クリニックでの賞与にまつまわるトラブル。こんな時どうする?

公開日:2019年7月9日
更新日:2024年3月18日
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クリニックで働くスタッフにとって、賞与は非常に楽しみなものでもあり、大切なものです。

支給される賞与を期待して、高額な買い物や、旅行などの計画を立てたりする人も多いでしょう。

一方、こうしたスタッフを抱えるクリニックにとって、賞与の支給は人件費の大きな負担になるものです。

日頃頑張ってくれているスタッフに報いたいという気持ちがある反面、院長先生としてはできる限りコストを抑えたいというのが本音ではないでしょうか。

このように、院長先生にとっても、職場で働くスタッフにとっても賞与は非常に重要なものです。

それだけに賞与にかかわるトラブルも少なくありません。

こうした余計なトラブルを防ぐためにも、賞与について理解し、クリニック内の仕組み作りや、ルールを整備しておきたいものです。

そこで今回は、「賞与」について色々な角度、論点から解説していきたいと思います。

賞与とはそもそも何か?

賞与

そもそも賞与とは何でしょうか?

厚生労働省の通達では、賞与とは「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」と説明しています。

つまり、賞与の支給の有無、賞与の増額、減額は、経営するクリニック側の裁量で決定されるものとなります。

この点は、毎月あらかじめ決められた支給額を支払う給料とは全く異なります。

賞与は必ず支払う必要はあるのか?

こうした賞与の支払いの取り決め(支払い義務)は、就業規則や雇用契約書で定め方によって決まります。

就業規則、雇用契約書ともに、賞与の支払いについて明確に定めない(言及しない)場合は、当然支払い義務は発生しません。

就業規則あるいは雇用契約書に、賞与の支払いについて定めた場合(言及する)場合は、その規定に沿って支払う義務が発生します。

とはいえ、上述のように賞与は、その金額の増減、支払いの有無については、クリニック側の裁量によるものです。

就業規則や雇用契約書に、「業績等によっては支払わない場合がある」と「ただし書き」をつけておけば、万一賞与の支払いが難しい場合は問題ないでしょう。

賞与額を決定する仕組み

それでは、スタッフに支払う賞与額はどのように決定すればいいでしょうか。

就業規則などに賞与の計算式など特に決めていなければ、院長先生の一任で決定することも法的には問題ありません。

特に10人以下のクリニックでは、院長先生がスタッフの一人ひとりの働きぶりも把握しやすいと思います。

そのため、院長先生の一任(主観的判断)で賞与額が決定するケースもあるでしょう。

しかしクリニックの規模がある程度大きくなると、一般的には客観的な計算式に基づき賞与額を決定するケースがほとんどになります。

賞与額を決定するもっとも標準的な計算式は、「基本給×月数×評価係数」です。

基本給の中には、各種手当を含めても、含めなくてもどちらでも構いません。

給与のどの範囲まで賞与額を決定する計算式に含めるかは、就業規則等で定めていけばよいでしょう。

月数は、
・会社側の判断(裁量)
あるいは
・組織内にある労働組合との話し合いの結果
によって決定します。

ただし、いずれの場合も、経営するクリニックの業績を反映したものになります。

3番目の評価係数は、いわゆるスタッフの「査定」を反映した数字となります。

査定は原則として、クリニック側の裁量が認められています。

一般的には査定は、職場で働くスタッフの勤務態度、勤務実績、能力、その他のクリニックへの貢献度などをトータルで判断してなされるものです。

ここで問題になるのが、ある特定のスタッフに対して低い査定をした際に、そのスタッフから査定に対して異議を唱えられた場合です。

この場合、雇用するクリニック側の立場から、低く査定した合理的な理由をきちんと説明し、一度決めた査定に一貫性を保つことが大切です。

一般的に、院長先生とスタッフが、査定に対する評価が一致することは稀です。

立場が違えば、評価が変わるというのはある意味仕方がありません。

ですので、スタッフに対する評価(査定)を、スタッフからの異議によりコロコロ変えてしまうようでは人事評価として収拾がつかなくなります。

一度決めた査定は原則として翻さないようにしましょう。

その意味でも、特定のスタッフに対して、他のスタッフよりも低い査定する時には、その査定が「不当査定」とならないようにしましょう。

さらに、査定の理由を合理的に説明できるように準備することが非常に重要となります。

この査定の理由を合理的に説明できない場合は、スタッフから損害賠償を求められ、敗訴するケースもあります。

賞与にまつまわるトラブル。こんな時どうする?

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次に、賞与にまつわる職場で発生する様々な問題点について見てみましょう。

対応を間違えると、思わぬトラブルにつながるので注意が必要です。

01:有給休暇や育児休業などを取得したことで、賞与額を減少することはできる?

まず、有給休暇取得者と賞与査定の関係についてから解説します。

結論から言うと、有給休暇をたくさん消化したから(あるいは消化していないから)という理由で、賞与額に差をつけることはできません。

有給休暇は労働基準法で定められた権利です。

そのため、有給休暇を取得したスタッフに対して、賞与額を減らすなどの不利益を与えることは法的に許されません。

次に、産休・育休取得者と賞与査定の関係についてはどうでしょうか?

この論点については、法的に2つのルールを適用して対応するようしてください。

1)賞与の対象期間中に産休・育休取得期間があったとしても、出勤していた期間がある限り、賞与を不支給としてはならない。
2)産休・育休取得期間を考慮して、賞与を実際に出勤していなかった期間の割合に応じて、減額することは適法である。

 

以上のルールから、産休・育休休暇取得者に対して、実際に休業した期間については賞与の査定の対象としないことは問題ありません。

とはいえ、それだけの理由で全額支給しないなどの、実際に休業した期間を超える不利益を与えることは法的に違法となります。

02:例えば出勤率90パーセント以上のスタッフにだけ賞与を支給することは可能?

ある組織の中には、出勤率が一定以上のスタッフに対して賞与を支給する旨を就業規則に明記した場合もありますが、法的に問題はないのでしょうか?

例えば、「出勤率90パーセント以上のスタッフにだけ賞与を支給する」などです。

このようなケースは、この就業規則に定められたルール自体は合法です。

ただし、前項でも延べたように、「産休・育休」を欠勤扱いとして出勤率を算定して、産休・育休取得者に賞与の支払いをしないことは違法となります。

過去に「産休・育休」を欠勤扱いとして出勤率を算定し、賞与不支給にした企業に対する裁判で、損害賠償を命じた判例もありますので注意してください。

03:賞与の支給日前に退職するスタッフから、賞与の前払いをする必要があるか?

賞与の支給日前に退職するスタッフから、賞与の前払いを請求された場合はどのように対処すればいいのでしょうか?

退職と賞与の支払いの必要有無については、賞与の「支給日在籍要件」という考え方があります。

「支給日在籍要件」とは、賞与の「評価期間は全て在籍し」「賞与の支給日に在籍」しているスタッフに限り賞与を支払うという会社のルールをいいます。

したがって、「支給日在籍要件」を就業規則などに盛り込み、賞与を支給する日に既に退職済の元スタッフに賞与を支払わないという対応は可能です。

逆に、もともと「賞与支給日在籍要件」を就業規則内に盛り込んでおらず、スタッフ退職時に慌てて「支給日在籍要件」を追加した場合はどうでしょうか?

その場合は、元スタッフにとって「不利益変更」にあたりますので注意しましょう。

04:退職予定者にも賞与を支給する必要はあるのか?

それでは、退職予定者には賞与を支払う必要はあるのでしょうか?

例えば、退職する1ヵ月前に退職届を提出したものの、賞与の支給日には在籍はしているスタッフのようなケースです。

この場合、結論から言いますと賞与は支払う必要があります。

退職予定の社員は、支給日にはまだ会社に在籍していることになり、「賞与支給日在籍要件」を満たすからです。

ただし、賞与を減額して支払うことは可能です。

その場合は、あらかじめ就業規則や賞与規定などにその旨を明記し、かつスタッフに対して周知徹底することが必要不可欠です。

退職するスタッフの賞与の問題については、以下の記事にも詳しく解説しています。

【関連記事】【クリニックの賞与】看護師の退職後にボーナスを支払わないとだめ?

05:常勤とパートと賞与に差をつけるのは問題ないか?

賞与の差が合理的か、不合理かによって違ってきます。

賞与に限らず、現在は常勤とパート・有期雇用者との不合理な待遇差をつけることが禁止されています。

待遇差がある場合は、院長先生はスタッフから説明を求められれば説明義務を果たす必要があります。

賞与についても、常勤もパートも基本的に同様の基準を設ける必要があり、常勤とパートで不合理な差をつけることはできません。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

【関連記事】【法改正】クリニックの常勤とパートの不合理な待遇差が禁止に

【まとめ】トラブルがないように賞与の規定を定めておく

最後に、賞与について就業規則や賃金規定で定める時の注意点についてお伝えしておきます。

就業規則や賃金規定で、業績の良し悪しにもかかわらず、一定額以上の賞与の支払いを約束するような規定はもうけるべきではありません。

賞与とは本来、人件費の調整弁の役割を持っています。

あくまで、「業績あるいは当該スタッフの勤務成績等により賞与を支給しないことがある」点を周知徹底するようにしましょう。

また、「賞与支給日在籍要件」は就業規則等に必ず盛り込むようにしましょう。

賞与の支給にまつわるトラブルの多くは、賞与支給の要件に端を発するケースが多く見られます。

多くの「賞与支給日在籍要件」で見られる「賞与は、賞与支給日に在籍するスタッフにのみ支給する」という規定は、裁判所でも有効とされています。

スタッフとの賞与トラブルを未然に防ぐためにも、以上2点について特に注意して就業規則や賃金規定を定めておくことをお勧めします。

詳細について不明な点がある場合は、社会保険労務士等の専門家に確認し、決定するようにしてください。

亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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