医院・クリニックの後継者不在なら廃院か?M&Aか?
はじめに
医院・クリニックの院長先生が引退する場合は、まず親族や副院長など後継者を探しますが、必ずしも後継者がいるわけではありません。
2019年の帝国データバンクの調査では,医療機関の後継者不在率が73.9%でした。
また2017年の日医総研の調査も紹介すると、医療機関の後継者不在率は、病院が68.4%に対して、有床診療所が79.3%、無床診療所が89.3%です。
小中規模の医院・クリニックが、いかに後継者不在の危機に陥っているかが伺えます。
後継者不在の場合は、M&Aか廃院を選ぶことになります。
後継者不在の場合、これまでは廃院することが多かったのですが、最近は売り手・買い手双方にメリットの多いM&Aを選ぶケースも増えています。
医院・クリニックのM&Aや廃院のメリット・デメリット比較
後継者不在の場合、M&Aを選択するケースが増えてきているのは必然的な流れです。
というのも結論から言うと、廃院よりもM&Aのほうがメリットが大きいケースが多いためです。
早々と廃院を決めるクリニックが多いようですが、廃院は第三者への承継も決まらない場合の最後の手段として考えると良いでしょう。
廃院となると、廃院コストがかかり、地域医療への影響も大きくなります。
具体的に廃院とM&Aのメリット・デメリットについてまとめます。
廃院 | M&A(売り手) | M&A(買い手) | |
---|---|---|---|
メリット | ・自分の希望のタイミングで引退できる ・後継者探しが不要 | 【個人&医療法人】 ・廃院コスト不要 ・譲渡益(営業権含む)が得られる ・地域医療の継続 ・スタッフの解雇不要 ・資金繰り問題の解決 ・経営から退き、医師を続けることが可能 | 【個人&医療法人】 ・新規開業より開業資金が安い ・開業準備期間の短縮 ・患者を引き継げるので、事業が軌道に乗りやすい ・スタッフの人材確保 ・事業や診療圏の拡大 ・金融機関の融資を受けやすい ・医師会に入会しやすい |
【医療法人のみ】 ・医療法人に不動産を賃貸していれば家賃収入が得られる ・税法上の繰越欠損を引き継げる(条件による) | 【医療法人のみ】 ・持分ありの医療法人を引き継げる | ||
・廃院コストがかかる ・地域診療が失われる ・患者に転院先の紹介が必要 ・スタッフが失職 | ・後継者とのマッチングの検討が必要 ・準備期間が必要 ・好きなタイミングで辞められない ・譲渡益に税金がかかる ・承継後もカルテの保存義務は残る ・円満に売買が成立しても,承継後赤字を出して代金の支払いがないというトラブルもあり得る | 【個人&医療法人】 ・売り手とのマッチングの検討が必要 ・内装や医療機器を自由に選べない ・医療機器の耐用年数が少ない場合もある ・事業用定期借地契約をしている場合,契約期間満了時に立ち退く必要がある | |
【医療法人のみ】 ・資産だけでなく負債も引き継いでしまう ・税務調査の過去の履歴を引き継ぐ ・承継前の損害賠償責任を負う可能性 ・退職金の債務があれば引き継ぐ・税務調査も引き継ぐ ・承継前の損害賠償責任を負う可能性 |
なお、個人医院の廃院や医療法人の解散は、意外と手続きが複雑です。(特に医療法人の場合)
廃院コストについては、建物の取り壊し、医療機器や廃棄物の処分費用、法手続きに関わる費用、債務の清算など。
開業医によっては廃院コストが1,000万円を超えるケースも出てきます。
M&Aであれば営業権を含んだ譲渡益を得ることができますし、患者の引継ぎなどの地域医療への影響や、スタッフの継続雇用も可能です。
それでいて、買い手にとっては、新規開業にかけるお金と時間を大幅に短縮できます。
先生にとって廃院よりもM&Aのメリットが大きい場合は、早めに準備を進めた方が良いのですが、その際は以下の点に注意しましょう。
【個人医院&医療法人共通】M&Aの8つの注意点
それでは、具体的に医院・クリニックのM&Aの注意点についてお伝えしていきます。
売り手側も買い手側も医業に強い専門家に依頼する
医院・クリニックのM&Aは、一般企業のM&Aよりはるかに手続きが大変と言われています。
さらに医療機関という行政の許認可ビジネスならではの特異性や難しさもあります。
また、個人の医院と医療法人、医療法人でも旧法(持分あり医療法人)と新法(持分なし医療法人)でスキームがまったく違います。
医院・クリニックのM&Aは、医療、法律(医療法、会社法、民法)、税務、労務など様々な分野で高度な知識が必要になります。
それでいて、M&Aには次のような問題が起こりやすく、売り手と買い手の交渉も必要になってきます。
- 買い手は,資産だけでなく負債も引き継ぐ(医療法人の場合)
- 患者に訴えられて,損害賠償を請求されたときの責任の所在があいまい
- 売り手と買い手で譲渡価額が折り合わない
- 医院の賃貸借について,修繕費の取決めがあいまい
- 承継後,院外処方に移行しようとしたが土地の売却について地主が合意しない
このようなことから、医院・クリニックのM&Aを成功させるには、医業に強い専門家であることが必須です。
また、M&Aは売り手と買い手双方の合意によって成り立ちます。
どちらかが医業分野の経験が少ないと、M&Aが白紙になり廃院(解散)を余儀なくされることもあります。
売り手も買い手もwin-winの状態でM&Aを進めるには、必ず両者とも医院・クリニックのM&Aに強い専門家に依頼する必要があります。
後継者不在が明らかなら早めにM&Aの準備をする
冒頭で書いたように、70%以上の医療機関が後継者不在です。
後継者不在が明らかであれば、早めにM&Aの準備に着手し、上記の専門家に依頼するのが一番です。
M&Aはベストなタイミングを見極める必要があります。
例えば「◯歳で引退したい」「借入金の返済が終わったときに売却したい」「収益がピークのときに売却したい」といったものです。
しかし、M&Aは退職金や資金調達、患者さんの引き継ぎ、スタッフの引き継ぎと様々なことが問題になり、計画的な準備が欠かせません。
M&Aにかかる期間は1~2年と言われていますが、より早い段階から準備をスタートするのがベストです。
買い手が欲しいと思えるクリニックにする
もうひとつ忘れてはいけないのは、売り手だけでなく、買い手にもベストなタイミングがあるということです。
買い手にとっては、当然求める条件にできるだけ合致しているクリニックを承継したいと考えるはずです。
具体的に言えば患者さんがたくさん来院するクリニック、勤務態度を含めたスタッフの充実度、他の医療機関との連携などです。
逆に、医療法人で巨額の負債を抱えていたり、医療過誤や労使間トラブルで訴訟中だったりすればM&Aは成立しづらいでしょう。
そういう意味では、承継までにクリニックの価値を高められる専門家を見つけることも重要です。
また、クリニックの価値を高めると同時に、その価値がはっきりわかるようにすることも重要です。
事業に関係がなかったり、買い手が必要としない資産が混在していたりすると、M&Aの交渉はうまくいきません。
時間をかけて、買い手が欲しいと思えるクリニックにしていきましょう。
患者の引継ぎ期間は長めに
M&Aは患者をそのまま引き継ぐことができ、買い手にとっては事業を軌道に乗せやすいというメリットがあります。
しかし、この患者の引き継ぎ方が重要です。
この引き継ぎのときに休診期間が長いと、患者さんが他の病院に流れることになり、買い手にとってM&Aのメリットを享受できないことになります。
また患者さんの中には、「あの先生がいるから行く」という人もいます。突然院長先生が変わることで、やはり患者さんの流出を招くリスクがあります。
M&A前後の半年~1年ほど、売り手と買い手両方の院長先生が一緒に働きながら引き継ぐと理想です。
こうすることで承継後も患者さんも違和感なく通院でき、患者さんの流出を防ぐことができるでしょう。
医院・クリニックの営業権の価額
M&Aの譲渡価格には営業権(のれん代)も含まれることを忘れてはいけません。
評判がよくて固定の患者さんが多いクリニックであれば,M&Aの価値は高くなりますが、これを金銭的価値で表したのが営業権です。
一般的に医療機関での営業権は、「長年築いてきた信用」という抽象的な概念で、相場観がはっきりしないのが現状です。
妥当な金額に置き換えて買い手の先生に納得してもらうのは容易ではありません。
収益性の高い医院・クリニックであるほど、M&Aに熟知した専門家の力を借りて、正当な営業権の価額を算出しましょう。
早めに資産の整理や財務内容の改善に着手する
医院・クリニックのM&Aを成功させるには、クリニックの財務をすっきりさせることも必要です。
当然、買い手の立場になって考えれば、財務内容をしっかり把握できていないクリニックを承継するのは嫌なはずです。
特に個人クリニックでは、個人とクリニックの資産が曖昧になりがちで、医業に関係のない資産がクリニックの資産として組み込まれることが多いです。
不要な経費や資産が財務諸表に混在していると経営の実態が見えづらく、M&Aがスムーズに進みません。
クリアにできる部分は、なるべく早い段階で整理するようにしましょう。
労務問題の解決を図る
継続雇用によって売り手はスタッフを解雇することなく、買い手はスタッフを新規採用する必要がないのはM&Aの大きな魅力の1つです。
しかし、労務問題を引きずったまま売却するのは、買い手にとっては逆にデメリットにしかなりません。
残念なデータですが、2016年の「労働基準監督年報」で、約75%の医療・介護業界に労働関連法規違反があったことがわかっています。
この傾向は労働基準監督年報が公表されている2011~2016年の間で大きな変化はありません。実際に、労使間トラブルで訴訟に至る例はかなり多いものです。
特に医療法人の場合、承継前の労務トラブルであっても、訴訟などに対応するのは新院長になってしまうので、ますます労務問題は嫌がられるでしょう。
「自分はもう引退するから,後は頼んだ!」は通用しません。承継前に労務上の問題があれば、速やかに解決を図りましょう。
医療法人に特有のM&Aの注意点
医療法人のM&Aは、負債や過去の問題(医療過誤や労使間トラブルなどの訴訟)も引き継いでしまいます。
これは買い手にとっては大きなデメリットで、M&Aの交渉が難航する要因になるので、個人開業の承継以上に注意が必要です。
また持分あり医療法人の場合は、出資持分譲渡という形で譲渡金額を得ることになります。
出資持分評価が跳ね上がった状態では、買い手にとって大きな負担になりますし、売り手にも所得税が発生してしまいます。
なお、出資持分なし医療法人のM&Aの場合は、基本的には相続財産は基金と同額の評価額になります。
また出資したものをそのまま返還してもらうわけですから、所得税は課せられません。
一方、医療法人のM&Aは注意点もありますが、個人クリニックのM&Aに比べると承継がシンプルです。
医療法人の場合は経営者を交代させ、理事長の変更、出資または基金を承継するだけで事業承継がスムーズに進みます。
ある程度の利益を超えれば税金対策でも有利になるので(法人税率が所得税率を下回る、
事業承継を考えている個人クリニックの先生は法人化を早めに検討しましょう。
まとめ
以上、後継者不在の医院・クリニックの廃院とM&Aのメリット、デメリット比較、そしてM&Aの注意点について書きました。
メリット・デメリットを考えても、後継者不在が明確な場合は、積極的にM&Aを検討したいところです。
しかしM&Aは多くの準備が必要で、しかも早い段階で準備することが非常に重要になります。
この準備を怠ってしまうと、なかなか承継先が決まらず、やむなく廃院することになるので注意が必要です。
なお、個人医院と医療法人のM&Aの詳細は、こちらの記事をご覧ください。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。