医院・クリニックの人件費率はどれくらい?人件費を抑える方法なども解説

公開日:2025年12月18日
更新日:2025年12月18日

医院・クリニック経営において、スタッフの人件費は固定費のなかでも大きな割合を占めます。

人件費は、医療の質とスタッフの満足度を支える重要な投資なので、安易に下げることはおすすめしません。

場合によっては、労働基準法などに抵触することもあり得ます。

だからといって、人件費率(もしくは労働分配率)が大きすぎると、経営を圧迫してしまうので、頭を悩ませる先生は多いでしょう。 そこで、本記事は、医院・クリニックの人件費率や労働分配率の目安、人件費を抑える方法などをお伝えします。

そもそも人件費、人件費率、労働分配率とは?

本題に入る前に、まずは、そもそも人件費、人件費率、労働分配率の意味についてお伝えします。

人件費給与や手当などスタッフを雇用する際に負担するすべての費用
人件費率人件費率=人件費÷医業収入(売上高)×100
労働分配率労働分配率=人件費÷付加価値×100≓人件費÷粗利益×100

人件費は給与や賞与だけでなく各種手当や社会保険料なども含む

人件費というと、多くの場合給与や賞与をイメージしますが、それだけではなく、洗い出していくと次のようなものがあります。

・給与
・賞与
・各種手当(通勤手当、時間外労働手当(残業代)、扶養手当、住宅手当など)
・社会保険料(法定福利費)
・福利厚生費
・退職金

人件費の種類には、上記のようなものがあることを考慮して、適正な人件費を評価することが重要です。

人件費率と労働分配率の違い

人件費の割合を示す指標には、主に人件費率と労働分配率の2種類があります。

人件費率は、医業収入(売上高)に対する人件費の割合を示します。

上図のように、100の医業収入があって、人件費が24であれば、人件費率は24%になります。

一方、労働分配率は、院内で生み出した付加価値に対する人件費の割合のことを指します。

付加価値は、財務上は、次のいずれかで計算します。

加算法:人件費や減価償却費などを足して計算する

控除法:売上高(医業収入)から変動費を差し引いて計算する

付加価値をいずれかで計算しても、上図で言うところの粗利益に相当します。

上図のように、粗利益が80で、人件費が24であれば、労働分配率は30%になります。

医院・クリニックの人件費率、労働分配率の目安は?

医院・クリニックの人件費率や労働分配率の目安についてお伝えします。

冒頭でお伝えしたとおり、人件費率や労働分配率は、高すぎると資金繰りが苦しくなりますし、低すぎるとスタッフの労働力を確保できません。

人件費は高すぎても低すぎてもデメリットが大きいので、適切な割合を維持することが大切です。

ただ、本記事でお伝えする人件費率や労働分配率は、あくまで目安と考えてください。

人件費の目安

医院・クリニックの人件費の適正値は、一般的には開業直後の個人医院・クリニックの場合は20~25%程度と言われています。

クリニックの医業収入が年間5,000万円であれば、人件費の適正値は年間1,000~1,250万円ということになります。

しかし、医院・クリニックの規模や診療所の形態によって、適切な人件費率は違ってきます。

有床なのか無床なのか、院内処方なのか院外処方なのか、個人クリニックなのか医療法人なのかで変わってきます。

例えば、院内処方の無床診療所の場合は、人件費率の適正率は15~20%、院外処方の無床診療所の場合は20~30%と言われています。

また、厚生労働省の「第24回医療経済実態調査 」から、医院・クリニックの人件費率を求めると、次の通りです(給与費÷医業収益で算出)。

個人医院・クリニック医療法人
全体平均25.0%49.0%
入院診療収益あり(有床)31.3%49.0%
入院診療収益なし(無床)24.6%48.7%

医療経済実態調査によれば、無床の個人医院・クリニックの人件費率は先ほどの目安通りである一方で、医療法人は49.0%とかなり高めです。

医療法人になると、医療スタッフに加えて医療事務も多く必要になるため、その分人件費率がどうしても上がると考えられます。

医療法人の場合は、医業収入の規模が大きいため、人件費に投資しやすいという側面もあります。

その他、診療科目や診療内容によっても、スタッフの適正人数が変わってくるので、適正な人件費率に少し違いが出てきます。

このように、適正な人件費率は、医院・クリニックによって様々なので、自院に合った適正値で経営するようにしましょう。

労働分配率の目安

医業収入>粗利であるため、当然ながら労働分配率は、人件費率よりも高めになります。

開業したばかりの個人医院・クリニックの労働分配率の適正値は30%程度となります。

ただ、労働分配率についても、当然、有床・無床、院内処方・院外処方、個人・医療法人で目安は変わってきます。

スタッフの数が多くなる医療法人になると、労働分配率は50~55%程度が適正値になってきます。

クリニックの人件費を適正に抑える7つの方法

人件費率や労働分配率が適正範囲を超えている場合は、人件費を下げる対策が必要となります。

しかし、無闇に人件費を下げると、スタッフの離職率が上がり、求人採用が難しくなるので、労働力を確保できなくなります。

特に、就業規則の不利益変更や安易な解雇は、労働関連の法律の観点からも当然認められません。

スタッフの労働力を担保しながら人件費を最適化するには、次のような工夫が考えられます。

医療DXで業務を効率化する

厚生労働省も推進している医療DXは、医療の質を高めながら業務効率化を図るうえでは有効な手段です。

医院・クリニックによって導入すべきシステム・ツールは変わってきますが、次のようなことは検討の余地があります。

・オンライン資格確認
・電子処方箋
・電子カルテ情報共有サービス
・Web予約、問診システム
・自動精算機
・オンライン診療
・RPAツール(パソコン上の業務を自動化するツール)
・AIの活用

特にスタッフの残業が蔓延しているような場合は、上記のシステム・ツールを導入することで、時間外労働の短縮で人件費を減らせる可能性があります。

また、新たにスタッフを雇用する必要性がなくなることも考えられるでしょう。

患者さんの受付がスムーズになり、待ち時間の短縮が図れるなら、患者満足度向上にもつながります。

医療DXについての詳細は、以下の記事を参考にしてください。

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DX化の障壁となるのが、初期導入コストですが、IT導入補助金などの活用で、負担を大幅に軽減することもできます。

医院・クリニックが活用できる補助金については、以下の記事を参考にしてください。

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スタッフの配置やシフトを見直す

DX化による業務生産性の向上も重要ですが、同時にスタッフの配置やシフトの見直しを図ることも有効です。

例えば、一人ひとりのスタッフの業務内容を把握して、特定のスタッフに業務が偏っていないかを確認します。

そのうえで、スタッフの能力や専門性などを最大限に活かせる配置をすることが理想です。

うまくいけば、業務効率化につながるだけでなく、スタッフのモチベーションを維持して定着率を高めることができます。

また、医院・クリニックによっては患者さんが集中するピークタイムに人員を厚くして、それ以外は最小限の人数で運営することも検討の余地があります。

業務の一部を外部委託する

クリニック内の業務をすべて自院のスタッフで賄う必要はなく、一部を外部委託するのも有効な選択肢です。

例えば、診療報酬請求や受付・会計業務、院内清掃、ITシステムの保守管理、ホームページやチラシの制作などです。

外部委託にすることで、結果的に教育研修コストや社会保険料などが不要になります。

固定費である人件費を、外部委託の利用で変動費としてコントロールしやすくなる点もメリットと言えます。

常勤・非常勤のバランスを見直す

スタッフ採用をする際は、常勤・非常勤のバランスを見直した方がいいこともあります。

例えば、パート・アルバイトを積極的に採用するといったものです。

週および月の所定労働時間が常勤の3/4未満のパート・アルバイトを雇用すると、社会保険に加入する必要がありません(※ただし、医院・クリニックのスタッフ数によっては、3/4未満であっても週20時間以上、月額賃金8.8万円以上などの要件で加入義務が発生する場合があります )。

また、来院患者数にバラツキがある場合は、ピークタイムの補完要員として活用できます。

しかし、一方で非常勤の場合、希望する労働時間帯が重複することが多く、なかなか調整がうまくいかないこともあります。

基本的に非常勤は、午前のみ出勤して午後に退勤を希望する人が多い傾向にあり、必ずしもピークタイムにスタッフを集中できるとは限りません。

そのため、人件費を抑えようとして非常勤スタッフに偏ってしまうのはおすすめはしません。

開業直後であっても、業務を熟知している常勤スタッフは、最低1人は採用しておくことがおすすめです。

能力の高い常勤スタッフが1人でもいれば心強いですし、非常勤より仕事が回りやすくなります。

できれば、人件費率が高くても、常勤は複数名確保しておきたいところです。

常勤1人では業務が偏りやすくなりますし、退職時の打撃が大きくなってしまうからです。

常勤・非常勤どちらかに偏っている場合は、バランスを見直した方が良いでしょう。

医業収入を上げて人件費率を下げる

人件費率は医業収入、労働分配率は粗利を分母とするため、人件費を抑えるよりも、そもそも売上を上げた方がいい場合もあります。

事業計画通りの医業収入に達していないような場合は、集患を見直したり、自由診療を導入したりするなどの工夫も必要となります。

スタッフの定着率を上げる工夫をする

人件費を抑えることばかりにフォーカスすると、スタッフの退職によるコストを見落としがちです。

スタッフの退職が相次ぐと、求人広告費や新人教育にかかるコストが無駄になりますし、業務生産性が上がりません。

トラブルの多い問題スタッフはともかく、優秀なスタッフの定着率を高めることは、長い目で見て人件費の最適化につながります。

スタッフの定着率を上げるには、まずは採用の質を上げることです。

クリニックの理念や治療方針に共感して、末永く働いてくれるスタッフを採用することが何より重要です。

そのようなスタッフを採用するだけでも、スタッフ間の人間関係やマネジメントの悩みも減るでしょう。

スタッフ採用の詳細については、以下の記事をご覧ください。

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並行して、スタッフが安心して働ける、風通しの良い環境を整えることが不可欠となります。

給与アップだけでなく、働きやすい職場を提供することもスタッフの定着率に大きく影響しますし、業務生産性が向上します。

詳細は、以下の記事をご覧ください。

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業績連動賞与やインセンティブなどを導入する

基本給などの昇給は、スタッフのモチベーション向上と定着率アップには有効ですが、人件費増大のリスクを伴います。

そこで、基本給の昇給ではなく、次のように業績連動賞与やインセンティブなどの変動報酬を取り入れるのも1つの手です。

業績連動賞与インセンティブ
概要クリニックの業績に応じて賞与額を変動させる制度。個人の貢献度や成果に応じて給与に上乗せして変額報酬を支払う制度。
メリット経営に応じた柔軟な支給が可能で、業績良好時はスタッフのモチベーションが上がる。本人の努力や成果次第で給与アップするので、スタッフのモチベーション向上につながる。
デメリット業績悪化時に賞与が減額され、スタッフのモチベーションが下がる恐れがある。スタッフ個人の評価と賞与にギャップが生まれやすい。個人主義が強まり、チームワークが低下するリスクがある。過度なプレッシャーにつながる可能性もある。

上記のように、業績連動賞与もインセンティブもメリットだけでなく、デメリットもあるので、導入には慎重な検討が必要です。

もし、導入する際は、スタッフに十分納得がいく説明ができるようにしましょう。

医院・クリニックの人件費に関するよくある質問

最後に、医院・クリニックの人件費に関する、よくある質問・相談内容を紹介します。

ヒト・モノ・カネのうち、人件費はヒトにもカネにも関わることなので、悩んでいる先生は少なくありません。

特に次のことはよく質問されることなので、今後の医院経営の参考にしていただくと幸いです。

Q:人件費や労働分配率が適正なのに経営が苦しい気がします

人件費や労働分配率が適正か、それ以下であれば、他の経費が多くかかっていることになります。

例えば、人件費率が低い割に経営が苦しいなら、変動費を含んだすべての経費のいずれかに無駄が発生しているかもしれません。

労働分配率が適正なのに経営が苦しい場合は、変動費を除いた経費に無駄が発生している可能性があります。

まずは、最寄りの税理士などに相談しながら、費用対効果の低い、無駄な経費を削減する方が先です。

実際に、材料費(医薬品費、診療材料費等)、消耗品費、広告宣伝費、水道光熱費、交際費などを適切に削減したケースは多いです。

人件費については、スタッフの労働力確保やモチベーションに大きく関わるので、安易に下げるべきではありません。

人件費率を下げるのであれば、上記のように業務生産性の向上を図ってから行うことが望ましいです。

Q:スタッフに給与アップや増員を求められましたがどうすればいいですか?

医院・クリニックによっては、スタッフに給与や賞与アップを求められたという話はよく聞きます。

また、「仕事が手に回らないから増員してください」と相談されたケースも少なくありません。

医療業界は慢性的な人手不足に悩まされていますし、政府も医療従事者の賃上げを目標としています。

そんな状況下で、スタッフに給与アップや増員を求められることは不思議なことではありません。

ただ、スタッフに言われるがまま賃上げや増員をしてしまえば、資金繰りを圧迫して経営が苦しくなる可能性があります。

そのため、院長先生は、人件費率か労働分配率を把握して、人件費を増やすか否かの判断基準を持つことが大切です。

さらに、スタッフにも人件費率、労働分配率のいずれかを共有して、現在の給与水準や人員体制が適正であることを理解してもらうことも重要です。

例えば、開業直後の無床クリニックで労働分配率が30%以上であれば、これ以上給与アップや増員に応えることが難しいことがわかります。

その点を、スタッフにも共有して、一緒に改善策を考えてみるのも1つの方法です。

スタッフの働くモチベーションにも大きく関わるので、根拠を持ってスタッフに説明することが大切です。

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【まとめ】人件費率・労働分配率は多すぎず少なすぎず適正値で経営する

医院・クリニックの人件費率や労働分配率についてお伝えしました。

人件費率や労働分配率については、有床・無床、院内処方・院外処方、個人・医療法人などの違いで適正値が変わってきます。

もし、適正値より多ければ、無闇に人件費を削るよりは、業務効率化を進めながら適正化することが大切です。

適正値より低く、人手不足で悩んでいるようであれば、スタッフ採用や給与設定などの見直しが必要なことがあります。

もし、適正値より低いのに資金繰りが苦しいなら、他の経費に無駄が多いと予測が立てられるでしょう。

自院の人件費率や労働分配率を把握することで、どんな対策が必要か見えてくることがあります。

なお、2024年の診療報酬改定で新設されたベースアップ評価料や賃上げ促進税制については、以下の記事をご覧ください。

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亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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