医療法人の解散(廃業)の手続きや税務、残余財産について

公開日:2019年2月15日
更新日:2024年9月6日
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医療法人も後継者がいないなどの理由で事業の継続が不可能になり、承継相手も見つからなければ解散(廃業)することが考えられます。

解散とは、法人がその目的である本来の活動をやめ、財産関係などの清算をする状態に入ることで、これだけで法人格が消滅するわけではありません。

実際には、手続きとして、診療所の廃止⇒解散⇒清算という一連のプロセスを経て法人格が消滅することになります。

今回は、医療法人の解散の手続きの流れと、持分なし医療法人の場合に気になる残余財産のことについて書いていきたいと思います。

医療法人の解散事由

理由

他の営利法人と同じように、医療法人も解散することは可能です。

しかし、医療法人設立時と同様に行政機関の許認可が必要となります。

また、以下の医療法に定められている事由以外での医療法人解散は認められていません。(医療法第55条)

医療法人設立のデメリットとして、「簡単に解散ができない。個人事業主に戻れない」と言われているのはこのためです。

医療法人解散の事由
  • (1)定款で定める解散事由の発生
  • (2)目的たる業務の成功の不能
  • (3)社員総会での4分の3以上の賛成による決議
  • (4)他の医療法人との合併
  • (5)社員の欠乏(社員の辞任・死亡による不足)
  • (6)破産手続開始の決定
  • (7)設立認可の取消

(1)定款で定める解散事由の発生と(5)社員の欠乏に関しては都道府県知事への届出を要します。

(2)目的たる業務の成功の不能と(3)社員総会での4分の3以上の賛成による決議については、医療審議会の意見を聞いたうえでの都道府県知事の認可が必要となります。

特に社員総会の決議による解散の場合は慎重に議事進行を行う必要性があり、手続きが少しでも欠けると解散は無効になってしまいます。

医療法人の解散時の清算手続きと税務

税

医療法第56条の2では、「解散した医療法人は、清算の目的の範囲内において、その清算の結了に至るまではなお存続するものとみなす」とあります。

つまり合併を除き、解散によって直ちに消滅するわけではなく、清算手続きの結了をもって法人格が消滅します。

具体的には、清算の手続きは次の3つです(医療法第56条の7)。

清算の手続き
  • ・現務の結了
  • ・債権の取立て及び債務の弁済
  • ・残余財産の引渡し

清算手続きをした後、都道府県知事に清算の結了を届け出て、法人格が消滅します。(医療法第56条の11)

現務の結了

現務の完了とは、解散前に着手中の事業を完了し、清算することを言います。

具体的にはスタッフとの雇用契約の終了、賃貸物件のクリニックであれば賃貸借契約の解約などが該当します。

一方で、基本的には新たな業務契約を結ぶことはできません。

ただし、解散に必要な書類作成・申請手続きなどを税理士に依頼するなど、医療法人解散に必要な場合に限り、新たな業務契約を結ぶことは可能です。

債権の取立て及び債務の弁済

債権についてはすべて清算します。

所有している事業用の不動産など、売却によって現金化できるものは、すべて現金化して清算します。

また、債務の弁済は、つまり親族や金融機関からの借入金を清算することです。

債務の弁済の際は、官報に医療法人の解散公告を少なくとも債権者に向けて3回掲載する必要があります。

その後に清算結了の登記申請を行い、清算結了の届出を行って、解散手続きが完了となります。

残余財産

持分あり医療法人が解散した場合は、出資した割合に応じて、医療法人の中の財産の返還を求めることができます。

たとえば、500万円の拠出で解散時に医療法人の財産が1億円であれば、1億円の財産の返還を受けることができます。これが出資持分です。(所得税を軽減するため、退職金などで残余財産を少なくする必要はあります)

しかし、これが持分なし医療法人の場合は拠出金である500万円しか返ってきません。

残りの9,500万円に関しては国に寄付することになります。

そのため、持分なし医療法人を解散する際は、毎年の役員報酬額の設定と退職金プランを考えて設計し、残余財産を残さないようにしないといけません。

なお、毎年の役員報酬額を増額しすぎると個人の所得税率が高くなります。役員報酬額を調整して、税率が低い将来の退職金財源にまわすなどの対策が必須です。

持分なし医療法人の解散時に残余財産をなくす

上でお伝えしたように、持分なし医療法人の解散の場合は残余財産の帰属先制限が課題になります。

毎年の役員報酬額の設定と、役員退職時の退職金プランを考えて設計し、残余財産を残さないようにすることが必要です。

毎年の役員報酬額を増額しすぎると個人の所得税率が高くなります。

ですから、役員報酬額を調整して、税率が低い将来の退職金財源にまわすようにすると良いでしょう。

退職金財源にまわす具体的なメリットとして、次の3つの税制上の理由があります。

(1)医療法人では、理事長の退職金を損金に算入することができます。これは個人事業主のクリニックではできないメリットです。

(2)退職金は、以下のように、その他の所得にくらべて税法上優遇されています。

・退職金に対する課税は1/2になります。
【計算式】退職所得の金額=(退職手当等の収入金額-退職所得控除額)×1/2

・勤続年数に応じて「退職金所得控除」が認められています。
【20年以下の場合】40万円×勤続年数(ただし、80万円未満の場合は80万円)
【20年以上の場合】800万円+70万円×(勤続年数―20年)

・退職金は原則として分離課税になります。

(3)理事長が亡くなられた場合、退職金は遺族が有効活用できる資金となります。例えば相続税の納税資金や相続人間の遺産分割調整、理事長個人の債務の返済などです。

しかし、医療法人の役員になっている先生の場合、あまりに高い退職金を設定していると、医療法人の費用と認められず法人税がかかってしまうことがあります。

退職金の積立でよく利用されるのが、法人向きの生命保険ですが、節税等の観点から、生命保険をうまく活用するのもひとつの方法です。

ただし、生命保険の活用は出口戦略を間違うと、本末転倒な結果になるため、どの目的で入るかを慎重に検討する必要があります。

医療法人解散後は税務調査が入りやすい?

医療法人の解散は、医療法人に関わる全資産を清算することになるため、比較的大きなお金が動きやすくなります。

そのため、医療法人の解散時は税務調査が入りやすいと言われています。

医療法人の売却(M&A)も検討を

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ここまでは医療法人の解散(廃業)の話でしたが、最後に、後継者がいない場合に検討したいのは第三者への承継、つまり売却(M&A)です。

医療法人の売却には、旧法の医療法人のままで承継するケースと、新法の医療法人で承継するケースの2パターンがあります。

しかし、新法の医療法人制度のスタートは2007年4月のことなので、まだ承継時期には至っておらず、現状は売却の9割が旧法の医療法人です。

医療機関は地域医療を支える社会的公器としての役割があることから、事業廃止となると地域への影響が大きいものがあります。

そのため、第三者への承継の事例は実際に多く存在しますが、基本的には売り手と買い手の合意した価格になります。

売り手も買い手も合意するような価格であれば、お互いにメリットがあります。例えば…

売り手のメリット
  • ☑スタッフの雇用をそのまま維持できる
  • ☑後継者問題が解消する
  • ☑医院の譲渡金としてまとまった資金を得られる
  • ☑借入金の個人保証や担保を解消できる
買い手のメリット
  • ☑医師・看護師等の人材を一括で確保できる
  • ☑病院立地と認可ベッド数を獲得できる
  • ☑事業基盤の拡大によりスケールメリットを享受できる

医療法人の場合、個人の開業医と違い、経営者を交代させるだけで運営が可能になるので、スムーズな引き継ぎが可能です。

事業承継が医療法人化のきっかけとなった医院もたくさんあります。

こういったことを踏まえれば、ぜひ後継者を紹介してもらうなど売却を検討したいところです。

しかし、売り手と買い手の価格を決定するのは難しい現状があります。

このように、売却にも多くの課題が出てきますから、多くの医療法人の事業承継やM&Aを手がけている税理士等に相談すると良いでしょう。

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解散・廃業を止めてくる顧問税理士も……

STOP

親子承継やM&Aも視野に入れたが、結局いろいろ考えた結果、解散が一番良い選択になることがあります。

承継先が見つからないのであれば解散することもやむを得ず、残余財産の清算などで、一番良い形で解散手続きを完了させることが必要になります。

しかし、そんな状態でも、「まだクリニックを続けませんか?」と言ってくる税理士もいます。

また、医療法人の解散まで詳しい税理士は多くありません。

なぜかというと、医療法人が解散されてしまうと、税理士に入る固定の報酬がなくなってしまうからです。

そのため、医療法人の解散を積極的にサポートしたがらない、興味のない税理士が多い現状があります。

【まとめ】事業承継、M&Aの予定がなければ早めに準備を

医療法人の解散(廃業)の手続きや税務、残余財産について書きました。

個人の医院に比べると、簡単に解散ができない、確定申告に3つの段階があるなど、複雑な要素が多いのがわかると思います。

一方で、医療法人の売却(M&A)であれば、経営者を交代させるだけなので、かなりスムーズに進みます。

医療法人の解散(廃業)は、地域への影響も大きいですから、お子さんが継がなくとも、第三者の承継を検討したいところです。

ですが、どうしても跡を継いでくれる人がいないのであれば解散することになります。

この場合、特に持分なしの医療法人については残余財産がなくなるようにコントロールするのが必須となります。

医療法人の解散については、当社でもサポートしていますから、気軽にご相談ください。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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