医療法人が家族経営をする場合のメリットとデメリット
はじめに
大病院ではなく、診療所・クリニック規模の医療法人は、配偶者やお子様など親族を社員や理事にしている家族経営(同族経営)が多いです。
今でも、多くの医療法人化で、配偶者やお子様などの親族が社員や理事に就任しています。
医療法人の家族経営は本記事でお伝えするように様々な利点があり、特に所得分散など税金対策上のメリットが大きいです。
一方で、家族経営にはデメリットがあり、特に医院経営上注意しないといけないことが少なくありません。
実際、親族間で対立が発生して、医院経営に支障が出ることは珍しくありません。
今回は、医療法人が家族経営する場合のメリット・デメリットについてお伝えします。
医療法人の家族経営の大きな3つのメリット
まずは、医療法人の家族経営のメリットについてお伝えします。
家族経営のメリットというと税金対策を思い浮かぶ方が多いと思います。
しかし、医院経営の観点からも、家族経営ならではのメリットは多数あります。
役員報酬の所得分散など税金対策で有利になる
一般企業の親族経営でも同様なことが言えますが、医療法人の親族を役員にすることで、所得分散が可能になり、税金対策上有利になります。
個人開業の医院・クリニックでも、青色事業専従者給与という、親族に対する給与を経費計上できる制度があります。
しかし、青色事業専従者給与は、適用の条件を考えると、実質的に配偶者のみ対象となることが多いです。
また、社会保険診療報酬の概算経費の特例と、青色事業専従者給与は併用ができません。
個人開業医の場合、社会保険診療報酬の概算経費の特例の方が有利になることが多く、青色事業専従者給与を利用することは現実的でありません。
一方、医療法人の場合は配偶者以外の家族も役員にすることができるため、役員報酬を支払うことで、所得分散による節税が可能になります。
所得分散とは、理事長の家族の所得を複数人で分散することで、個々の所得税の税率を下げることができる仕組みです。
具体例を挙げると、理事長である院長先生1人のケースと、理事長と社員である配偶者がいる場合のケースで考えます。
(1)理事長1人で年収3,000万円の場合
(2)理事長の年収1,500万円+配偶者の年収1,500万円=合計3,000万円の場合
理事長1人のケースで発生する所得税は、次のように計算されます。
(3,000万円―給与所得者控除195万円)×40%-控除額279.6万円=842.4万円
しかし、(2)のように理事長と配偶者で分散すると、1人当たりの所得税は、次のように計算されます。
(1,500万円―給与所得控除195万円)×33%-控除額153.6万円=277.05万円
2人にかかる所得税の合計額は、277.05万円×2=554.1万円となります。
このように、奥様1人役員にするだけで、所得税の差が288.3万円にもなるのです。
所得分散することで、所得税の税率を40⇒33%に下げることができたことと、給与所得控除が2人分適用されるので、このような差が出てくるのです。
なお、医療法人から見た場合、損金は両者で変わらないので法人税は変わりません。
医療法人であれば、配偶者だけではなく、お子様も役員にすることができるので、さらに所得分散による税金対策が可能になります。
所得分散することで、所得税を下げる仕組みになっていることは、国としても家族経営を推奨したい想いがあるのかもしれません。
ただし、役員の職務の内容と照らし合わせ、役員報酬が対価として高すぎないかは税務調査のときにチェックされるので注意しましょう。
役員報酬には損金算入の条件があるので、該当しないと算入できない点も注意しなければいけません。
また、役員報酬が上がれば社会保険料も上がりますから、その負担を考慮に入れておく必要があります。
家族経営の方が役員間の対立が起こりにくい
家族経営というと、上記の税制上のメリットを思い浮かべる方も多いですが、医院経営上のメリットも少なくありません。
実際、家族経営をしている医療法人の経営が順調であるケースは多いです。
家族経営というと、家族でないスタッフが働きにくくなるなどの注意点はあるものの、家族だからこその医院経営のやりやすさはあります。
近年の医療業界の人手不足を考えると、人員確保の観点でも配偶者や医師のお子様に働いてもらうことは1つのメリットです。
しかも、家族を役員にした方が、親族以外の役員より対立が起こりにくく、意思決定がしやすい傾向があります。
また、家族は基本的に裏切りません。
実際、医療業界でも経理担当者が横領して解雇処分にしたケースがたまにありますが、家族に任せれば、そのリスクは低いでしょう。
非医師の配偶者や親族を経理担当にするのも一つの手です。
しかし、後述するように、家族だからこそ医療法人で対立が起きる可能性がある点は注意しましょう。
家族だから事情を理解していて率直な話をしやすい
家族経営であれば、スタッフにはとても言いづらいようなことでも、家族には率直に話しやすくなります。
しかも、愚痴や不満を家庭内で話しても、他のスタッフに漏れることはありません。
閉鎖的な組織になりやすい点は注意が必要ですが、家庭内でも話ができるので、お互いに深いレベルで話し合うことも可能でしょう。
医療法人の家族経営の大きな3つのデメリット
次に、医療法人の家族経営のデメリットや注意点を解説します。
税制上のメリットもありますし、家族経営はおすすめですが、次の点は注意しましょう。
スタッフが反発を覚えて大量離職に繋がるリスクがある
診療所やクリニックでは、配偶者が事務長や看護師長のような役割で働くことは少なくありません。
家族がしっかり働いて、マネジメントまでしてくれれば、これほど頼りになることはありません。
しかし、だからといってあらゆる権限を与えてしまうと、スタッフが反発したり、やる気をなくしたりするので注意が必要です。
例えば、配偶者がスタッフに対してあまりに厳しく、しかも嫌なことまで押し付けるので、パワハラと言われて退職トラブルに発展したようなケースもあります。
このケースでは、1人の退職をきっかけに連鎖退職が起きてしまい、一時的に深刻な人手不足を招いてしまいました。
また、あまり家族だけで固まると、経営方針が家族だけで決定され、あまりスタッフのことを考えないクリニックになってしまう可能性があります。
医療法人の議決権は、株式会社と違って1人1票となるので、家族間で共有すれば方針を決定しやすいです。
しかし、あまりにスタッフの意見を無視したような方針にしてしまうと、当然スタッフは反発し、大量離職のきっかけになりかねません。
これは家族経営に限ったことではないですが、家族間だけで何もかも決めてしまうと、閉鎖的で他者を受け付けない雰囲気になりがちです。
誰でも意見を言いやすい風通しのいい雰囲気を作ったり、院長先生や役員がスタッフにしっかり説明責任を果たしたりするようにしましょう。
なお、クリニックで配偶者に働いてもらうためのポイントについては、以下の記事を参考にしてください。
家族で経営方針が揉めると収拾がつかない
家族経営の場合、経営方針で対立しにくくなる一面がありながら、逆に家族だからこそ1回対立が起きると収集がつかなくなる可能性があります。
例えば、医師の長男と次男が同じ医療法人で働いているが、もともと2人は仲が悪く、常に対立しているという話はよく聞きます。
兄弟間で仲が悪い場合、長男が左と言えば、次男が右と言うように、とにかく反発するだけで話がまとまらないことが多いです。
次第に医院経営のことは考えなくなり、医院内の雰囲気が悪くなったり、患者さんが遠のいたりすることになりかねません。
また、院長先生と配偶者で対立が起きた場合は、家庭の雰囲気まで悪くなってしまいます。
毎日顔を合わせる関係だけに24時間イライラしっぱなしで、夫婦関係は悪化する一方です。
家族というのは、人間関係でもっとも近い関係だけに、1回関係が悪化すれば、泥沼化することがあるので注意が必要です。
家族ならではのコミュニケーションエラーが発生しやすい
家族経営になると、「言わなくてもわかるだろう」という勝手な思い込みが出てきて、かえってコミュニケーションエラーが発生しがちです。
とある、長男がクリニックの院長、次男が事務長という医療法人がありました。
次男は医学部以外の学部の大学を卒業後、一般企業で働いていました。
しかし、ある日、長男のクリニックの事務職の人手が足りなくなり、次男は長男から誘われてクリニックに転職することにしました。
そして長男は、事務的な仕事を次男に任せ、自分は日々の診療に専念するようになります。
また、事務的な仕事を次男に任せ、自分は地域連携のための会合や、ずっと行けなかった勉強会に行くこともできるようになりました。
一安心かと思いきや、あるとき、長男はスタッフから次男の仕事に対してクレームを受けました。
「備品の補充や機器修繕の依頼をしても動いてくれない」
「人によって扱いが全然違う」 etc・・・・・・。
長男は、どうしたものかと次男と話し合いの場を持ちますが、出てきたのは・・・・・・
「自分は病院に閉じ込められて、なんの楽しみもない」
「兄ちゃんばかり先に帰ってずるい」
「兄ちゃんばかり楽しそうに飲み歩いている」
という長男に対する愚痴ばかり。
驚いた長男でしたが、よくよく考えると、長男は次男に会合の参加の意味や、院長としての業務範囲を説明していませんでした。
「兄弟だから言わなくてもわかるだろう」という思い込みで全然説明していなかったので、事情がわからない次男は不満が爆発してしまったのです。
また、次男は次男で、長男に何も仕事上の相談・報告していませんでした。
そのため、勝手な思い込みで備品の補充や機器修繕を判断して、スタッフから反感を買ってしまったのです。
結局、この件がきっかけで兄弟関係は悪化してしまい、次男は医療法人を退職してしまいました。
家族、兄弟だからといって「言わなくてもわかるだろう」は通用しないのです。
まとめ
医療法人の家族経営の場合は、税金対策上のメリットがありますし、医院経営上の意外なメリットがあります。
一方で、家族経営であるがゆえに、医院経営の難しさに直面するケースも見受けられます。
今回、デメリットで挙げた家族経営ならではのスタッフの反発、家族間の対立などは対策することで避けることは可能です。
「配偶者に働いてもらう場合は役割を考えておく」
「スタッフの意見も取り入れる」
「スタッフに経営方針の説明方針を果たす」
「家族だからといってしっかりとコミュニケーションを取る」 etc・・・・・・
このような対策で、家族経営のメリットを享受して、順調な医院経営を目指しましょう。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。