医療過誤の死亡事例と病院・クリニックのインシデント・ヒヤリハット対策
病院やクリニックにとって、医療過誤(医療従事者による医療ミスで起こった事故)は避けるべきです。
しかし2021年の医療事故情報収集等事業報告書によれば、報告義務のある273医療機関のうち、医療過誤を含む医療事故(医療現場で起こった事故)は4,674件発生していました。
これは1医療機関で、月に1回以上医療事故が発生している計算になり、医療過誤や医療事故はかなり身近であることがわかります。
では、医療過誤の典型的な事例には、どのようなものがあるのでしょうか?そして医療過誤の防止策には、どのようなものがあるのでしょうか?
そこで、今回は医療過誤で死亡に至った例と、重大な事故を防ぐためのインシデント・ヒヤリハット対策をお伝えします。
医療過誤4つの死亡例と本来取るべきだった対策
まずは、医療過誤の死亡例と、本来取るべきだった対策についてお伝えします。
医療過誤は、医療事故のなかでも医療従事者による医療ミスで起こった事故を指します。
例えば次のことについて気を付ければ、ある程度医療過誤が防ぐことができることが死亡事例からわかります。
・少しでも異常が見つかったら専門の診療科目に転院させる
・患者さんの日頃の症状を聞く
・報告書の記載を見落とさない
・緊急事態に対応することができる体制とする
・過去の医療過誤の事例を把握する
急病なのに誤診で症状を見落として死亡
まずは、誤診で症状を見落として帰宅させてしまい死亡したケースですが、医療過誤では比較的よく見られます。
あるサラリーマンが、突然胸痛、背部痛を覚え、すぐに近くの病院に診察しに行きました。
そのときに担当した当直医は、症状から心筋梗塞か大動脈解離を疑い、心電図、胸部レントゲン、胸腹部造影CT、血液検査を行いました。
しかし各検査の結果、どちらとも判断されませんでした。唯一、心電図検査の波形には異常が見られたのですが、心筋梗塞に特徴的な波形が見られなかったと言います。
そして緊急性がないと判断し、男性を帰宅させました。男性は帰宅後も痛みを我慢していたと言います。
翌朝、家族が男性を起こしに行くと、すでに亡くなっていましたが、死因は急性心筋梗塞でした。
また、男性は、病院に受診したときは、不安定狭心症という、心筋梗塞の一歩手前だったことがわかりました。
これは、先の心電図の波形から明らかだったのですが、当直医の専門は外科で、そこまで見抜けなかったのです。
心筋梗塞は救急車で運ばれる途中で亡くなるケースが多く、病院到着後の死亡率は10%未満と言われています。
この男性も自力で病院に行ったので、症状を見落とさずに循環器科の病院に転院し、助かった可能性が高かったのです。
心筋梗塞や脳卒中など緊急の治療を要するケースでは、誤診によって治療を遅らせてしまい、手遅れになるケースがあるようです。
また、この男性は帰宅後に我慢せずに救急車を呼んでいれば助かった可能性もありますが、結局我慢して翌朝自宅で亡くなってしまいました。
このように、患者さんは症状を我慢してしまう傾向があります。診察時にも同じことが言えて、患者さんはどこか遠慮がちに症状を先生に伝えがちです。
じつは重大な症状が隠されていることもあるので、今の症状だけでなく日頃の典型的症状も聞き出した方が良いと言われています。
そして、ちょっとでも疑わしければ専門の医院で受診するように勧めれば、このようなケースは十分減らすことができるでしょう。
がんを見落として死亡
急病だけでなく、がんの場合でも誤診により発見が遅れ、手遅れになるケースがあります。
どちらかというと、開業医の先生よりは大病院に多いケースですが、医療過誤の判例としてはかなり多いです。
例えば千葉大学病院では、担当医がCTなどの画像診断報告書の内容を見落とすなどして、2人が死亡したことが判明しています。
誤診によりがんの発見が遅れたのは、判明しただけで9名いたと言います。
その他同じ時期に、兵庫県立がんセンター、横浜市立大の2病院でも発覚しています。
どれも、先に書いたように画像診断の専門医による報告書の記載を、主治医が見落としたのが多かったと言います。
いや、見落としたのではなく、報告書を見ていない。そういったことも多いと言います。
じつは、このような報告書を見ていないケースはかなり多いと言われています。
主治医が画像を見て自ら診断しているということなのでしょうが、過信は禁物です。
無痛分娩による医療過誤で死亡
次に紹介するのは、産婦人科の無痛分娩での重大な医療過誤です。
まずは2011年の京都府京田辺市にある「ふるき産婦人科」(現在は閉院)のケースです。
無痛分娩でお産が進まず帝王切開したものの、生まれた子に脳性麻痺など重い障害が残り、3歳で死亡しました。
この産婦人科医は、合理的な理由なく多量の陣痛促進剤や高濃度の麻酔薬を投与、さらに麻酔薬を投与する前に分娩監視装置を外したことが問題となりました。
この「ふるき産婦人科」では2012年にも無痛分娩の麻酔を受けた女性の容体が急変し、帝王切開するも母子に重い障害が残った事故が起きています。
他にも無痛分娩による医療過誤の事例があります。
2015年8月には神戸市中央区の「母と子の上田病院」で無痛分娩をした女性が大量出血。約1年後に死亡。
2015年9月には、神戸市西区の「おかざきマタニティクリニック」で無痛分娩を受けた女性が麻酔直後に体調が悪化。
麻酔が脊髄の中心近くに達し、呼吸できなくなり、帝王切開で生まれた子供とともに重い障害を負います。
その後、女性は低能酸素脳症が原因の多臓器不全で亡くなっています。
2017年1月には、大阪府和泉市の「老木レディスクリニック」で無痛分娩を受けた女性が搬送先の病院で約10日後に死亡しています。
相次ぐ無痛分娩の医療過誤の発覚で、問題となったのが産婦人科の体制です。
多くの小さな産婦人科のクリニックでは、麻酔から分娩に至るまで1人の産婦人科医と助産師が行っています。
実際に先に書いたふるき産婦人科では、そのような体制にも関わらず、24時間無痛分娩に対応していました。
しかし、これはかなり綱渡りの医療と言えます。トラブルが起きても、緊急事態に対応することが難しくなるのです。
無痛分娩では、麻酔以外にも陣痛促進剤によるコントロールなど、1人の産婦人科医と助産師だけでは対応するのは困難です。
無痛分娩を行うのであれば、緊急事態に対応できる体制が必須と言えるでしょう。
気管切開後の窒息死
入院中に気管切開を受けた患者が、喉に痰を詰まらせて窒息死した、70代後半の男性の事例を紹介します。
頸部膿瘍のため、耳鼻咽頭科で膿を出す手術を受けたのですが、手術部位が腫れて気道が狭くなる恐れがあるため、気管カニューレを挿入したのです。
術後の経過は順調でしたが、ある日、その男性患者が気管カニューレで窒息しそうになります。
家族が看護師に医師を呼ぶように頼んだものの、「もう帰りました」「先生の許可がないと救命救急医は呼べない」と言って、医師を呼ぼうとしません。
家族は何度も頼むのですが、看護師は「先生に連絡したら痰を取れば大丈夫と言われた」と言って終わりです。
じつは、その看護師は医師を呼んでなかったことが後に発覚します。
再度、看護師が痰吸引を開始したのですが、患者は苦しみだし、やがて意識を失いました。
そこで初めて医師を呼ぶのですが、すでに心肺停止状態で、その患者は低酸素脳症で1ヶ月後に亡くなりました。
この医療過誤は、様々なミスがあとで発覚するのですが、一番問題だったのは、看護師がすぐに医師を呼ばなかったことです。
医師を呼べば、確実に救えた命でした。
また、気道切開後の窒息事故のケースは多いのに、痰吸引の重要性を認識していなかったことも問題です。
医師はもちろん、看護師にも十分教育していれば、このような医療過誤は避けることができたでしょう。
病院・クリニックに必要なインシデント・ヒヤリハット5つの対策
ここまで、医療過誤で不幸にも死亡に至った事例を紹介しましたが、いずれもインシデント、ヒヤリハット対策をしていれば防ぐことができたものばかりです。
インシデントは、重大な事故に繋がる可能性があるトラブルを指し、ヒヤリハットは危うくトラブルが起きそうになった行為を指します。
いずれも重大な医療過誤には繋がっていない行為であるものの、もしかしたら……という可能性のあるものです。
ハインリッヒの法則では、重大事故1件の背景に 29件のインシデント,さらに300件のヒヤリハットがあるとされています。
そのため、医師、看護師を中心として、十分なインシデント、ヒヤリハット対策をすることが死亡事故など重大な医療過誤を防ぐことに繋がります。
そこで、これまでの話を踏まえて、病院・クリニックに必要なインシデント、ヒヤリハット対策についてお伝えします。
患者さんの情報を正確に聞き出す
先にもお伝えしたように、診察に訪れた患者さんの情報を正確に聞き出すことが必要ですが、遠慮したり我慢したりすることもあり得ます。
そのため、患者さんが話すことをそのまま解釈するのではなく、現在だけでなくここ最近の体調など細かなことも確認する必要があります。
①疑問に思われることを職員に遠慮なくご質問ください
②患者様が気にかかっていることをお話ください
③患者様の情報をお教えください
④アレルギー・今飲んでいらっしゃる薬・健康食品をお話ください
⑤検査結果もご質問ください
※全日本病院協会「医療安全推進」より抜粋
必要に応じて、上記のことを確認することが大切になります。
そして、少しでも疑わしいことがあれば、他の専門の医療機関に促すか、詳細な検査に促すことで、重大な疾患の見落としを防ぐことができます。
過去のインシデント・ヒヤリハット事例を共有する
スタッフ教育などで、過去のインシデント・ヒヤリハット事例を共有して、マニュアルに盛り込むことも大切です。
先の気管挿入による窒息の事例も、事の重大性を認識していれば医療過誤は防ぐことができたと考えられます。
おそらく、病院・クリニックのなかに、過去のインシデント・ヒヤリハット事例の報告があるでしょう。
例えば一般的に、次のようなインシデントは起きやすいと言われています。
・与薬時間、量、内服薬の間違い
・患者さんを間違える
・点滴の輸液の間違いや滴下速度の間違い
・患者さんが転倒しやすい環境
・医療機器の操作間違い
このような事例を確認する時間を取ったり、スタッフ教育などで共有したりすることも重要です。
また、業務マニュアルで、過去のインシデント事例を反映した対策を盛り込むことも場合によって必要でしょう。
このようにすることで、経験不足のスタッフに対するインシデント、医療過誤のリスクを極力なくすことができます。
採用時にインシデント対応のことを確認する
スタッフ採用時でも、多少は医療過誤やインシデントを防ぐ対策ができます。それが、医師や看護師の採用面接時にインシデント対応のことを確認することです。
「インシデント経験ではどう対応したか? 」「どのように活かしたか?」といったことを質問してみるといいでしょう。
インシデントやヒヤリハットに対する認識はもちろん、仕事に対する意欲や業務改善の意識を確認できます。
もちろん、院内でインシデント、ヒヤリハット事例を共有する必要はありますが、最初から意識の高いスタッフを採用することも重要です。
慣れたルーティンワークこそ注意する
重大な事故などは不慣れな診療業務だけでなく、意外と慣れたルーティンワークのなかでも発生しやすいです。
むしろ、初めての事象よりも慣れた作業の方がインシデントやヒヤリハットは起こりやすいかもしれません。
上記の報告書を見ていないことによる誤診についても、日常のなかのルーティンワークで発生した可能性があります。
ルーティンワークほど、思い込みや確認不足で突発的なミスが起こりやすくなるためです。
点滴や与薬のミスも、ルーティンワークのはずなのに、インシデント、ヒヤリハットでは多い事例となっています。
そのため、ルーティンワークだからこそ、必要な情報を確認したり、指示が合っているか確認したりすることが大切です。特に指示の変更があった場合は注意する必要があります。
また、ルーティンワークでも、作業が中断されるとミスが起こりやすくなります。
医師や看護師は、今やっていることを中断して別の緊急対応をしないといけない場面が多いところがあります。
元の業務を再開する際にミスがないような対策も場合によって必要かもしれません。
院内のチームワークと良好な人間関係を築く
医院経営やマネジメントすべてに対して言えることですが、院内のチームワークと良好な人間関係を築くことは、インシデントやヒヤリハット対策になります。
どうしても雰囲気がギクシャクしたり、ピリピリしたりしていると、プレッシャーからミスが起こりやすくなります。
逆に、良好な人間関係で働きやすい環境だと、精神的なプレッシャーもなく、良い意味で業務に緊張感が出るため、ミスが少なくなります。
また、チームワークが良ければ、「相談しづらい」といったこともなくなるので、コミュニケーションエラーによるミスも少なくなります。
【まとめ】健全な医院経営のために適切なインシデント対策を
ここでは、代表的な医療過誤の死亡事例と病院・クリニックのインシデント対策について紹介しました。
いくら医療技術が発達しても、突発的なミスによるトラブルは起こり得ますし、100%なくすことは難しいでしょう。
しかし、病院やクリニック内のコミュニケーションや教育を改善し、働きやすい職場を作りながら不要な事故は減らすようにしていきしょう。
医療過誤などの訴訟については、以下の記事も参考にしてください。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。