開業医の先生が知っておきたいクリニックの消費税を抑える方法
自費診療の割合の多い一部の歯科医院や美容整形外科などを除けば、大半の医院・クリニックは消費税の免税事業者でしょう。
これは、後述するように自費診療などの課税売上高が1,000万円以下の場合は、消費税の納税義務が発生しないためです。
しかし、課税売上高が1,000万円以下の医院・クリニックでも敢えて課税事業者になった方が良いことがあります。
そこで今回は、開業医の先生が知っておきたい課税事業者と免税事業者の判断基準、人材を確保しながら消費税や社会保険料を抑える方法をお伝えします。
開業医の先生に関わる消費税の課税取引と非課税取引
医院・クリニックは「医療には消費の概念が馴染まない」という考え方から、保険診療等に係る消費税は非課税とされています。
具体的に、開業医の先生に主に関わってくる消費税の課税取引と非課税取引には以下のようなものがあります。
課税取引 | 差額ベッド代、給食のうち保険算定を超える自己選択負担部分、特別メニュー食 |
---|---|
予防接種、健康診断、人間ドッグ、診断書作成料 | |
美容整形、歯科自由診療、人工妊娠中絶 | |
保険算定を超える予約診療、時間外診療 | |
非課税取引 | 保険診療報酬等、自賠責による収入、労災による収入 |
正常妊娠・正常出産に係る医療収入 | |
妊娠中または出産後の入院における差額ベッド及び特別給食について医師が必要と認めたもの | |
労災や結核予防法により公費負担申請などに関する診断資料 |
上記のような課税取引の部分の売上高が1,000万円を超えなければ消費税の納税義務は発生しないことになります。
自費診療の割合が高い歯科医院や美容整形外科を除けば、多くの医院・クリニックでは納税義務は免除されるのはそのためです。
敢えて課税事業者になった方が良い医院・クリニックとは?
しかし、ここで注意したいのは、消費税の還付を受ける目的で、敢えて課税事業者にした方が良い場合があることです。
先に書いたように、多くの医院・クリニックは患者から消費税を預かることができません。
その一方で、医療機器や何らかの外注など、自分が支払うものについては消費税を支払います。
例えば1億円分の医療機器を購入すれば、消費税10%であれば1,000万円の消費税がかかります。
免税事業者のままですと、医療機器を購入した分の消費税はそのままクリニックの負担になってしまいます。
この消費税を還付してもらうには、課税事業者になる必要があるので課税事業者選択届出書を忘れずに提出しましょう。
ただし、一度課税事業者を選択してしまうと、2年間は免税事業者に戻ることはできなくなってしまいます。
そのため、単年だけで考えてしまうと損をしてしまう可能性があります。
その年だけでなく、以降2年間も見据えて課税事業者、免税事業者どちらが有利かを考える必要があります。
多額の設備投資が必要になるときなど、信頼できる税理士に相談するようにしましょう。
本則課税を選ぶか? 簡易課税制度を選ぶか?
課税事業者を選択した場合、もしくは課税売上が1,000万円を超えた場合は本則課税か、簡易課税制度を選ぶことができます。
こちらについても簡単に解説していきます。
本則課税とは?
課税売上高が課税支出より多ければ消費税を納税し、課税支出が多ければ消費税を還付することができます。
このように、法人税や所得税と同じように考えて、消費税を課税、もしくは還付することを本則課税と言います。
簡易課税制度とは?
課税売上高が1,000万円を超え、5,000万円以下の場合は先の本則課税の他、簡易課税制度を利用できます。
課税売上が少ない医院・クリニックでは、この簡易課税制度を適用しているパターンが多く見られます。
課税売上の割合が少ない医院・クリニックでは簡易課税の方が有利になる場合が多いためです。
課税売上の関係で消費税の納税義務が発生しそうになったら、併せて簡易課税選択届出書を提出するかどうかを検討すると良いでしょう。
簡易課税制度は、本則課税と違って支払った消費税額を一つひとつ、すべて足して計算しません。課税売上高に「みなし仕入率」をかけた金額に消費税率10%をかけて計算します。
事業区分 | みなし仕入率 |
---|---|
第一種事業(卸売業) | 90% |
第二種事業(小売業) | 80% |
第三種事業(製造業) | 70% |
第四種事業(その他の事業) | 60% |
第五種事業(サービス業) | 50% |
第六種事業(不動産業) | 40% |
医業に関する売上はサービス業に該当するため第五種事業(みなし仕入率50%)となりますが、すべての売上が第五種事業と限らないことに注意しましょう。
たとえば美容器具や歯ブラシを販売していれば、物販は小売業に該当するので第二種事業(みなし仕入率80%)となります。
一般的には簡易課税制度が有利だが、本則課税が有利となるケースも
課税売上高が5,000万円になれば、簡易課税ではなく本則課税を選択しないといけませんが、そうでなくても本則課税が有利なことがあります。
たとえば大きな設備投資をする計画がある場合などには、本則課税に切り替えた方が良いことがあります。
本則課税に切り替えを行わずに、多額の還付を受けられずに悔やむ院長のケースが多々見られます。
消費税の還付が受けられそうな場合は、必ず税理士などの専門家に相談するようにしましょう。
しかし、簡易課税を選択したあとの2年間は変更できません。
簡易課税を選択するかどうかは、多額の設備投資をした翌年のことも合わせて検討する必要があります。
人材を確保しながら消費税や社会保険料を抑える方法
人材の確保が難しくなっている昨今、医院やクリニックではパートやアルバイトでなく正規のスタッフとしての雇用が増えたように感じます。
ただし、2020年のコロナ不況で多くのクリニックが売上大幅減となった現状から、簡単に雇用者の人数を増やすわけにもいきません。
もちろん、給料を上げて人材の確保をしようとしても、やはり資産の確保が難しくなります。
そこで今後増えると思われるのが、スタッフではなく業務委託として契約し、金銭的な条件を大幅に引き上げるという人材確保の手法。
業務委託であれば、事業主としては社会保険料等の負担が発生することはありませんし、消費税の課税仕入れとして計上することができます。
一方、給与であれば消費税の課税仕入れとすることはできませんし、社会保険料の負担も発生します。
この違いはかなり大きく、業務委託扱いをした方が単純に約2割程度は金銭的な条件を引き上げられます。
社会保険料を削減できるので免税事業者のクリニックでもメリットは大きいですが、課税事業者のクリニックは、消費税の点でも意識すると良いでしょう。
雇用契約(給与)と業務委託(外注費)の基本的な違い
まずは、雇用契約と業務委託契約の違いを確認しておきましょう。
雇用契約は、勤務地を指定され、その場所で勤務した時間に対して対価が支払われるのに対して、業務委託契約は委託した業務の成果によって対価が支払われる契約となります。
そのため、雇用契約では、被雇用者は勤務先の管理者の指揮命令下に置かれますが、業務委託契約では、業務受託者は業務委託者の管理下に置くことができません。
もし業務受託者を委託者の管理下に置いた場合、いくら形式的には業務委託と称していても、税務的にも労務的にも否認されるケースがあります。
給与認定されないための注意点
これまで支払っていた給料を、何でも良いので外注費として計上すれば消費税を抑えられるのかというと、そういうわけではありません。
給料を業務委託費用にすることで消費税を抑える方法はよく知られているため、税務署はそうしたやり方が存在することを広く知っています。
たとえ業務委託契約書等を結んでいたとしても、「スタッフと同じ働き方をした」と捉えられ、給与認定されて未納分の消費税支払いを命じられることもあります。
何の考えもなしに、外注費で計上し、社内外注した場合でも、給与所得と捉えられる恐れがあるのです。
外注費については、税務調査でよく見られる項目の1つなので、外注費用が給与所得として認定されないように準備をする必要があります。
場所や時間で拘束をしない
実際に業務を依頼する場合には特定の場所を指定して仕事をしてもらう必要がありますが、場所の拘束がないとおおよそ外注費として計上できるのです。
院内で働くスタッフは、場所がなければ仕事にならないのであまり現実的ではありません。
ただし、場所の拘束以外の基準として時間の拘束があります。
スタッフであれば、出勤時間や終業時間が決まっているため時間的な拘束があります。
外注である場合には、作業時間は指定されず、成果報酬での支払いです。
時給による計算や、成果がないにも関わらず給料が支給されることはなく、外注であれば成果に対して報酬を支払うことになります。
たとえば、歯科技工士を雇っている歯科医院が業務を委託する場合、「義歯や補綴物が完成していなくても毎月給料を支払っている」状態ならば給与所得として扱われるでしょう。
しかし、「義歯や補綴物が完成したときに報酬を支払う」という契約になっているならば、外注費として認められるでしょう。
つまり、何人もの患者を相手にしても同じ金額を支払っているのであれば給与所得となります。
一方で、「患者の人数に応じて報酬を支払う」という場合は外注費として認められることがあるということです。
交通費を支給しない
もしも、医院側が外注先に対して交通費を支払っていた場合、スタッフと認定されて給与所得になる可能性は高くなります。
なぜなら、スタッフであれば通勤手当などの交通費が支給されますが、外注である場合にはそういった手当が発生しないのが当然であるためです。
ただし、どうしても交通費が発生する業務であるならば、外注費用に込みで金額設定をすることで業務委託費用として認めてもらうことができます。
外注化して支出を抑える具体的な事例
外注費として認められるためには、これまで述べたことを理解する必要があり、正しいやり方で実施することが重要です。
現在行っている業務に関して、もしスタッフでなく、業務委託を変えることができるのであれば一度考えてみてはいかがでしょう。
- ・メイン事業でない部分は代行会社に依頼する
- ・簡単な事務作業に関しては派遣業務とする
- ・勤務時間を自由にする代わりに成果報酬形態にする
このように勤務形態を変更することで、給料ではなく外注費として経費計上することも可能になるでしょう。
もちろん既存のスタッフを雇用契約から請負契約にするには、スタッフへの説明と理解を求めることが必要になります。
すべてのスタッフを外注化することは現実的ではありません。
しかし、一部のスタッフについては検討してみてもよいのではないでしょうか。
東京都のあるクリニックでは、2人ほどスタッフを外注化することで、消費税や社会保険料を含めて、年間約100万円の支出を抑えることができました。
医療行為に直接関係のないような業務は、どんどん外注化するのもひとつの手です。
【まとめ】消費税の基本を押さえておきましょう
以上、開業医の先生が知っておきたい消費税を抑える方法として、次の点についてお伝えしました。
- 課税売上高1,000万円以下でも課税事業者が良いか? 免税事業者が良いか?
- 本則課税にするか簡易課税制度を適用するか?
- 外注で消費税や社会保険料を抑える
2019年に消費税が10%になってから、医院・クリニックでも消費税負担が増えています。ぜひ、今回お話したことを参考にして、消費税負担を減らしていただければと思います。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。