミュニケーションスキル、コーチングスキルを高める研修もあります。

どのような研修にしても、自院にとって利益になるかならないかが、労働時間に含めるかどうかの商店になります。

自己研鑽

自己研鑽や研究は基本的に労働時間とはみなされないものの、院内で利益になるかどうかや指揮命令の有無によって総合的に判断されます。

特に上記のガイドラインのウでは、「使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」も労働時間と定義されています。

例えば、院長先生が、技術的なスキルに対してeラーニングの学習をスタッフの人に指示していたのであれば労働時間とみなされます。

つまり、自己研鑽についても、自院にとって利益になるものであれば労働時間、そうでなければ労働時間外となります。

【まとめ】労働時間のルールの明確化を

労働時間の定義や、医院・クリニックの職場で労働時間に含めるかどうか判断に迷う事例を解説しました。

労働基準法第115条では、過去2年前までさかのぼって、残業代などの賃金を請求できることになっています。

今回のように労働時間に含まれるかどうかルールを明確化しないと、あとで未払い残業代をまとめて請求されてしまう可能性もあります。

労働時間や時間外労働については、労使間トラブルに発展しやすい問題のひとつです。

労働時間については明確にルール化し、スタッフに周知するようにしていくことでトラブルを未然に防ぐようにしましょう。

亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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