義両親の介護に尽くした長男の嫁に遺産相続できるのか?

公開日:2024年7月29日
更新日:2024年7月29日

「義両親の介護に尽くしたのに遺産相続できない……」

高齢の義両親の介護や看病(療養看護)は、今でも「長男の嫁」が担う風潮があります。

ところが、介護した義両親が亡くなった後、長男の嫁は法定相続人にならないため、遺言書が遺っていなければ遺産相続できません。

懸命に介護に尽くしてきた長男の嫁にとっては、不公平感が否めません。

しかし、このケースの場合、2018年の改正相続法により、法定相続人以外である長男の嫁に金銭請求権(特別寄与料)が認められるようになっています。

【特別寄与料が発生する事例】義父の介護に尽くしたB子さん

冒頭でお伝えした特別寄与料について理解するために、1つ事例を示します。

【義父の介護に尽くしたB子さん】

とあるクリニックの前院長のAさんは早くに妻を亡くし、その後長男夫婦と同居していました。

しかし3年前に長男にも先立たれてから元気がなくなり、急速に心身が弱り病気になって数年後に死亡しました。

遺産として、長男夫婦と同居していた自宅の他、かなり多額の預貯金と有価証券がありました。

Aさんの長男の妻であるB子さんは、義父であるAさんの生前、日常生活の世話をしていました。

夫の死亡後も婚家に残り、Aさんの療養看護などに携わり、Aさんが亡くなるまでその介護に尽くしていました。

Aさんには、長男のほかに次男と長女がいましたが、いずれも遠方に住んでいて実家にも正月などで年に1~2回訪れる程度です。

もちろんAさんの介護はまったく行っておらず、B子さん任せの状態。

なお、Aさんは生前に遺言書を遺していませんでした。 この場合の、B子さんの遺産相続について考えます。

B子さんは遺産相続を受け取ることはできない

先ほどの事例の場合、上図の通り、B子さんは法定相続人にはならないので、遺産相続の権利はありません。

後述するように、Aさんが遺言書を遺して、B子さんに財産の一部を遺贈するようにしておけば、B子さんも遺産相続は可能でした。

しかし、Aさんは遺言書を遺していませんでした。

開業医だったAさんはかなり高収入でしたが、浪費癖などもなかったため、相続財産の総額は億単位になっていました。

しかし、それでもB子さんは遺産を一切受け取ることはできず、すべて次男と長女のものになってしまうのです。

せめて義父のAさんが、B子さんに財産を遺贈する旨の遺言書を遺していれば良かったのですが……。

改正相続法により、B子さんは次男と長女に対して特別寄与料を請求できる

介護を全然しなかった次男と長女が遺産を受け取れて、義父の介護に尽くしてきたB子さんが遺産を一切受け取れないのは不公平感があります。

そこで改正相続法では不公平感を解消し、妥当な解決を図るために、法定相続人以外の者の特別寄与が認められることになりました。

改正相続法が反映された民法第1050条1項では、次の記載があります。

被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。

「被相続人の親族」というのは、6親等内の血族、配偶者および3親等内の姻族(婚姻によって発生する親族)のことを指します。

B子さんの場合は、Aさんの1親等姻族に該当します。

しかもAさんの長男である夫が死亡しても姻族関係終了の意思表示をしていないので、Aさんとの姻族関係は継続しています。

つまり、B子さんは「被相続人の親族」という条件にあてはまるので、特別寄与料を次男と長女に請求できることになります。

注意したい点は、特別寄与料を請求できる条件が、『被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした』という点です。

民法では、次の条文があります。

・直系血族および同居の親族は、互いに扶(たす)け合わなければならないこと(民法730条)

・直系血族および兄弟姉妹は、互いに扶養する義務があること(民法877条)

したがって、特別寄与料を受け取るには、民法で定められた範囲を超えた特別なものと認められるようなものでなければなりません。

例えば、B子さんはもともと仕事をしていたが、離職してAさんの介護に専念していたのであれば、特別寄与の条件を満たすと考えられます。

また、病弱なAさんの日常生活を援助するために、B子さん自らが介護士や家政婦さんを雇った場合も特別寄与を認められやすいでしょう。

ただし、B子さんがすでにAさんから生前に相当の対価を受け取っている場合は、特別寄与料の請求はできません。 あくまで、B子さんがAさんから何も財産を受け取っていないことが前提となります。

特別寄与料には明確な基準はないが目安はある

「特別寄与料はいくら請求できるのか?」は気になるところですが、法的に明確な基準があるわけではありません。

ただ、それでは遺産分割協議で揉める可能性は高いので、目安はあります。

B子さんのように、被相続人の介護(療養看護)をしていた場合は、次の計算式が目安となります。

特別寄与料=介護報酬基準額×介護に充てた日数×裁量割合(0.5~0.8)

介護ではなく、被相続人の家事に従事していたような場合など、状況に応じて目安となる計算式は変わってきます。

なお、特別寄与料は、遺産総額から遺贈価額を除いた金額(遺言によって与えられた遺産)を超えることはできません。

特別寄与料の支払いを拒否されたらB子さんは家庭裁判所に処分請求できる

B子さんは、Aさんが死亡後、次男および長女に特別寄与料の支払いを請求し、遺産分割協議の中で協議することになります。

しかし、次男と長女から見れば、法定相続人ではないB子さんに遺産の一部を支払うのは納得がいかないかもしれません。

そのため、上図のように、B子さんが次男と長女に特別寄与料を請求しても、次男と長女が拒否することも考えられます。

この場合、B子さんは、家庭裁判所に対して、協議に代わる処分を請求することができます。

前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき、又は相続開始の時から一年を経過したときは、この限りでない。

※民法第1050条第2項

家庭裁判所に持ち込む際は介護など特別寄与の証拠が求められる

遺産分割で特別寄与料について話がまとまらず、家庭裁判所に持ち込むことになれば、B子さんはAさんの介護をした証拠を用意しなければいけません。

家庭裁判所は、寄与の具体的内容や相続財産の状態などを考慮して、特別寄与料の金額を算出するためです。

B子さんの例で言えば、Aさんのカルテ、要介護認定を受けたことを示す書類、財産上の給付をしたなら通帳の写しなどが証拠になります。

また、介護日記を付けておくのも、証拠として有効になることが多いです。

療養看護のために「何にいくら費やしたか」という記録は用意しておいた方がいいでしょう。

特別寄与料には相続税が発生する

特別寄与料については、法定相続人以外への遺贈という扱いになるので、相続税の課税対象となります。

つまり、被相続人の遺産総額が「3,000万円+600万人×法定相続人」を超える場合は、相続税の申告が必要となります。

なお、被相続人の1親等の血族・配偶者以外の人については、相続税額の2割加算が適用されます。

相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続又は遺贈に係る被相続人の一親等の血族(当該被相続人の直系卑属が相続開始以前に死亡し、又は相続権を失つたため、代襲して相続人となつた当該被相続人の直系卑属を含む。)及び配偶者以外の者である場合においては、その者に係る相続税額は、前条の規定にかかわらず、同条の規定により算出した金額にその百分の二十に相当する金額を加算した金額とする。

※相続税法第18条

B子さんのケースでも、2割加算が適用されますし、特別寄与料の多くは2割加算の対象となる点は注意が必要です。

また、法定相続人であれば適用される未成年者控除、障害者控除などの税額控除については、法定相続人以外では適用されません。

特別寄与料以外で懸命に介護してくれた長男の嫁に遺産相続財産を分け与える方法

特別寄与料の請求によって、法定相続人以外である長男の嫁にも相続財産を分け与えることができるようになりました。

しかし先に特別寄与に該当するには条件があり、条件を満たさなければ長男の嫁に財産が行き渡らないことも考えられます。

また、特別寄与料の請求によって遺産分割に新たな争点が生まれることになり、争続の発端になりかねません。

そのため、特別寄与料を請求する必要がなくても、遺された親族が納得する方法で遺産相続することが理想です。

そこで、特別寄与料以外で、確実に長男の嫁へ遺産を遺すためにはどうすれば良いかをお伝えします。

遺言書を作成する

先の事例では、Aさんは遺言を遺していませんでしたが、遺産相続の際は基本的には遺言書を遺しておくことをおすすめします。

争続のケースでは、遺言書がないことが大半です。

長男の嫁に財産を与えたいのであれば、法律に則った形で遺言書を作成し、「B子さんに◯◯の資産を遺贈する」と具体的に明記しましょう。

ただし、あまり多額の遺贈をすると、法定相続人による遺留分侵害額請求が起きる可能性があるので注意しましょう。

また、遺言書に関しての詳細は、次の記事をご覧ください。

【開業医の遺産相続】遺言書の活用、こんなときどうする?

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生前贈与する

もうひとつ有効な相続対策が生前贈与です。生前贈与した財産は遺産分割の対象にはなりません。

生前贈与の場合、かかる税金は相続税ではなく贈与税です。

贈与税といえば、基礎控除額と同額の110万円を毎年贈与して贈与税を無税とする暦年贈与が一般的で、先の事例のB子さんにも適用できます。

しかし開業医の家系など財産が多い場合は、暦年贈与では間に合わないことが想定されます。

そのため、2,500万円まで非課税にできる相続時精算課税制度も考えたいところですが、直系血族でない長男の嫁には適用されない点に注意しましょう。

養子縁組で法定相続人に

長男の嫁を養子縁組にすることで、法定相続人になってもらう方法です。

養子縁組には普通養子縁組と子供の福祉を目的とした特別養子縁組がありますが、相続対策として用いられるのは通常前者になります。

B子さんの事例では、夫であるAさんの長男が先に死亡していますが、養子縁組にすればB子さんはAさんの子供と同じだけの遺産を受け取れます。

ただ、この場合、次男と長女の法定相続分が1/2から1/3に減るため、反発が起きる可能性はあります。

養子縁組する際は、事前に被相続人が法定相続人に自分の想いを話して、納得してもらうようにしておくといいでしょう。

生命保険の受取人

被相続人が加入している生命保険の受取人を長男の嫁にしておく方法です。

死亡保険金は遺産分割とは別の話になり、長男の嫁は死亡保険金に関しては遺産分割協議に参加する必要はありません。

つまり死亡保険金を利用することで、効果的に遺産相続のトラブルを回避しやすくなります

【まとめ】遺産相続では遺言書を作成することが一番おすすめ

療養看護に尽くしていた長男の嫁の相続の話をしました。

相続法改正により特別寄与料を請求できるようにはなりましたが、他の法定相続人が拒否するなど争続に発展する可能性はあります。

もし介護に尽くす長男の嫁にも財産を分け与えたいのであれば、遺言書を作成しておくなど、事前に対策することが一番おすすめです。

相続税を軽減して、円満に遺産相続する方法については、以下の記事も参考にしてください。

【開業医の相続対策】相続税を軽減して円満に遺産相続するための3STEP

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本記事を最後までご覧いただきありがとうございました。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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