急増する直美による地域医療と美容クリニックの問題と対策

公開日:2025年12月24日
更新日:2025年12月24日

ここ数年、「直美問題」という言葉をよく聞くようになりました。

直美とは、医師が国家試験に合格した後、2年間の初期の臨床研修を修了したものの、保険診療科の実務経験を積むことなく、美容クリニックに就職することを指します。

直美を含めた、医師免許取得から日本美容外科学会の入会まで3年未満の医師の割合(直美率)は、平均で32.5%(18.8~46.2%)というデータもあります。

厚生労働省「美容医療に関する問題事例や課題解決に向けた取組等について 」より抜粋

直美には、保険診療の過酷な労働環境と美容医療の経済的魅力という構造的な問題が背景にあります。

保険診療の実務経験がない医師が美容外科に進み、患者さんへの安全や医療の質の観点から懸念があります。

一方、美容医療への流出によって、医師の偏在が加速して地域医療の人手不足という問題も顕在化してきています。

本記事では、直美問題と、大病院などの地域医療や美容クリニックが直面する課題と対策についてお伝えします。

直美の構造的問題|若手医師が保険診療を離れて美容医療に向かう理由

冒頭でもお伝えした通り、直美問題が顕在化しているのは、保険診療の過酷な労働環境と美容医療の経済的魅力という構造的な問題が背景とされています。

よく、直美について、若手医師の倫理観の低下を指摘する声もありますが、構造的問題を考えればやや早計かもしれません。

まずは、若手医師が保険診療を離れて美容医療に向かう理由について詳しくお伝えします。

病院勤務医の過酷な労働環境と美容クリニックとの待遇の違い

若手医師が直美を選択する最も直接的な要因は、保険診療の病院と美容クリニックとの間に存在する待遇差です。

大学病院の研修医や若手勤務医の年収が400万~1,000万円であるのに対し、美容クリニックでは未経験なのに年収2,000万円を超える求人が珍しくありません。

同じ医師であるにもかかわらず2倍以上の収入差があるので、美容クリニックを就職先に選ぶ医師が多いのは自然なことです。

さらに、保険診療を経験してきた先生であればご存知の通り、基幹病院の保険診療の労働環境は過酷です。

朝7時から23時まで通常業務を行い、そこからさらに論文執筆を求められ、当直も重なるという勤務実態も珍しいことではありません。

2024年に医師の働き方改革が施行されましたが、それでも時間外労働時間の上限は原則年間960時間、月100時間未満です。

相変わらず長時間労働であることには変わりません。

一方、美容クリニックは、夜勤や当直がなく、カレンダー通りの勤務で長期休暇も取りやすいところがほとんどです。

多少残業はあったとしても、病院勤務医ほどではありません。

特に子育てとの両立を目指す女性医師にとっては、美容クリニックは有力な選択肢と言えます。

医師のキャリアパスを揺るがす医療制度の歪み

病院勤務医と美容クリニックの待遇差に加えて、医療制度が持つ歪みも直美問題を後押ししています。

保険診療の世界は、診療報酬や専門医制度によってキャリアパスがある程度厳格に管理されています。

しかし、自由診療である美容医療は市場原理に委ねられており、初期研修修了後の進路として制度上の参入制約は比較的少ないのが現状です。

その結果、個々の医師の資質や努力の問題というよりも、十分な臨床経験を積む前の段階でも美容医療を選択し得る環境が形成されており、こうした制度設計そのものに課題が内在していると言えるでしょう。

さらに、2018年度から始まった新専門医制度も、意図せずして若手医師を美容医療へ向かわせる一因となっていると考えられます。

この制度は、都市部への医師集中を防ぐため、各診療科・地域ごとに研修医の定員を設けています。

その結果、希望する都市部の病院で専門研修を受けられず、へき地での勤務を余儀なくされるケースが出てきました。

一方で、美容クリニックの多くは都市部に集中しているため、へき地を避けたいと考える医師にとって、魅力的な受け皿となっています。

現在、厚生労働省は若手医師の美容医療への流出を防止するために、「開業には5年の保険診療経験が必要」などの規制案を検討中です。

【参考記事】

美容医療への医師流出防止 開業には5年の保険診療経験 - 日本経済新聞

美容医療をはじめとする保険外診療へ医師流出が止まらない現状を是正するため、厚生労働省が対策を打ち出す。内科や外科など、公的保険の対象となる一般的な診療に最低5年…

ただ、規制案と並行して、若手医師が進んで保険診療に進みたいと思えるような、魅力ある仕組みを構築することも必要と思われます。

直美増加に伴う地域医療を担う病院・クリニックの問題点と対策

直美増加は、若手医師の技術・経験不足を引き起こすだけでなく、日本の医療提供体制に悪影響を与えるほどの問題になっています。

特に地域医療を担う基幹病院やクリニックが抱える問題点と対策についてお伝えします。

【問題点】医師偏在の深刻化

若手医師の美容医療への流出は、医師の偏在を後押しすることになってしまっています。

▼医師偏在
医師の数が特定の地域や診療科に偏っていることを指す。近年は都市部の医療機関や美容外科で働く医師が増えている。拘束時間が長く、労働環境が厳しいとされる産婦人科や小児科では医師の確保が難しくなっている。患者が十分な医療を受けられなくなるため、厚生労働省は医師の働き方改革も含めた対策を検討してきた。
日本経済新聞「医師偏在とは 都市部や美容外科に多く 」より抜粋

地域別には東京都に医師が集中している傾向があり、東日本の地方を中心に医師不足が目立つ事態が起きています。

また、診療科目による偏りも大きくなっています。

美容外科で働く医師は2008年以降3.2倍に増えている一方で(厚生労働省資料「美容医療に関する現状について」より )、外科や産婦人科、救急など厳しい労働環境にある診療科目からの人材流出が著しくなっています。

人材流出により、残された既存の医師の業務負担は激増し、医療の質の低下が懸念されています。

また、長時間労働によって疲弊した医師が離職して、ますます人材不足に陥るといった事態にもなりかねません。

【対策①】労務環境の抜本的改善を図る

人材流出の危機的な状況から脱するには、若手医師が「ここで働きたい」と思えるような魅力的な労働環境を提供することが必要と考えられます。

特に基幹病院となるとハードルが高いところがありますが、できるところから改善しないと、美容医療などへの流出を防ぐことは難しいでしょう。

例えば、給与水準の引き上げや、住宅補助、リフレッシュ休暇制度など福利厚生の充実などが挙げられます。

また、医師の業務を看護師や薬剤師、医療クラークなどに移管するタスク・シフティングや、多職種が連携して一人の患者を診る体制の構築も考える必要があります。

給与・福利厚生の充実に加えて、医師個人の負担を軽減する取り組みが地域医療を守るためには必要と考えられます。

【対策②】キャリア形成の支援を図る

若手医師は、自分の成長を実感できる環境を求めており、不安なくキャリアを形成していきたいと考えています。

そのため、画一的なキャリアパスを提示するのではなく、個々の医師の希望や適性をヒアリングすることが大切です。

例えば、「3年後にはリーダー、5年後には指導医」と具体的なキャリアパスを明確に示し、その実現に必要な研修や資格取得をバックアップする制度を整えることが有効です。

明確にキャリアパスが描ける環境は、医師の定着率向上につながるでしょう。

【対策③】医療DXの推進で業務効率化を図る

先ほどもお伝えしたように、医師やスタッフ個人に業務負担がかかり、多くの時間を費やしてしまう現状は改善しなければいけません。

業務体制の構築は不可欠ですが、事務作業を効率化するには医療DXの推進も重要です。

電子カルテはもちろん、オンライン予約システムやRPAツールなどによる定型業務の自動化などを検討することが求められます。

医療従事者が本来の専門業務に集中できる環境を整えることで、医師やスタッフの生産性向上や職場の満足度向上につながります。

IT導入補助金などで、初期費用の負担を軽減することも検討するのも良いでしょう。

医療DXについては、以下の記事を参考にしてください。

医療DXとは?メリット・デメリットや失敗しない導入方法は?

デジタル技術が急速に発展してきており、多くの業種で「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」という言葉が使われるようになりました。 DXとは、「Digital Transforma…

医療DX推進体制整備加算とは?施設基準や届出方法などを詳しく解説

医療機関がデジタル技術を活用して医療の質を高める体制を整備していることを評価するため、2024年度の診療報酬改定で医療DX推進体制整備加算が新設されています。 さらに…

直美増加に伴う美容クリニックの問題と対策

冒頭でもお伝えしたように、直美増加は、美容クリニックにとって医療の質という観点から懸念があります。

医療の質が低下すれば、医療トラブルが増えることになり、訴訟リスクの増加や患者さんの信頼の失墜を招きかねません。

【問題点】経験の浅い若手医師の採用がもたらす経営リスク

大手美容クリニックは、全国に分院展開しているため多くの医師が必要であり、経験の浅い直美の医師を採用せざるを得なくなっています。

しかし、初期研修明けの医師は、当然形成外科の専門医とは言えず、経験・スキルに問題を抱えているケースが少なくありません。

最悪の場合、合併症への対応能力が十分でないまま施術が行われることで、患者を直接的な危険に晒すリスクも否定できません。施術件数の増加と比例して、後遺症や医療事故の報告が増えていることも指摘されています。

【参考記事】

美容整形ブームの裏で深刻な後遺症に悩む女性が続出している。その数、5年で5倍増。美容整形の後遺症に苦しむ患者たちを最前線で救っている医師が見た現実と問題点

また、十分な教育コストをかけることができず、直美の医師に比較的習得しやすい施術ばかりを担当させるケースもあります。

そうなると提供できる医療の幅を狭めてしまい、長期的に考えるとクリニックの競争力を削ぐことになりかねません。

【対策①】採用時のミスマッチを防ぐ

医療の質を担保して、安全かつ競争力の高い美容クリニックを作り上げるには、組織全体で医師の技術力を上げることが不可欠です。

採用段階では、単に人手不足という理由で医師を採用するのではなく、技術力や向上心、チーム医療への適性など慎重に見極めることが重要です。

特に経験を積んでいない医師に対しては、採用の基準を厳しくすることも検討の余地があるでしょう。

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【対策②】体系的な教育プログラムを取り入れる

もともと技術力と経験を持つ医師を採用することはもちろん、入職後に教育プログラムに力を入れることも重要です。

医師やスタッフへの教育に力を入れれば、クリニック全体の技術力を底上げし、他院との差別化要因になることがあります。

患者さんのニーズに合った安全な医療を提供するだけでなく、接遇力を高め、患者満足度を上げていくことも大切です。

【まとめ】直美問題は地域医療と美容クリニック双方の課題を生む

直美問題は、単に若手医師のキャリア選択の問題ではなく、日本の医療システムが抱える構造的な課題が顕在化したものと考えられます。

この問題は、地域医療を担う病院・クリニックにとっても、美容クリニックにとっても経営リスクをもたらしています。

直美問題に関しては、厚生労働省で何らかの対策が行われると推測できます。

しかし、一方で、医療機関として直美問題と向き合い、問題を解決していく姿勢が経営改善につながるでしょう。

本記事を最後までご覧いただきありがとうございました 。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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