開業に失敗した医師が自己破産するとどうなる?|免許は剥奪?無一文に?

公開日:2020年3月17日
更新日:2024年11月29日

医院・クリニックを開業したものの医院経営に失敗したり、散財を繰り返したりして自己破産するケースがあります。

医師は借金や自己破産とは程遠いイメージがあるかもしれませんが、実際に自己破産した事例はあります。例えば開業時は莫大な借入金が発生するのでリスクがあります。

もし、医師が自己破産するとどうなるのでしょうか?

また自己破産しても医師を続けることは可能なのでしょうか?医療法人の理事だった場合はどうなるのでしょうか?

自己破産・個人再生・任意整理・特定調停の違い

債務整理をする方法は、自己破産の他、個人再生、任意整理、特定調停があります。

まずは各々の債務整理の特徴についてお伝えし、そもそも自己破産とは何か、他の債務整理の方法には何があるかを理解しましょう。

自己破産

まず、そもそも自己破産とは何か? というお話をすると、自己破産とは、破産法に従って、債務者(借金した人)の今ある財産を現金化して、現金を債権者(お金を貸した人)に平等に返済する手続きです。

借金の返済義務を免除する代わりに、ほとんどのケースでは家や車を手放して現金化することになります。

個人再生、任意整理、特定調停と違う点は、債務が支払い不能のときに適用され、もっとも困窮しているときに適用されることです。

なお、詳しくは後述しますが、現金化して債権者に返すといっても、無一文になるわけではありません。

個人再生

自己破産と似たようなものに、個人再生というものがあります。自己破産は支払不能な場合に適用され、個人再生は「支払不能の恐れ」がある場合に適用されます。

つまり、まだ借金の支払いの余地があるときに個人再生を検討することになります。

個人再生は借金を減額した上で再生計画案(返済計画)を作成し、裁判所に認可されたうえで3~5年かけて返済します。

借金の返済義務が完全に免除されないかわりに、持ち家を手放さずに済むなど、自己破産よりは財産を残せることが特徴です。

借金は概ね1/5以上に圧縮されることが多いです。

任意整理

任意整理は借金の返済不能だったり、その恐れがあったりする人よりは、比較的借金が少ない人に適用されます。

債権者と交渉することにより、無理なく返済できるように利息をカットしたり、返済方法(金額や返済期間)を調節したりする手続きです。

過払い金などがあった場合に将来の借金返済額を減額したり、返済期間を短縮したりするような場合に多く適用されます。(将来利息のカット)

借金を圧縮したり免除されたりするわけではないので、自己破産や個人再生と違って財産の整理はありません。

特定調停

特定調停も、過将来利息のカット等に用いられますが、金銭債務を負っていて経済的に破産する恐れのある人に適用されます。(特定債務者)

任意整理が和解合意(裁判外手続き)の性格を持つことに対し、特定調停は、裁判所を介して各債権者と合意します。

ただ、任意整理と違って過払い金の取り戻しは行われず、過払い金を考慮した調停をすることは困難です。

自己破産・個人再生・任意整理・特定調停の違いまとめ

自己破産、個人再生、任意整理、特定調停の比較表を以下に示します。他の債務整理と比較することで、より自己破産とは何かがわかりやすくなったかと思います。

どうしても債務整理というと、真っ先に自己破産を思いつく方が多いですが、他の手段もあるということを知っておきましょう。

 自己破産個人再生任意整理特定調停
借金に与える効果借金全額が免除される借金の総額を数分の1に圧縮利息制限法+将来利息カット利息制限法+将来利息カット
申立要件支払不能支払不能の恐れ 特になし支払不能の恐れ
手続きにかかる費用20万~100万円程度30~70万円程度着手金1社あたり2~4万円+減額報酬10%等1社500円程度
新規借入れ5~10年不可5~10年不可約5年不可約5年不可
家や財産に対する影響家や車などの財産はすべて現金化し処分される車は残せないが、持ち家は残せる。影響なし影響なし
法律破産法民事再生法民法

利息制限法

出資法

特定調停法

民事調停法

自己破産したら医師免許は剥奪されるのか?

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自己破産というと、「借金を返さなくて良くなるかわりに、無一文になり職も失う」というイメージを持っている方が多いです。

たしかに税理士や弁護士のように、自己破産による資格制限が発生する職業もありますが、医師が自己破産したら医師免許はどうなるのでしょうか?

結論からお話しすると、自己破産したところで医師免許は剥奪されません。

第三条 未成年者、成年被後見人又は被保佐人には、免許を与えない。
第四条 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
三 罰金以上の刑に処せられた者
四 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者

引用元:医師法第3条、第4条

例えば何らかの刑事告発されるような事件を起こして、罰金以上の刑を受けた場合は、医師免許を剥奪される可能性があります。

しかし、自己破産については、医師法の条文から読み取れないように、医師免許剥奪の条件にはあてはまりません。

つまり、開業医が医院開業に失敗して自己破産したとしても、すぐに勤務医に戻ってやり直すことができるということです。

では開業に失敗した医師が勤務医に戻ったら、勤務先の病院に自己破産した事実がバレたりするのでしょうか?

これは官報をチェックしていなければ自己破産した事実がバレることはほとんどないでしょう。

履歴書で「自己破産した」と自分で書くようなこともありません。しかし、面接時に「なぜ開業したクリニックを廃業したのか?」といったことは聞かれる可能性はあります。

自己破産した後で、医院開業ができるか?

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自己破産して勤務医に戻ることは問題ありませんが、自己破産後に医院開業することは可能でしょうか?

結論を言うと、5~10年程度は医院開業することは難しいでしょう。

医院開業で資金調達は必須の課題ですが、自己破産することで融資を受けることが難しくなるためです。

個人信用情報機関で信用情報に登録される期間は、だいたい5~10年くらいのため、融資を受けられないのもそれくらいの期間はかかるでしょう。

JICC(日本信用情報機構)5年以内
CIC(割賦販売法・貸金業法指定信用情報機関)5年以内
KSC(全国銀行協会・全銀協・JBA)個人再生・自己破産10年以内
個人再生・自己破産以外(任意整理等)5年以内

KSC(全銀協)の登録期間は、個人再生・自己破産のときは10年ですが、借金の返済義務が残る任意整理は5年になります。しかし、返済が滞ることになれば、新たに信用情報に登録されるので注意してください。

医療法人の理事が自己破産した場合はどうなる?

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それでは、医療法人の理事が自己破産した場合はどうでしょう?

この場合も、特に医療法の記載で、自己破産が医療法人の理事の欠格事由に当たるような記載はありません。

次の各号のいずれかに該当する者は、医療法人の評議員となることができない。
一 法人
二 心身の故障のため職務を適正に執行することができない者として厚生労働省令で定めるもの
三 この法律、医師法、歯科医師法その他医事に関する法律で政令で定めるものの規定により罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して二年を経過しない者
四 前号に該当する者を除くほか、禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなるまでの者

引用元:医療法第46条の4第2項

第四十六条の四第二項の規定は、医療法人の役員について準用する。

引用元:医療法第46条の5第5項

そのため、自己破産したからといって、医療法人の理事を退任する必要まではありません。

しかし、医療法人の理事に関しては内部の約款で退任事由とされていることがあり、その場合は理事を降りる必要が出てきます。自己破産した医療法人の理事長が退任し、クリニックを別の方に譲って自分は同じクリニックで勤務医として働くケースも想定されます。

自己破産すると無一文になる?

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自己破産すると財産が差し押さえられ、無一文になるというイメージを持つ方が多いですが、実際はどうでしょうか?

破産手続きが開始されると原則として、家や車といった、債務者の財産は基本的に差し押さえられ、管理・処分ができなくなります。

自己破産することで借金返済が免除される代わりに、今ある財産を現金化して、債権者に返済しなければいけません。

一方で、自己破産には「債務者を再生させる」という目的も含まれています。

この法律は、支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により、債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに、債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。

引用元:破産法第1条

そのため、債務者が利用できる財産も定義されており、決して無一文になるわけではありません。

債権者が差し押さえられる財産とは、破産法第34条に定められている破産財団の範囲の財産のことを言います。

破産財団に属さない財産は、債権者が自由に処分でき、これを自由財産と言います。自由財産とされたものは、基本的には差し押さえが禁止されています。

破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団とする。
2 破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権は、破産財団に属する。
3 第一項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
一 民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百三十一条第三号に規定する額に二分の三を乗じた額の金銭
二 差し押さえることができない財産(民事執行法第百三十一条第三号に規定する金銭を除く。)。ただし、同法第百三十二条第一項(同法第百九十二条において準用する場合を含む。)の規定により差押えが許されたもの及び破産手続開始後に差し押さえることができるようになったものは、この限りでない。
4 裁判所は、破産手続開始の決定があった時から当該決定が確定した日以後一月を経過する日までの間、破産者の申立てにより又は職権で、決定で、破産者の生活の状況、破産手続開始の時において破産者が有していた前項各号に掲げる財産の種類及び額、破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して、破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる。

引用元:破産法第34条1項~4項

具体的には、次の財産は、差し押さえてはならないことになっています。

  1. 破産手続開始後に得た財産
  2. 生活必需品となる衣服、寝具、台所用具、畳、建具(民事執行法第131条)
  3. 生活に必要な食料及び燃料(民事執行法第131条)
  4. 99万円以下の現金(破産法第34条3項、民事執行法第131条、民事執行法施行令第1条)
  5. 裁判所の決定によって自由財産として取り扱うことができるもの(破産法第34条4項)
  6. 破産財団から放棄された財産(破産法第78条2項)

自己破産によって返済がすべて免除されるのか?

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自己破産は、基本的には返済が免除されますが、税金や社会保険料、罰金、養育費、損害賠償、スタッフへの給料未払い分などは免除されません。

破産法第253条に明確に示されています。

免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。
一 租税等の請求権(共助対象外国租税の請求権を除く。)
二 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
三 破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)
四 次に掲げる義務に係る請求権
イ 民法第七百五十二条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務
ロ 民法第七百六十条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務
ハ 民法第七百六十六条(同法第七百四十九条、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務
ニ 民法第八百七十七条から第八百八十条までの規定による扶養の義務
ホ イからニまでに掲げる義務に類する義務であって、契約に基づくもの
五 雇用関係に基づいて生じた使用人の請求権及び使用人の預り金の返還請求権
六 破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(当該破産者について破産手続開始の決定があったことを知っていた者の有する請求権を除く。)
七 罰金等の請求権

引用元:破産法第253条1項

その他、次の例にあたるような免責不許可事由にあたるものは返済が免除されません。(破産法第252条)

  1. 解約返戻金が高額となる保険を隠している
  2. 浪費やギャンブルによる借り入れ
  3. 一部の債権者のみに対する弁済(偏頗弁済)

たとえば、友人、親族、会社からの借入金を返済しているのに、銀行や貸金業者からの借入金は返さないということはできません。

破産手続きは銀行や貸金業者からの借入れだろうが、家族や友人からの借金だろうが、一切区別されることはなく、同列に扱われます。

【まとめ】自己破産しても勤務医には戻れる。しかし早めに専門家に相談を

弁護士の先生に伺うと、自己破産する先生の大半は、本当にギリギリまで何とか借金を返済しようと粘る方がほとんどだそうです。

すでに相談に来られる際は、何も手の打ちようがなく、自己破産の手続きをすることになるとか。

しかし、本記事でもお伝えしたように債務整理の方法は他にもあるので、早めに専門の弁護士などに相談すると良いでしょう。

また、例え自己破産に陥ったとしても、勤務医に戻ることは可能ですし、完全に無一文になるわけではありません。

自己破産というと、お先真っ暗なイメージを持つ方も多いですが、もともと破産法で債務者の再生という目的も含まれています。

職を失うことなく、最低限の財産は残ることは一つの安心材料と言えるでしょう。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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