【医療法人M&A】持分あり(旧法)と持分なし(新法)で何が違う?

公開日:2019年4月15日
更新日:2024年9月6日
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医療法人のM&Aは、個人と医療法人の承継で、スキームがかなり異なります。

個人が承継する場合には、単なる事業譲渡(医療法人は解散)の場合もあれば、役員交代(持分あり医療法人の場合は、持分譲渡もある)の場合もあります。

医療法人が承継する場合は、事業譲渡、合併、もしくは分割(持分なし医療法人のみ)になります。

ただ、小規模の医院・クリニックを継続運営している場合には、個人が承継し、役員交代するパターンが最も多く見られます。

そこで今回は、個人が承継する医療法人のM&Aについてお伝えしていきたいと思います。

医療法人M&Aの80~90%は持分あり医療法人(旧法)

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医療法人のM&Aには、大きく分けて

①持分あり医療法人(旧法)で承継する
②持分なし医療法人(新法)で承継する

場合の2つのパターンがあります。

しかし、医療法人のM&Aの大半は持分あり医療法人(旧法)のままで承継するパターンがほとんどです。

医療法改正後の医療法人は長くても15年経っていない

これは、現在日本にある医療法人の9割がまだ持分あり医療法人(旧法)のままであるためです。

医療法の改正以降に設立した医療法人は全部持分なし医療法人になりますが、この医療法の改正が行われたのは2007年4月1日です。

医療法改正後にできた医療法人は長くても15年経っていません。若い理事長も多く、まだ承継する時期になっていません。

持分ありから持分なし医療法人への移行が進まない理由

また、旧法である持分あり医療法人は、新法である持分なしの医療法人の移行が可能で、国も推奨していますが、これがなかなか進んでいません。

これは持分なし医療法人は解散すると、拠出金額以外の法人内で蓄積された利益が戻ってこないためです。

「せっかく頑張って得た利益を国に没収されるのは嫌だ」ということで、持分なしの医療法人に抵抗を感じる先生がとても多いのです。

また、持分なし医療法人への移行には、出資者全員が持分放棄に同意する必要があります。これも、移行が進まない大きな理由の1つとなっています。

こういった理由で、現段階では、7~8割の医療法人が持分あり(旧法)のままです。

しかし、今後持分なし(新法)の医療法人の理事長も高齢になっていくので、徐々に持分なし医療法人のM&Aのケースは増えていくはずです。

持分あり医療法人と持分なし医療法人M&Aの問題点の違い

持分あり医療法人と持分なし医療法人のM&Aや、M&Aが成立せず解散する際の問題点をまとめると、次のようなものがあります。

 持分あり医療法人持分なし医療法人
M&A出資持分評価が右肩上がりで上昇しやすく、買い手にとっては大きな負担となり、売り手も所得税を課される相続財産が拠出金と同等の額になるので、売却した際にかかる所得税が基金にしかかからない
解散出資金だけでなく、蓄積された利益も戻ってくる拠出金額以外の法人内で蓄積された利益は戻ってこない

持分あり医療法人は利益が内部留保され、医療法人設立当初より出資持分評価が何倍にも膨れ上がります。

そのため、出資持分の払い戻し請求額が莫大な額になり、トラブルが起きやすいことが問題視されています。遺産分割でも遺留分減殺請求でトラブルが起きやすくなります。

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M&Aでも莫大な出資持分評価額で買い手の負担が非常に大きくなったり、売り手も45%もの莫大な所得税がかかったりしまいます。

そのため、持分あり医療法人のM&Aについては、後述する手順で資産の中身をゼロにしていきます。

持分あり医療法人(旧法)のM&A

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個人に承継するケースで大半を占める、持分あり医療法人(旧法)のM&Aについてお伝えしていきます。

持分ありの医療法人では、「出資持分譲渡」によって医院・クリニックの経営を承継する方法となります。

この場合、医療法人はこれまで通り診療を続けていくことが可能です。

ただし、承継前から医療法人が保有している資産だけではなく負債も引き継ぐことになります。

加えて、承継前に行われた診療に関する責任や労使間トラブル、税務調査の過去の履歴なども引き継ぎます。

カルテやスタッフとの雇用契約も原則、継続されます。

役員の交代で済む医療法人のM&Aは個人医院よりもスムーズである一方で、負債や過去の負の部分も引き継ぐので、買い手にとってはデメリットにもなります。

持分あり医療法人(旧法)M&Aの流れ

あくまで一例ではありますが、持分あり医療法人(旧法)のM&Aの流れは大まかに次のようになります。

① 承継の決定、価格の決定 
② 社員の退社、新社員の入社定款次第で新社員は持分を1口でももつ場合もある。この時点で持分譲渡、贈与もあり
③ 役員交代理事長、理事などを新体制にする
④ 役員退職金の支給決議、支給退職(理事長退任)しない限り決議できないこと、規定の有無に注意
⑤ 持分の移動譲渡(場合によっては贈与)

医療法人の資産の整理について

医療法人を譲る側の理事長は、医療法人が持っているすべての金融資産から、従業員の退職金の支給見込額を控除した残りの部分を自身の退職金とします。

こうすることで、医療法人の資産の中身をいったんゼロにします。

生命保険契約や車両などで退職金の現物支給するのも良いでしょう。

法人が支払う退職金は、基本的に法人の損金として算入できます。

多額の退職金を支払ってしまえば、その分だけ法人の利益はかかるので、法人税が安くなります。

ただし、退職金が法人税上の役員退職給与の適正額でない場合には、損金不算入となります。

繰越欠損の恩恵に授かりたい継承者としては、その額が減少することになりますので、事前調整が必要です。

また、退職金が不相当に高額な場合には、剰余金の配当とみなされる場合もあるので注意が必要です。

その場合には、のちに退社した際に一部持分の払戻しをしてもらうなどの工夫が必要になります。

そして、自身の退職金が確保できるよう、事前に役員退職慰労金規程の整備を忘れずにしておきます。

役員退職慰労金は、規定に基づき退職後の社員総会決議で決定することが基本となるからです。

この退職金支給により、この退職の時点で医療法人の時価は設備や医療機器を除いてゼロに近い状態になります。

譲渡の際には、ここに営業権を加算するのが最も一般的な方法です。

ただ、医療法人となると負債やリスクなどマイナスの要素も引き継がれることから、より複雑な査定となります。

持分の譲渡は、有価証券の譲渡となり、譲る側の先生の譲渡所得となります。

譲渡価格に出資金額を差し引いた分については譲渡所得税がかかります。

持分なし医療法人(新法)のM&Aの流れ

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先にも書いたように、2007年の医療法の改正以降に設立した医療法人はすべて持分なしの医療法人となります。

特に小規模のクリニックでは持分なし医療法人のM&Aのケースはまだまだ少ないですが、当然今後はこのようなケースも増えていくでしょう。

持分なしの医療法人は、その名のごとく持分の譲渡がなく、医療法人を通しての間接的な譲渡という形式になります。

持分なし医療法人(新法)M&Aの流れ

持分なし医療法人のM&Aの流れは、概ね以下のようになります。

① 承継の決定、価格の決定 
② 基金返還の検討基金がある場合、ここで返還を検討。定款の規定に注意
③ 役員の退社、新社員の入社 
④ 役員交代理事長、理事などを新体制にする
⑤ 新理事長より、医療法人へ基金拠出または資金貸付 
⑥ 役員退職金の支給決議退職しない限り決議はできない。規程の有無に注意

資産移動の流れ

まず、譲渡側の理事長に基金の返還をします。

基金の返還は基金の倍の純資産がある場合に限られており、定款に規程されている通りに返還します。

出資したものをそのまま返還してもらうわけですから、ここに所得税は課せられません。

その後、承継側が医療法人に基金拠出、または貸付をします。

そのうち譲渡価額分を譲る側の役員の退職金の原資に足すことで、間接的に承継側から譲渡側への資金移動が発生する仕組みになります。

医療法人のM&Aは退職金がカギ

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持分あり医療法人でも、持分なし医療法人でも、カギとなるのは退職金です。

先にも書いたように、退職金は損金算入できるため、法人税を安くすることができます。

しかし、退職金額が適正ではない場合は損金不算入となってしまいます。

退職金額が妥当かどうかは、受け取る個人の勤続年数や功績、退職の事情、他の同規模の法人が支払っている額などを考慮して判断されます。

ですから、退職金の支給額にも、客観性のある根拠や理由が必要です。

それに加えて規程の整備をしておくなど、事前準備を怠らないように注意していきましょう。

旧法の持分あり医療法人の場合は、退職金を支払うことで出資持分評価も下がります。

出資持分評価が下がったタイミングで持分譲渡を行えば、買い手側の医師の負担も軽減でき、M&Aを進めやすくなります。

税理士の実務経験不足によりM&Aが成立せずに解散した医療法人

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最後に、税理士の実務経験不足により医療法人のM&Aが成立しなかった事例を紹介します。

M&A失敗事例

承継を考えている60代後半の先生がいました。

50~60代で医師を引退するのは珍しいことではないのですが、この先生も体調不良を理由に、20年以上医療法人で運営していたクリニックを手放すことにしたのです。

その医療法人は、1日50人以上の来院患者数があり、医療機器もこれからも十分使用可能なものばかりの優良クリニックです。しかも内装も大幅にリニューアルしています。

ただ、この先生はご子息が医師ではなく、親子で承継できないため、M&Aを希望したのです。

このような優良クリニックですから買い手がつかないわけがありません。

すぐに1,500万円ほどの対価で承継を希望する先生が出てきました。

旧法の持分あり医療法人で運営されていた先生は、先に書いたような出資の譲受による株式の移転を提案しましたが、あっさり合意。

あとはスムーズに手続きを進めていくだけなのですが、ここで問題が発生します。

先生のクリニックを担当している税理士が、承継やM&Aの経験がまるでなかったのです。

結局話が前に進まず、お互いwin-winで解決するはずだったM&Aは破談になってしまいました。

そして、先生の医療法人は解散することになりました。

1,500万円の譲渡金をふいにしただけでなく、リニューアルした内装や医療機器の廃棄等、廃院のコストで1000万円近く払ってしまいました。

医療法人M&Aに精通した税理士、コンサルタントに依頼を

この事例に限らず、医療法人の承継やM&Aの経験が豊富な税理士やコンサルタントは、まだ多くありません。

クリニックのM&Aに対応するには、税務のことだけでなく、患者やカルテの引き継ぎ、M&Aのベストタイミングなど、医療業界の経験やスキルが必須です。

また一般の企業とは異なり、様々な法律に精通していなくてはならず、具体的には医療法、民法、相続税法すべてを知ってなければなりません。

しかも医療法人のM&Aには、このような問題がよく発生します。

  1. 譲渡側と承継側で持分の譲渡価額が折り合わない
  2. 医院の賃貸借について、修繕費の取決めが曖昧でもめている
  3. 承継後、院外処方に移行しようとしたが、土地の売却にについて地主が合意しない

このようなこともあり、承継やM&Aを行う税理士やコンサルタントには、豊富な経験と実績、各専門分野でのネットワーク、高度な情報分析力などが求められます。

それでいて、譲渡側と承継側両方の立場に立って考えて交渉し、両者がwin-winになるように徹する人間力も求められます。

上記のように、専門家でも失敗する承継やM&Aの対応は、より信頼できる税理士やコンサルタントを探すことが必須と考えられます。

【まとめ】M&Aは早めの準備を

このように、医院・クリニックのM&Aは個人開業と医療法人、医療法人でも旧法(持分あり)と新法(持分なし)でスキームが異なります。

また、事象承継やM&Aは譲渡側と承継側でのもめごとも少なくありません。

一般的な税務だけでなく、医療業界の経験とスキル、高度な専門性と人間力が必須になります。

いかに経験豊富で信頼できる税理士やコンサルタントを選ぶかが重要なのは言うまでもありません。

また、後継者が親族やスタッフ間で見つからないのであれば、解散するのかM&Aにするかは早めに決めて、早めに準備しておくことをおすすめします。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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