働き方改革の目玉「有給休暇義務化」の内容とクリニックで行なうべき2つの対策
2019年4月より、働き方改革関連法の順次適用が開始されました。
その働き方改革関連法の目玉の一つとして「有給休暇義務化」があります。
その背景には、諸外国に比べ有給休暇の消化率が悪く、一方で労働生産性の低さが課題として挙げられています。
2019年の「勤労条件総合調査」によると、2018年の年次有給休暇の取得率は52.4%と、2年連続で50%以上を達成しています。
しかし、政府が目標としているのは2020年の有給休暇の取得率が70%であり、まだまだ乖離が大きいと言わざるを得ません。
とはいえ、有給休暇制度そのものは、以前からあります。
それでは、クリニックにおいて「有給休暇義務化」で何が、どう変わるのでしょうか?
そもそも有給休暇とは?
有給休暇とは、労働基準法(以下労基法)第39条で定められた労働者の権利であり、この権利を行使することで賃金が支払われる休暇を取得することができます。
法律上は、雇い入れた日から6ヶ月経過した時点で、全労働日の8割以上出勤した場合に10日間付与されます。
その後1年毎に付与され、また増えていきます。
例えば、6ヶ月働くと10日。
1年6ヶ月働く11日、2年6ヶ月働くと12日、、、という具合です。
6年6ヶ月働くと20日の有給休暇を与える必要があり、それ以降は毎年20日の有給休暇を与えればよいことになっています。
有給休暇の時効は2年ですので、有給休暇は最長で40日付与されることになります。
アルバイト・パートタイムにも有給休暇を必ず与える
また、有給休暇の付与は、正社員に限りません。
アルバイト・パートタイムなど雇用形態にかかわらず法令上の要件を満たせば付与される点に注意してください。
アルバイト・パートタイムなどの有給休暇の付与日数については、以下の記事に詳しく書いています。
【関連記事】クリニックで働くパートのスタッフに有給休暇を与えないとだめ?
産休・育休中のスタッフについて
よくある論点として、産休・育休中のスタッフの場合はどのように考えればいいでしょうか?
よくある誤解が、「産休・育休は出勤していない=有給休暇付与の条件を満たさない」というもの。
有給休暇の出勤要件は、以下の期間については除いて「出勤した割合」を法律で定められています。
- 1.業務上の負傷、疾病により療養のため休業した日
- 2.産前産後期間
- 3.育児・介護休業期間
そのため、育児休暇を取得したからという理由で、有給休暇を付与しないということがないように注意してください。
ただし1年間すべて育休の場合など、有給休暇を与えることが不可能な場合はその限りではありません。
働き方改革の目玉-「有給休暇の取得義務化」とは何か?
さて、今回働き方改革で改正された「有給休暇の取得義務化」とは具体的にどんなものでしょうか?
端的に言いますと、これは
10日以上有給休暇が付与された労働者に対し、5日分について会社が有給休暇を取得させる義務を負う
という法改正です。
この法改正は、クリニック規模に関わらず2019年4月から適用されています。
具体的には、2019年4月以降に付与された有給休暇が上記5日分の有給休暇義務化の対象となります。
有給休暇取得義務化の対象はどこまで適用されるのか?
まず一番注意しなければならないのは、10日以上の有給休暇が付与された全てのスタッフが対象となるということです。
有給休暇は、先ほどの説明のとおり、雇用形態にかかわらず、全てのスタッフに付与されるものです。
ですので、今回の有給休暇取得義務化は、条件を満たせば、正職員はもちろんのこと、パート・アルバイトも対象になることに留意が必要です。
具体的に従来の有給休暇制度とどう違うのか?
雇用する側(クリニック側)が有給休暇を付与し、スタッフが有給休暇を取得する、という有給休暇制度のそのものは従来もありました。
それでは、有給休暇の取得義務化により、具体的に何がどう変わるのでしょうか?
法改正以前も、スタッフから有給休暇の申請があった場合、それを医院側が拒否することは違法ではありました。
しかしスタッフから有給休暇申請がなければ、特にクリニック側が有給休暇を取得するよう、スタッフに働きかける義務はありませんでした。
しかし2019年4月1日以降は、「スタッフから希望が出なかったので、有給休暇の取得実績はありません」ということが法的に許されなくなりました。
つまり、従業員から有給休暇取得の希望が出なかった場合であっても、業務命令を出して、強制的に有給休暇を取得させなければならないのです。
そして、この義務に違反した場合には、「30万円以下の罰金」の罰則も適用されます。
特にこれは、スタッフひとりにつき罰金30万円が科せられますので注意してください。
また、スタッフが希望する日程に応じなかった場合も、6ヶ月以下の懲役、または罰金30万円が適用されます。
ケーススタディー:こんな場合はどうする?
以上が、有給休暇取得義務化についての概要となります。
とはいえ、クリニックでの実際の運用にあたり、色々と論点があると思いますので、その中から特に注意するべきポイントを解説します。
計画年休制度がある場合は?
計画年休制度とは、年次の有給休暇の計画的付与であり、GWや年末年始を大型連休にする場合など、あらかじめ指定した労働日を年休に充てる制度です。
労基法39条6項では、
労働者と使用者による労使協定の締結を条件とし、付与された年休のうち5日は労働者が自由に使うために残しておく必要がありますが、5日を超える日数については年休取得の時季指定(計画的付与)をすることが可能
引用元:労基法39条6項
と定めています。
それでは、今回の改正法で有給休暇取得日指定の義務になる場合であっても、院内で計画年休制度により有給休暇を設定している場合はどうでしょうか?
その場合は、その日数分は有給休暇取得日指定の義務の日数から差し引くことができます。
計画年休と育休が重なる場合は?
計画年休期間と育休が重なる場合はどうなるのでしょうか?
この場合、結論として“育休の申出が先か”、“年休の時期指定が先か”がポイントになります。
つまり、育休を先に申請していた場合は、育休の取得が計画年休に優先します。
したがって、この場合、計画的付与の余地はありませんので、年休は消化されずにそのまま残ります。
逆に、計画年休が先に指定されていた場合、計画年休の付与が育休取得に優先します。
この場合は、年休が消化され、その日数分の賃金支払い義務が生じます。
ただし、年休の計画的付与の対象者は、
特別の事情により年休の付与日があらかじめ定められることが適当でない労働者については、年休の計画的付与の対象から除外することも含め、十分労使関係者が考慮するよう指導
引用元:(昭63・1・1基発1号)
と定めています。
ですので、“育休の申出が先か”、“年休の時期指定が先か”という原則論で考えると複雑になります。
基本的には育休対象者は計画的付与から除外するのが望ましいでしょう。
育休中や育休から復帰したスタッフにも有給休暇を与えないとだめ?
先に書いたように産休や育休の場合、休業期間を除いた期間で80%以上の出勤があれば有給休暇を与えないといけません。
たとえば年度の途中に育児休業から復帰した労働者等については、年5日の年次有給休暇を確実に取得することが必須です。
ただし年間育休に該当したり、残りの期間の労働日が少なく、5日の年次有給休暇を取得させることが不可能だったりする場合には、その限りではありません。
すでに有給休暇を消化している場合は?
例えば、スタッフから請求により、すでに有給休暇を3日消化済だった場合はどうすればいいのでしょうか?
この場合は、あと2日有給休暇取得日をクリニック側で指定すれば問題ありません。
半日(0.5日)の有給休暇はカウントされるか?
クリニックの場合、半日有休を必要とするスタッフも多いでしょう。
有給休暇の取得の希望があった場合には、半日(0.5日)で取得すれば、5日の有給休暇にカウントされます。
時間単位の有給休暇(2時間休暇など)はどうなるか?
時間単位の有給休暇制度を採用するクリニックも増えています。
ただ、その場合はスタッフが自ら取得したような場合であっても、5日の有給休暇にカウントすることはできません。
休職中のスタッフについてはどうすれば良いのか?
基本的には、基準日からの1年間の休職期間とは別に5日の有給休暇を取得させなければなりません。
基準日から1年間で一度も復職していないなど、有給休暇を取得することが不可能な場合は法律違反とはなりません。
このあたりは、産休や育休中のスタッフと同じ考え方になります。
退職予定のスタッフについてはどうすれば良いのか?
産休、育休、休職中のスタッフに対する対応から想像できるかもしれませんが、退職の日までに5日間の有給休暇を与える必要があります。
5日間の有給休暇を取得していない状況で、退職日まで働かせるのは避けましょう。
ただ、退職予定者は、退職前に引っ越しや転職準備などで有給休暇を取るケースは多いので、さほど問題にはならないでしょう。
レアケースにはなりますが、突然の退職などで、有給休暇を与えるのが現実的に無理な場合は法律違反とはなりません。
有給休暇義務化の対応方法
それでは最後に、実際に有給休暇義務化のルールをどのように運用していけばいいか考えていきましょう。
今まで通り、スタッフの有給休暇取得の申請を「受け身」で対応しているだけでは、今まで通り有給休暇を消化しないままというケースが想定されます。(その場合は罰金が科せられてしまいます)
そこで、とるべき対応方法は以下2つが考えられます。
- 1)計画年休制度方式
- 2)個別指定方式
計画年休制度方式
まずは計画年休制度から見ていきましょう。
計画年休制度は、労使協定により、各スタッフの有給休暇のうち5日を超える部分について、指定した労働日を年休に充てるという制度です。
有給消化が年5日未満のスタッフが多数を占めるケースでは、一括してルールを設定し有給休暇を消化できる計画年休制度が適しているでしょう。
計画年休制度の具体例として、以下のようなものが挙げられます。ぜひ参考にしてみて下さい。
例)夏季及び年末年始に有給休暇を付与する
夏季及び年末年始に休暇を設ける医院は少なくありません。
この場合、夏季休暇及び年末年始休暇と有給休暇を組み合わせることにより、長期連休にすることができます。
例)飛び石連休の間に有給休暇を付与する
平日を挟んで休日が並ぶ「飛び石連休」の間に有給を設けることも効果的です。
休日の並び方や有給休暇の取り方によっては、4~10日程度の長期休暇を設定することができ、スタッフにとってもメリットが大きくなります。
例)アニバーサリー休暇制度を導入し付与する
アニバーサリー休暇制度とは、スタッフの誕生日や結婚記念日、家族の誕生日を休暇とする制度です。
スタッフの誕生日や記念日を含む連続3~4日をアニバーサリー休暇とし、社員の有給取得を促します。
個別指定方式
消化日数が5日未満になってしまいそうなスタッフについて、有給休暇取得日を個別に指定する方法です。
クリニック側とスタッフが個別に話し合い、有給休暇の取得の指定日を決められるので、双方が納得いく形で決めることができるのがメリットです。
その反面、個別のスタッフごとに管理の手間がかかることがデメリットになります。
【まとめ】スタッフが積極的に有給休暇を取れる仕組みを
今回は、働き方改革法の目玉の一つである「有給休暇義務化」について解説しました。
今回の法改正のポイントは、有給休暇の取得は「雇用する側の義務」であり、その義務を怠ると罰則(30万円以下の罰金)が適用されることです。
とはいえ法改正があったからといって、普段の業務量に変化があるわけではありません。
従来どおり、クリニック側が何の対策も取らなければ、業務量は変わらず、休みが取りづらく、結局取得できないという状況に陥ってしまいます。
「計画的付与」でスタッフに有給休暇を取得させる制度を作るのも一つの方法です。
また、院内全体で「有給休暇を取りやすい雰囲気」を醸成していくのも必要となるでしょう。
ある統計によると、現在6割ほどの企業が有給休暇取得推進のための取り組みがあるそうです。
今回の働き方改革法の法改正を契機に、今後この流れが加速するものと思われます。
ぜひ、今回の記事も参考に、「有給休暇義務化」への対応を検討してみてください。
監修者
亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。