「お前はクビだ!」と看護師に叫ぶ前にクリニックの院長先生が知っておきたい労働法とパワハラ問題
仕事の覚えが悪い、遅刻を繰り返している、他のスタッフからも不満の声が上がっている、患者から苦情が来ている、そして何より使えない……。
そんな問題ある看護師やスタッフに対して「お前はクビだ!」「明日から来なくて良い!」と叫んでしまいたくなることもあるでしょう。
しかし、院長先生や先輩スタッフがいくら「お前はクビだ!」と叫んでも、好き勝手に解雇することは認められません。
いくら声を荒げたところで労使間トラブルに発展するだけでしょうし、これからこの記事でお伝えするように別の問題が発生します。
そこで今回は、クリニックの院長先生が「お前はクビだ!」と叫ぶ前に知っておきたい労働法とパワハラ問題についてお伝えしたいと思います。
先輩スタッフが「お前がクビだ!」と言った場合は?
まずは院長先生が「お前はクビだ!」と叫ぶ前に、先輩看護師やスタッフが後輩に「お前はクビだ!」と叫ぶ場合について考えましょう。
先輩スタッフの発言は効力なし
問題ある看護師やスタッフに対して我慢できず、つい感情を爆発させるのは院長先生だけではありません。
先輩スタッフが後輩に対して爆発してしまうことも考えられます。
問題スタッフに対しては院長先生だけでなく、他の看護師やスタッフも不満を持っているものです。
ですから院長先生が爆発する前に、先輩スタッフが「お前はクビだ!」「もう来るな!帰れ!」と爆発することは十分考えられます。
しかし、その先輩スタッフの発言は、残念ながら何も効力は発生しません。
というのも解雇や退職など、人事について効力のある発言ができるのは、人事権を持つ人に限られるからです。
医院・クリニックで人事権を持つ人といえば、院長先生など一部の人です。
先輩スタッフの発言で院長先生が責任を問われることもある
さらに先輩スタッフの発言は何も効力を持たないばかりか、新たな火種を生んでしまうことになりかねません。
「お前はクビだ!」と言われた後輩スタッフは、ただ激しく傷ついてしまうか、それとも逆ギレしてくるでしょう。
効力はないとしても発言そのものは「即時解雇」に当たるものですから、次のようなことを言って食って掛かることは十分あり得ます。
「解雇予告手当として30日分の平均賃金を支払え!」
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
引用元: ※労働基準法第20条
「不当解雇だ!訴えるぞ!」
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
引用元: ※労働契約法第16条
あとで院長先生が「彼女の発言は問題があった。その発言は効力がない。◯◯さんはクビではない。ごめんね」と言っても、スタッフがすんなり納得するとは限りません。
先輩スタッフは問題スタッフにキレる前に、院長先生に相談し、冷静に退職勧奨を勧めてもらうように交渉する必要があります。
先輩スタッフが感情を爆発させたことによって、院長先生が責任を問われることもあるのです。
院長先生や人事権を持つ方は、不満を抱えるスタッフに対して「何かあれば相談してね」と周知・徹底しておくようにしましょう。
院長先生が「お前がクビだ!」と言った場合は?
では、院長先生が問題ある看護師やスタッフに対して「お前はクビだ!」「今すぐ出ていけ!」と爆発した場合はどうでしょう?
人事権の持つ院長先生の発言であれば、問題あるスタッフをすぐに辞めさせることができるのでしょうか?
実は院長先生の発言も効力がない
残念ながら、この場合もすぐに効力が発生するわけではありません。
例えば「患者やスタッフに暴行してケガを負わせた」など、刑事事件に発展してしまうようなことでなければ即日解雇は難しいです。
これは先にも書いたように、労働契約法第16条(解雇)と、労働基準法第20条(解雇の予告)が根拠になっています。この2つは、解雇に関する重要な法律条文です。
前述した問題スタッフの「30日分の平均賃金を支払え!」「不当解雇だ!」という発言は、逆ギレではなく法的に理に適っているのです。
止むなく解雇するなら段階的なプロセスが必要
勤務態度が悪い問題スタッフに対しては、解雇に至るまでのプロセスが求められます。
つまり、問題スタッフに対して十分注意・指導したか、解雇以外の懲戒処分でも改善されなかったかなどが求められるのです。
そして、いざ裁判となった場合はクリニックとして就業規則に則って対応したかどうか、証拠資料を残しておくことが必要になります。
裁判で解雇が無効と判断されると、解雇したときから解雇が無効と判断されたときまでの期間は会社に在籍している扱いになってしまいます。
つまり、その期間の賃金を支払わなければならないことになるのです。
無効の判断までの期間が長いと数百万円という大きな金額になることも十分あり得るでしょう。
解雇の区分や、問題スタッフをいかに辞めさせるかについては以下の記事で詳しく掲載しています。
【関連記事】角を立てずにクリニックの問題スタッフを辞めさせるには?
退職勧奨の注意点
解雇は、院長先生などの使用者が一方的に労度契約を終わらせることですが、先に書いたように簡単にできるものではありません。
犯罪行為や重大な就業規則違反など、懲戒解雇に相当する問題を起こさない限りは効力を持ちません。懲戒解雇の温情的な措置である諭旨解雇にしても同様です。
そのため、退職勧奨を検討する先生も多いでしょう。
しかし退職勧奨は、あくまで看護師やスタッフに退職を勧めるものであり、強要ができません。
そのため、執拗に何度も退職を促したり、脅迫行為や懲罰を加えたりして退職させたりする「退職強要」は違法となり得るので注意しましょう。
退職勧奨については、以下の記事で詳しく書いています。
【関連記事】【医院・クリニックの退職勧奨】スタッフ問題に悩む開業医の先生へ
「クビだ!」「明日から来るな!」で本当に出勤しなくなったら?
「お前はクビだ!」「明日から来なくていい!」と怒鳴られた看護師やスタッフは、逆ギレしないまでもひどく傷ついてしまうことも考えられます。
本来であればパワハラに相当する発言です。言われた本人は大変ショックを受けることになるでしょう。
そのため、次の日から本当に出勤しなくなることも考えられます。
「どうせ使えないから、そのまま自然退職まで待てば良いや」という問題では済みません。
「明日から来るな!」と院長先生や先輩スタッフが休業を命じたということになり、休業手当を支払う義務が発生してしまうのです。
【労働基準法第26条】
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。
いくら「お前はクビ!」「明日から来るな!」と言っても、労働契約法により簡単に解雇することは無効になります。
ですから、これらの発言は「自宅待機命令」と捉えることが法的には理に適ってしまうのです。
このように、つい感情を爆発させてしまうことで、院長先生や人事権の持つ方は問題スタッフへの対応に追われることになります。
これは院長先生にとっては負担になりますし、クリニック経営において何ら利益を生み出すようなことはありません。
「お前はクビだ!」「明日から来なくていい!」はパワハラ発言
「お前はクビだ!」「明日から来なくていい!」という発言は、上記のように法的に問題のある表現であり、パワハラ発言になります。
「パワハラでうつ病になり退職に追い込まれた」と訴えられた判例は非常に多いと言われています。
パワハラとなるような言動に注意
明らかなパワハラ行為は、絶対にやってはいけない行為です。
「お前はクビだ!」「明日から来るな!」以外にも、次のようなパワハラ事例は非常にたくさんあります。
- 敢えて患者さんや他のスタッフが見ているところで怒鳴る
- 「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした」との文言を挿入させた上で念書を提出させた
- 作業方法の誤りなどについて、繰り返し注意、叱責を受け、3ヶ月間に10通の始末書等の提出をさせた
- 容姿がコンプレックスの女性スタッフに対し、「デブ」など容姿を貶めるような暴言を浴びせる
パワハラはその時々では大したことがなくても、日頃の些細な出来事でストレスを蓄積させ、大きなトラブルに発展することも少なくありません。
日頃からスタッフに対して傷つくような発言をしていないか、よく考えて行動するようにしましょう。
パワハラで訴えられれば院長先生は使用者責任を負う可能性も
パワハラを直接的に規制した法律は存在しません。そのため裁判になった場合には、加害者の行為が民法上の不法行為にあたるか否かが争点となります。
民法上の不法行為に該当すると判断されれば、加害者側に損害賠償責任が発生することになります。
また院長先生は、スタッフのパワハラを看過して必要な措置を取っていなければ使用者責任を負うことになります。
たとえ院長先生自身が加害者でなくても、使用者責任という重い責任から逃れることはできません。
院長先生は、パワハラ問題や先の先輩スタッフを原因とする労使間トラブルが起きないような必要な措置を講じておくことが必要でしょう。
なお、パワハラについては以下の記事で詳細をお伝えしているので、併せてご覧ください。
【関連記事】【注意!】先生のクリニックでも「うっかり」パワハラをしていませんか?
【まとめ】感情を爆発させたら自分が不利になるだけ
以上、クリニックの先生や先輩スタッフが問題スタッフに対して「お前はクビだ!」「明日から来なくていい!」と言った場合についてお伝えしました。
- 先輩スタッフが「辞めろ」と言っても何も効力はない
- 人事権を持つ院長先生でも即日解雇はほぼできない
- 問題スタッフが出勤しなくなったら休業手当を支払わないといけない
- そもそもパワハラで訴えられる
- 先輩スタッフのパワハラ発言でも院長先生が責任を問われる
基本的には、このように感情を爆発させても効力が発生するわけではなく、むしろクリニックにとってはマイナスになるだけです。
労働基準法は、基本的には弱い立場にあるスタッフを守るためにあるため、院長先生にとっては不利になることが多いのです。
院長先生自身はもちろん、スタッフに対しても、このような解雇の意味合いを持つような発言はしないように周知・徹底させましょう。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。