医療法人が知っておきたい「選択制」確定拠出年金とは?

公開日:2026年7月13日
更新日:2026年7月13日

医療法人の経営が順調で、スタッフ数が増えてくるにつれて課題になりやすいのが優秀な人材の確保と定着です。

優秀な人材を確保するには、職場の人間関係の改善や、スタッフマネジメント、採用方法が前提ではあるものの、給与や福利厚生の充実も重要です。

しかし、中小企業規模の医療法人で、大企業のような手厚い退職金制度などを単独で整備するのは容易ではありません。

そこで、スタッフの福利厚生の1つとして検討したいのが、選択制確定拠出年金の導入です。

この制度を活用することで、税制優遇を受けながらスタッフの老後資産の形成をサポートすることができます。

確定拠出年金(日本版401k)は2001年に日本に導入されましたが、選択制確定拠出年金と従来の確定拠出年金とは制度が異なります。

今回は医療法人の院長先生など経営側の方こそ知ってほしい選択制確定拠出年金について解説します。

大企業を中心に導入が進んだ従来の確定拠出年金制度とは?

確定拠出年金は、スタッフの年金上乗せを行う福利厚生制度として、2001年に導入されました。

アメリカの代表的な確定拠出年金が、内国歳入法の第401条にちなんで401kプランと名付けられているため「日本版401k」とも言われています。

なお、確定拠出年金には「個人型(iDeCo)」と「企業型」がありますが、今回紹介するのは「企業型」の方です。

確定拠出年金が導入された背景

上の図のように、日本の年金制度はよく建物にたとえられますが、1階や2階に相当するのが加入義務のある国民年金や厚生年金です。

一方、任意加入の私的年金にあたる確定拠出年金は、建物の3階建てに該当する企業型年金制度として広く利用されています。

毎月の掛け金を60歳まで(※65歳までの場合もあり)積み立てを行い、60歳で積み立てた資産を受け取ることができます。

従来、3階建の年金制度としては厚生年金基金が主流でした。

しかし基金の運用状況が厳しくなり、厚生年金基金は2014年に新規設立が禁止され、大部分が解散へ移行しています。

解散する厚生年金基金の受け皿として、確定拠出年金を導入する企業が少しずつ増えてきました。

多くの医療法人では従来の確定拠出年金を導入するハードルが高い

確定拠出年金については、導入が広がってきたとはいえ、現状の加入者は約862万人程度です(厚生労働省「確定拠出年金統計資料2025年3月」より抜粋)。

日本の全就業者数は約6,890万人(総務省統計局「労働力調査 2026年5月分結果」より抜粋)ですから、約12.5%程度にすぎません。

特に大企業よりは中小企業で導入が広がっていない傾向があります。

医療法人も100人以下の中小企業規模が大半のためか、現状でも確定拠出年金が導入したという話は多くありません。

なぜ従来の確定拠出年金の導入が進まないのかというと、下記の要件を満たす必要があったためです。

①事業者側がスタッフの掛け金を負担
②スタッフ全員加入が原則
③最低50人〜100人以上の加入者が必要

体力のある大企業と違い、中小企業や同規模の医療法人が導入するには厳しい条件であることは間違いありません。

このような条件があることから、なかなか医療法人では導入が進まなかったのが実情でした。

中小企業や医療法人でおすすめの選択制確定拠出年金3つの特徴

選択制確定拠出年金は、中小企業や医療法人でも導入しやすい確定拠出年金の1つです。

そこで、選択制確定拠出年金の特徴について解説していきます。

まず、「選択制」確定拠出年金と従来の確定拠出年金には、次のような違いがあります。

 「選択制」確定拠出年金従来の確定拠出年金
拠出金の負担スタッフの給与から拠出医療法人負担(もしくはスタッフ拠出と併用)
最低加入(利用)1人以上30人など※

※金融機関によって条件が異なります

つまり、具体的には選択制確定拠出年金は、従来の確定拠出年金と比較して、次のような特徴があります。

①スタッフの拠出金(掛け金)は医療法人の負担不要
②確定拠出年金で積み立てる掛け金はスタッフ自らが給与から支出
③制度利用を希望するスタッフのみ利用が可能(全員加入不要)

それぞれの特徴について詳しく解説していきます。

スタッフの掛け金は医療法人の負担不要

従来の確定拠出年金では、医療法人がスタッフ全員に対して拠出金(掛け金)を負担する必要がありました。

例)スタッフ50人:一律1人5,000円×50人=25万円/月が医療法人負担

規模の大きい医療法人であれば問題ない金額かもしれません。

しかし、多くの中小規模の医療法人では、毎月のランニングコストとして支出される項目は敬遠されがちです。

一方、選択制確定拠出年金は、基本的にスタッフが自ら給与から支出するものであり、医療法人の負担はありません。

その分、損金算入はできなくなり、税金対策効果はなくなるものの、拠出金の負担がなくなるのは大きいでしょう。

拠出金(掛け金)はスタッフ自ら給与から支出

先ほどもお伝えしたように、拠出金(掛け金は)は、スタッフ自らが自分の給与から支払います。

掛け金については、3,000~55,000円(2026年12月以降は62,000円)まで、1,000円単位で設定が可能です。

一度設定した掛け金は変更することも可能なので、家計の状況に応じ拠出金(掛け金)を見直すことが可能です。

制度利用を希望するスタッフのみ利用が可能(全員加入不要)

従来の確定拠出年金では最低加入人数が50人や100人以上など、ある一定規模の法人しか導入ができませんでした。

しかし、選択制確定拠出年金では、スタッフ1人でも加入ができます。

例えばスタッフ30名の医療法人で、確定拠出年金を利用したいスタッフが10名しかいないケースでも導入ができるようになったのです。

そもそも、選択制確定拠出年金は、スタッフの意思で加入の意思を選択できるようになったことに由来して付けられた名称です。

スタッフ個々でも利用する・しないを自分の意思で選択できるようなった点は、医療法人側・スタッフ側双方にとってメリットと言えるでしょう。

選択制確定拠出年金の利用による社会保険料への影響

「選択制」確定拠出年金を導入する本来の目的は、「スタッフの老後資金の上乗せ」です。

一方で、制度の仕組み上、拠出した掛け金は社会保険料の算定対象とはなりません。

そのため、標準報酬月額が変動し、社会保険料の金額に影響が出る場合があります。

どのように社会保険料に影響するのか、下記のスタッフの条件で解説します。

《選択制確定拠出年金加入前》

標準報酬月額30万 22等級30歳のスタッフが東京都内で標準報酬月額30万円の場合
協会けんぽ東京令和8年健康保険・厚生年金保険の保険料額表
※折半額 健康保険料:14,775円/月
厚生年金保険料:27,450円/月
子ども・子育て支援金:345円/月
社会保険料合計:42,570円/月

上記条件のスタッフが月2万円を選択制確定拠出年金へ拠出すると、確定拠出年金2万円分は社会保険料の算定外となります。

そのため、標準報酬月額は30万円から28万円となり、社会保険料の等級も22等級から21等級となります。

そのため、月額の社会保険料については以下のようになります。

《選択制確定拠出年金加入後(月2万円)》

標準報酬月額28万 21等級※協会けんぽ東京令和8年健康保険・厚生年金保険の保険料額表
※折半額 健康保険料:13,790円/月
厚生年金保険料:25,620円/月
子ども・子育て支援金:322円/月
社会保険料合計:39,732円/月

社会保険料の合計を比較すると、42,570-39,732=2,838円の差額となります。

このように、選択制確定拠出年金の拠出額によって、スタッフおよび医療法人の社会保険料の金額が変動することになります。

社会保険料の算定には、注意するようにしてください。

選択制確定拠出年金を利用するスタッフの3大メリット

スタッフ側から見た場合、選択制確定拠出年金のメリットには以下のような税制優遇のメリットがあります。

①拠出金(掛け金)は所得税・住民税が非課税
②運用益が非課税
③確定拠出年金受け取り時、一時金の場合は退職所得控除扱い。年金受け取りの場合公的年金の控除の対象

スタッフに選択制確定拠出年金を紹介する際は、この点も含めて伝えるようにしましょう。

拠出金(掛け金)は所得税・住民税が非課税

スタッフが選択制確定拠出年金に拠出した分は、全額が所得税・住民税が非課税となります。

通常給与をもらって貯金をする場合、手取りから貯金をします。

額面-各種控除(社会保険料・税金・その他控除)= 手取り

確定拠出年金を利用して貯金をする場合、所得税・住民税が控除されて貯金できるので、手取りから貯金をするより節税効果が高くなります。

運用益が非課税

一般的な運用商品(株・投資信託等)で利益が出ると、運用益の約20%を税金として納めなければいけません。

しかし、確定拠出年金の運用益については非課税になります。

確定拠出年金で運用を行い収益が出た場合、運用益に税金がかからず受け取ることができます。

一時金の場合は退職所得控除扱い。年金受け取りの場合公的年金の控除の対象

確定拠出年金は、受け取る出口においても大きな非課税枠が用意されています。

確定拠出年金で積み立てをした資産を一時金で受け取る場合は、「退職所得控除」という非課税枠を利用することができます。

勤続年数(=A)退職所得控除
20年以下40万円 × A (80万円に満たない場合には、80万円)
20年以上800万円 + 70万円 × (A – 20年)

上記が退職所得控除の計算式になります。

勤続年数を確定拠出年金の利用期間に置き換えて考えます。

例えば35歳の方が60歳迄の25年間利用した場合、800万+70万×(25年ー20年)=1,150万円まで税金がかからないことになります。

このように、確定拠出年金では運用期間中から出口まで国の税制優遇が用意されており、老後資金を準備する1つの選択肢として上手に活用したい制度です。

選択制確定拠出年金を利用するスタッフのデメリット

選択制確定拠出年金は、医療法人は拠出負担がなく、スタッフについても税制優遇のメリットが大きいので、福利厚生として魅力的な制度と言えます。

しかし、スタッフの立場に立った場合は、次の大きなデメリットがあることに注意しなければなりません。

①60歳(※導入時の規約によって65歳)まで途中引き出しが不可
②確定拠出年金の利用期間が10年未満の場合、受け取り時が65歳までスライドする
③社会保険料が算定されないことによる将来年金受給額や傷病手当金の減少
④「元本保証商品」の場合はインフレリスクを伴う
⑤「リスク性商品」は資産が目減りするリスクを伴う

これらのデメリットをスタッフにしっかり説明しなければ、大きな反発が出てくるので注意しましょう。

確定拠出年金利用時のデメリットとして一番大きいのは、60歳まで途中引き出しができない点です。

教育資金や住宅の購入資金として利用したくても、途中で引き出して利用することができません。

そのため、老後資金として無理なく積立可能な掛け金をかける必要があります。

また確定拠出年金利用期間が10年未満の場合は、受け取り時期が最長65歳までスライドします。

50歳以降で初めて利用する方は受け取り時期も注意しましょう。

【参考】確定拠出年金受給時期早見表

加入期間606162636465
10年以上
8~10年未満 
6~8年未満  
4~6年未満   
2~4年未満    
2年未満     

【まとめ】選択制確定拠出年金を導入する際はスタッフにしっかりと説明を

選択制確定拠出年金は、退職金制度などの福利厚生の一環として、医療法人でも導入しやすい制度です。

そのため、福利厚生が充実した医院・クリニックとして対外的にアピールすることで人材募集につなげることもできます。

ただし、選択制に限らず、確定拠出年金は、スタッフにとっては途中解約ができないなどデメリットも大きい制度です。

導入する際はスタッフにしっかりと情報を周知して、後々トラブルが起きないようにしましょう。

確定拠出年金全般については、以下の記事も参考にしてください。

【図解あり】企業型確定拠出年金の導入による従業員の資産形成と福利厚生の充実

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笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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