パート社員の社会保険加入に存在する「年収の壁」とは?
はじめに
ここ数年、「働き方改革」の言葉に象徴されるように、女性の社会進出がすっかり定着してきました。
それに伴い、専業主婦などの方々が、より積極的にパート社員として職場で働く機会も格段に増えてきたのではないでしょうか?
そこで、パート社員を雇用する医院の経営者にとって、考えなければならないのがパート社員の社会保険の加入についてです。
確かに、以前は社会保険(厚生年金、健康保険)の加入というと、正規雇用された正社員の話で、パート社員とはあまり関係がないとお感じの方もいるかもしれません。
実際のところ、配偶者の扶養に入っている場合(被扶養者)、社会保険に加入する意識が低いパート社員も少なくなかったようです。
しかし、働く女性の社会進出を後押しする国の方針もあり、パート社員の社会保険の加入条件に変化が出てきました。
雇用者(医院、クリニック)からすると、医院が負担する社会保険料が増える大切なテーマであります。
今回は、パート社員の社会保険加入のルールについて、医院経営者する側として必ず抑えておきたいポイントを中心に解説していきます。
そもそも「パート」で働くとはどういう意味か?
そもそも、パート社員の「パート」とは何を意味するのでしょうか?
パートというのは、本来フルタイムに相対する概念です。パートとは、労働法的にいうと「短時間労働(パートタイム労働者)」と呼ばれ、「1週間の所定労働時間が、通常の労働者(フルタイム)に比べて短い労働者」を意味します。
一方、フルタイムというのは、職場で決められた正規の勤務時間帯の全時間帯をフルに勤務する人、またはその働き方を指します。
例えば、1日8時間、週5日勤務で週40時間勤務を職場が定める所定労働時間をしている場合1日8時間、週40時間働く人を、労働法的には「通常の労働者」と言います。
本来パートで働く、フルタイムで働くというのは、単に労働時間の長さの違いによるものです。
フルタイムのパートという働き方がある?
労働法的な違い、つまり働く時間の長さでフルタイムとパート(タイム)を分類すると、「正社員=フルタイムで働く」という意味で使われることが日常的には多いかと思います。
確かに、正社員は通常フルタイムで働きますが、逆にフルタイムで働けば、すべて正社員かというとそうとも限りません。
というもの、正社員かどうかは一義的に労働時間で決まるものではなく、雇用形態で決まるからです。
つまり、労働時間が正社員と同じ長さ(フルタイム)で働いたとしても、雇用形態が正社員でないケースもあるというわけです。
この場合は、「フルタイムのパート」というものが雇用形態的に存在することもあり得ます。(労働時間的な定義から考えると矛盾がある言葉ではありますが)
雇用形態として正規雇用(正社員)の場合は、医院の就業規則に沿った待遇を受けることになります。
例えば、給料は月給(月で固定)、昇給・ボーナス、退職金、職場によっては各種手当が一般的な待遇としてあるかと思います。
また、有給休暇、産休・育休なども認められ、社会保険も加入することになります。
一方、「フルタイムのパート」の場合、雇用形態は非正規雇用となりますので、給料は日給、時給がベースで支給され、原則「労働時間分の賃金」しか受け取ることができません。
正社員の待遇としてある各種手当、ボーナス、退職金がないので、フルタイムとして働いても正社員との収入差が生まれます。
パートとアルバイトの違いは?
ちなみに、日常の言葉として「アルバイト」という言い方もあります。それでは、アルバイトとパートの違いはあるのでしょうか?
一般的には、みなさんもパート=主婦、アルバイト=学生、というイメージで言葉の使い分けをしているのではないでしょうか。
実は、パートとアルバイトとは法律上全く同じものです。従来、雇用する企業(医院)が、便宜的に使い分けているだけと言えるでしょう。
さて、話を元に戻しましょう。パートさんは、労働時間がフルタイムに比べて短く、短時間労働する労働者という話をしました。
今回のテーマとなる、パート社員の社会保険加入の必要性有無を検討する時にも、この労働時間と深く関係する年収とからめて理解する必要があります。
社会保険加入を左右する「年収の壁」とは?
パート社員を雇用する際に、よく言われる「年収の壁」があることをご存知でしょうか?
パート社員が実際職場で働く際に必ずチェックするのが、「年収がいくらになるのか?」という点です。なぜでしょうか?
それは年収が社会保険に加入する必要の有無を判断する基準となるからです。
ある一定の年収を超えると、パート社員も社会保険に加入し、月々の給料から保険料が天引きされ、手取りの給料が目減りします。
具体的にどれくらい目減りするかというと、平均14%が保険料として差し引かれます。
もちろん、将来的な年金の受け取り金額が(被扶養者扱いの時より)増えるというメリットもあるのですが、パート社員にとっては目先の手取り給料が減るわけですので、その職場でどの程度で働くかを判断する際の重要な基準となるわけです。
これが社会保険の「年収の壁」です。
この「年収の壁」には2つの壁があります。1つが「106万円の壁」、もう1つ「130万円の壁」です。
まず最初に、社会保険の加入要件が単純な「130万円の壁」から見ていきましょう。
130万の壁
パート社員の年収が130万円未満であれば、「社会保険の扶養」に入ることができるので、パート社員自身が社会保険料を支払う必要はありません。
雇用する側も、このパート社員に対して社会保険料を負担(労使折半)することはありませんので、年収130万未満であれば、なにも問題はありません。
逆に年収130万以上(従業員500人以下の会社で働く場合)となると、パート社員は社会保険の扶養(被扶養者)から外され、働いた給料から天引きされる形で社会保険料(健康保険や厚生年金保険)を支払う必要が出てきます。
上述の通り、おおよそ給料の約14%が社会保険料として天引きされます。手取り給料の約14%(16万円)近くが減ることになるので「損」というわけです。
あくまで、将来受け取る年金額を考慮しない手取りの給料だけでの判断ですが、130万円の壁を超える前である129万円の時の手取り額と同じ水準に回復するのは153万円の収入が必要となります。
つまり、その間(130万円~153万円)は、パート社員さんにとって、手取りベースの給料は減ることになります。
106万円の壁
社会保険加入のもう一つの壁が、「106万円の壁」です。
これは、従業員501人以上(厚生年金の被保険者数)の会社で働く場合で、かつ下記の要件を満たす場合は、年収106万円を超えると社会保険に加入する必要があります。
一定要件
1:勤務時間が週20時間以上
2:月額賃金8.8万円以上(年収106万円以上)
3:勤務期間が1年以上の見込み
※学生は除く
106万円の壁も、さきほどの130万円の壁と同様に、106万円の壁を超えると手取りの給料が減ります。こちらの場合、手取りが回復(年収105万円時の手取り給料水準)するのは年収125万円です。
以上は、2016年10月から新しくできた制度で、国が企業に「一定以上働くパート社員を社会保険に入れるように」という働きかけを促進するためにできた法律です。
さらに、平成29年4月1日から上記一定要件の適用範囲が拡大し、労使間の合意があれば「従業員規模500人以下の会社」でも、会社単位で社会保険に加入することができるようになりました。
社会保険料は、雇用する側も折半ですから、同等の額を社会保険料として国に積み立てる必要が出ます。
金額的には支払う給料の約14%ですから、年間でトータルすると経営者側が負担する金額も少なくありません。その点十分注意しましょう。
また、医院でパート社員を雇用する場合は、パート社員が「106万円、130万円の壁」を意識していることも、理解しておくといいでしょう。
個人事業主と社会保険
最後に個人事業主が、パート社員を雇用した場合、社会保険に加入するかしないかの判断基準についても、見ておきましょう。
法人の場合は、今回お話してきた内容の通り、パート社員の労働条件がある一定の要件を満たした場合、社会保険の加入は義務付けられています。
しかし、個人事業主の場合は、必ずしも同じ要件での社会保険の加入は義務付けされていません。
個人事業主の場合は、常時5人以上の従業員(パート社員含め)が働いている場合であれば社会保険への加入が義務とあります。
逆に言えば、従業員数が4人以下の場合であれば、フルタイムのパート社員を雇用しても、任意の加入となります。(事業主本人は従業員の人数には含まれませんのでご注意ください)
また、従業員員数が5人以上であっても以下の業種の場合は、加入は任意となります。
- 第一次産業(農林水産業)
- サービス業(ホテル、旅館、理容、娯楽、スポーツ、保養施設などのレジャー産業等)
- 士業(社会保険労務士、弁護士、税理士等)
- 宗教業(神社、寺院、教会等)
任意加入の場合は、従業員の半数以上の「同意」が必要
任意加入の場合は、従業員の半数以上が社会保険の加入に同意することが、必須の条件となります。(※この場合の半数にも、事業主本人は人数に含まれません)
つまり、個人事業主の従業員数が4人の場合は、社会保険の加入は任意ですが、4人中2人以上(2人~4人)が社会保険に加入に同意した場合、社会保険に加入することができます。
まとめ
以上、今回はパート社員と社会保険の加入をテーマにお話しました。
以前は、社会保険の加入というと、正社員がメインの話題というイメージがありましたが、現在はパート社員にも適用される範囲が広がる方向にあります。
その背景には、より女性、とりわけ主婦層にも、もっと働いてもらいたいという国としての方針もあります。
その意味では、専業主婦であっても今後ますます会保険料の負担が発生する制度改正の可能性は決して小さくありません。
雇用する側の経営者にとっても、社会保険を負担する金額が増える方向にありますので、今後の制度改正を含め注意が必要です。
ぜひ、今回お話したことを踏まえ、今後の医院運営にお役立ていただければと思います。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。