【2026年に取り組みたい】医療タスクシフティングとは?メリット・デメリットや具体例を解説


人手不足や医師の業務負担増が続く中、「2026年に向けて、診療体制をどう見直すべきか」と悩む開業医の方も多いのではないでしょうか。
そこで注目されているのが「医療タスクシフティング」です。
本記事では、制度の概要だけでなく、開業医が実務で検討する際のメリット・デメリット、具体例をわかりやすく解説します。
医師の負担を軽減するタスクシフティングとは?

まずは、医師の負担を軽減するタスクシフティングについて、概要をお伝えします。
医師の働き方改革を機に注目されてきたタスクシフティングですが、もっと前から課題としては取り上げられてきました。
タスクシフティングとは、医師の業務を医師以外の医療従事者に移管すること
タスクシフティング(タスクシフト)とは、従来、医師が担ってきた業務の一部を、看護師、薬剤師などの他職種へ移管することです。
医師の業務には、医師でないと対応できないものと、看護師や薬剤師などの医療従事者であれば対応できるものにわけることができます。
後者の業務であれば、できる限り医師以外の医療従事者(コメディカル)に移管するというのがタスクシフティングです。
タスクシフティングの取り組み自体は、医師の働き方改革の施行時に初めて議論されたものではありません。
特に2015年の「特定行為に係る看護師の研修制度」の創設が大きな起点となっています。
特定行為研修を受けた看護師は、人工呼吸器の離脱や気管カニューレの交換など、38の医療行為を実施できるようになりました。
そして、2021年からは、診療放射線技師・臨床検査技師・臨床工学技士・救急救命士についても業務拡大が行われています。
このように、タスクシフティングは単なる業務分担ではなく、特定の研修制度や法改正などに基づき、他職種の業務範囲を拡大する概念を含んでいます。
タスクシフティングとタスクシェアリングとの違い
タスクシフティングと似た言葉に「タスクシェアリング」がありますが、両者は次のように、明確に違う意味を持ちます。
タスクシフティング | 医師の業務を、看護師など他職種に移管すること |
| タスクシェアリング | ある業務を、職種を超えた複数の医療従事者で分け合い、共同で実施すること |
タスクシフティングとタスクシェアリングは、業務を分配する相手と分配内容などが根本的に異なります。
例えば、医師同士が業務を分担することはタスクシェアリングの考え方であり、タスクシフティングではありません。
また、例えば、薬剤師が医師と協働し、事前に取り決めた手順書に基づいて処方提案や抗菌薬のコントロールを行うのも、タスクシェアリングの側面が強いです。
タスクシフティングの取り組みは政府も後押ししている
タスクシフティングの議論は、かなり前から行われているとはいえ、医師の働き方改革による時間外労働の上限規制で、より注目されたのは間違いありません。
現在、すべての勤務医は、原則年間960時間以下、救急医療を担う医療機関や研修医などは原則年間1,860時間以下と定められています。
医師の時間外労働の上限規制により、従来のように医師1人が診療からすべての業務を担うことは困難になってきました。
そこで、厚生労働省は医師の働き方改革を推進するための取り組みの1つに、タスクシフティングやタスクシェアリングを明確に掲げています。

※厚生労働省「医師の働き方改革概要」より抜粋
後述するように、厚生労働省は上記の対策を後押しするように、診療報酬改定や補助金でタスクシフティングの導入を支援しています。
医療機関におけるタスクシフティング4つのメリット

タスクシフティングを適切に導入することは、単に医師の労働時間を短縮するだけでなく、医療機関の経営上、多くのメリットをもたらします。
医師の負担を軽減して長時間労働を是正できる
最大のメリットは、院長先生ご自身の負担軽減により、長時間労働を是正できることです。
医師がこれまで行ってきた事務作業や、医師以外でもできる医療行為を看護師や薬剤師などに移管することで、単純に負担が軽減します。
その結果、医師は本来の診療に集中できるようになったり、長時間労働が是正されたりすることになります。
業務効率化により人材不足が解消される
タスクシフティングにより、少ない人数で、時間外労働もなく多くの業務をこなせるようになるので、人手不足の解消につながります。
医師に集中していた業務を他職種に適切に分散することで、医療機関全体の業務プロセスが効率化されるためです。
さらに、労働環境が改善されることは、職場全体の満足度向上にもつながり、離職率が低減して、採用活動も有利に進められます。
うまくいけば、末永く働いてくれる理想のスタッフを集められるようになるでしょう。
残業代削減や最適な人員配置によって人件費が削減される
医師やスタッフの残業(時間外労働)が削減されることで、医療機関が支払うべき残業代(時間外手当)を削減できます。
また、業務効率化によって少人数で質の高い医療体制を維持できるため、長期的な人件費の削減にもつながるでしょう。
誰か医師やスタッフが退職しても、慌てて誰かを採用する必要がなくなるかもしれません。
スタッフの専門性発揮による医療の質向上
タスクシフティングを導入することによって、医師は専門となる診療に専念できるようになります。
医療技術が進展して、医師に求められるスキルが高まっているなか、専門分野に集中できる体制は不可欠です。
一方、医師の業務が他職種へ移管されることで、各職種が自らの専門性を最大限に発揮できるようにもなります。
例えば、薬剤師が専門知識を活かして服薬指導や処方提案を行ったり、看護師が特定行為研修などで高度な知識を習得したり、より質の高い患者ケアを行えます。
医療機関におけるタスクシフティング3つのデメリットと対策

タスクシフティングはメリットばかりではありません。
タスクシフティングの導入には、次のようなデメリットがあり、各々対策を講じて入念に準備する必要があります。
スタッフへの教育・研修の初期負担が生じる
タスクシフティングを導入するにしても、スタッフが安全かつ確実に業務を遂行するための教育・研修は必須です。
スタッフに、移管した業務を丸投げしようとしても、最初から理解してくれるわけではありません。
業務を理解できないまま移管しても、かえって医療の質の低下を招くことになります。
特に看護師の特定行為などは、国が定める研修を受講する必要があります。

詳しくは、「看護師の特定行為研修制度ポータルサイト」をご覧ください。
また、院内でもスタッフ教育の時間を割いたり、誰でもスムーズに業務ができるようにマニュアル(手順書)を整備したり、教育体制を整える必要があります。
導入初期に混乱や反発が起きやすくなる
タスクシフティングの導入初期は、スタッフ間に一時的な混乱や反発が生じる可能性があります。
先ほどお伝えしたように、教育体制を整備することはもちろん、タスクシフティングの成否は院長先生とスタッフとの信頼関係にも強く依存します。
風通しの悪い、ギスギスした雰囲気の職場では、タスクシフティングを導入しようにもスタッフから反発されかねません。
スタッフマネジメントができている医療機関ほど、タスクシフティングはスムーズになります。
具体的には、以下の記事をご覧ください。
業務移管されたスタッフの負担が増える可能性がある
タスクシフティングは、医師の業務負担や労働時間を削減して、医療機関全体の業務生産性を向上させるために推奨されています。
しかし、業務移管されたスタッフにとっては業務負担が増大することになり、より人手不足の問題が起きるかもしれません。
スタッフの人員やスキルに合わせて、どのような業務を割り振るかを、都度考える必要があります。
いきなり移管できる業務をすべて移管するのではなく、段階的にタスクシフトすることも検討が必要でしょう。
【職種別】医療機関で導入可能なタスクシフティング具体例

具体的にどのような業務をどの職種に移管するか、具体例をお伝えします。
医療クラークへの業務移管
まずは、医療クラークへのタスクシフトです。
・カルテの代行入力
・レセプトの作成
・診断書や紹介状など、各種書類の作成
・診療実績のデータ整理、症例データの作成
・勤務シフトの作成
・患者さんの誘導
・検査などの説明や同意取得
医療クラークへのタスクシフトは医療行為ではなく、患者さんの安全に関わるところではないので導入しやすい特徴があります。
医療クラークの人手にもよりますが、なるべく業務移管することで、速やかな医師の負担軽減につながります。
看護師への業務移管
看護師は法令で認められている業務範囲が広く、例えば次のような業務ができます。
・予め特定された患者に対し、事前に取り決めたプロトコールに沿って、医師が事前に指示した薬剤の投与、採血・検査の実施
・救急外来において、医師が予め患者の範囲を示して、事前の指示や事前に取り決めたプロトコールに基づき、血液検査オーダー入力・採血・検査の実施
・画像下治療(IVR)/血管造影検査等各種検査・治療における介助
・注射、ワクチン接種、静脈採血(静脈路からの採血を含む)、静脈路確保・抜去及び止血、末梢留置型中心静脈カテーテルの抜去及び止血、動脈ラインからの採血、動脈ラインの抜去及び止血
・尿道カテーテル留置
※日本医師会「都道府県医師会医師の働き方改革担当理事連絡協議会」より抜粋
さらに、「特定行為研修」を修了した看護師は、医師の包括的な指示と手順書に基づき、次のような、高度な38の医療行為が可能です。
・経口用気管チューブ又は経鼻用気管チューブの位置の調整
・侵襲的陽圧換気の設定の変更
・非侵襲的陽圧換気の設定の変更
・人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整
・人工呼吸器からの離脱
・気管カニューレの交換
・一時的ペースメーカの操作及び管理
・一時的ペースメーカリードの抜去
・経皮的心肺補助装置の操作及び管理
・大動脈内バルーンパンピングからの離脱を行うときの補助の頻度の調整
・心嚢ドレーンの抜去
・低圧胸腔内持続吸引器の吸引圧の設定及びその変更
・胸腔ドレーンの抜去
・腹腔ドレーンの抜去(腹腔内に留置された穿刺針の抜針を含む。)
・胃ろうカテーテル若しくは腸ろうカテーテル又は胃ろうボタンの交換
・膀胱ろうカテーテルの交換
・中心静脈カテーテルの抜去
・末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入
・褥瘡又は慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去
・創傷に対する陰圧閉鎖療法
・創部ドレーンの抜去
・直接動脈穿刺による採血
・橈骨動脈ラインの確保
・急性血液浄化療法における血液透析器又は血液透析濾過器の操作及び管理
・持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整
・脱水症状に対する輸液による補正
・感染徴候がある者に対する薬剤の臨時の投与
・インスリンの投与量の調整
・硬膜外カテーテルによる鎮痛剤の投与及び投与量の調整
・持続点滴中のカテコラミンの投与量の調整
・持続点滴中のナトリウム、カリウム又はクロールの投与量の調整
・持続点滴中の降圧剤の投与量の調整
・持続点滴中の糖質輸液又は電解質輸液の投与量の調整
・持続点滴中の利尿剤の投与量の調整
・抗けいれん剤の臨時の投与
・抗精神病薬の臨時の投与
・抗不安薬の臨時の投与
・抗癌剤その他の薬剤が血管外に漏出したときのステロイド薬の局所注射及び投与量の調整※厚生労働省「特定行為とは」より抜粋
臨床検査技師への業務移管
臨床検査技師へのタスクシフトは次の通りで、外来業務の効率化に直結します。
・心臓・血管カテーテル検査、治療における直接侵襲を伴わない検査装置の操作(超音波検査や心電図検査、血管内の血圧の観察・測定等)
・病棟・外来における採血業務(血液培養を含む検体採取)
※日本医師会「都道府県医師会医師の働き方改革担当理事連絡協議会」より抜粋
診療放射線技師への業務移管
診療放射線技師への業務移管は次の通りです。
・血管造影・画像下治療(IVR)における医師の指示の下、画像を得るためカテーテル及びガイドワイヤー等の位置を医師と協働して調整する操作
・医師の事前指示に基づく、撮影部位の確認・追加撮影オーダー(検査で認められた所見について、客観的な結果を確認し、医師に報告)
※日本医師会「都道府県医師会医師の働き方改革担当理事連絡協議会」より抜粋
臨床工学技士への業務移管
c医療機器のスペシャリストである臨床工学技士は、次のようなタスクシフティングがあります。
・手術室、内視鏡室、心臓・血管カテーテル室等での清潔野における器械出し(器材や診療材料等)
・医師の具体的指示の下、全身麻酔装置の操作や人工心肺装置を操作して行う血液、補液及び薬剤の投与量の設定等
※日本医師会「都道府県医師会医師の働き方改革担当理事連絡協議会」より抜粋
薬剤師への業務移管
薬剤師のタスクシフティングは、調剤のほか、プロトコールに沿って処方薬剤を変更したり、医師への処方提案をしたりすることも求められます。
・手術室・病棟等における薬剤の払い出し、手術後残薬回収、薬剤の調製等、薬剤の管理に関する業務
・事前に取り決めたプロトコールに沿って、処方された薬剤の変更(投与量・投与方法・投与期間・剤形・含有規格等)
・効果・副作用の発現状況や服薬状況の確認等を踏まえた服薬指導、処方提案、処方支援
※日本医師会「都道府県医師会医師の働き方改革担当理事連絡協議会」より抜粋
服薬状況の把握や投薬に関しては、看護師から薬剤師への業務移管にもつながるので、看護師の業務負担軽減にもつながります。
医療タスクシフティング導入を成功させる5つのポイント

タスクシフティングのメリット・デメリットや、具体的な業務移管例を踏まえて、導入を成功させる重要ポイントをお伝えします。
大病院だけでなく、特に業務負荷が院長先生に偏っている医院・クリニックは、検討の余地があります。
現状の業務を可視化して移管できる業務を書き出す
院長先生や、勤務している医師の先生が行っている業務をすべて書き出します。
その中から、医師でないとできない業務と、医師以外でもできる業務を明確に分けます。
そして、医師以外でもできる業務について、誰に、どのように移管していくかを検討していきましょう。
その際、医師以外のスタッフが、どれくらい余力があるか、スキルがどれくらいあるかを総合して考える必要があります。
役割分担を明確にして適正に業務を振り分ける
移管できる業務が明確になったら、各職種の役割分担を明確にして、業務をスタッフに振り分けていきます。
適正な量を配分せず、特定のスタッフの業務負担が大きすぎるようになれば、タスクシフティングはうまくいきません。
場合によっては、業務負担が大きいスタッフが不満を持ち、離職することもあり得ます。
また、役割分担を曖昧にしてしまうと、業務が抜け落ちてしまったり、責任の所在がわからなくなったりすることがあります。
少人数のクリニックであっても、できるだけ役割分担を明確にしておきましょう。
AIを活用してプロトコールやマニュアルを作成する
タスクシフティングでは、プロトコール(手順書)やマニュアルを整備する必要が出てきます。
マニュアルがあれば教育・研修もスムーズに進みますが、一から作ろうとするのはどうしても時間がかかります。
そこで、ChatGPTやGeminiなどを活用して、マニュアルを短時間で作成することも検討しましょう。
また、プロトコールやマニュアルなどをもとに、Gensparkなどで研修スライドを作成するのも有効です。
1回の指示出しで完璧なマニュアルを作成することは、まずありませんが、悩むことなく効率的に作成できます。
教育・研修資料には動画も活用する
教育・研修資料は、テキストだけでなく、動画も活用するのも1つの手です。
テキストで一つひとつ手順を説明するより、動画で撮影したものをスタッフに見せた方がわかりやすいことがあるためです。
また、テキストでは作成に時間がかかるものでも、動画であれば「撮影して終わり」ということもあり、マニュアルを作成する方の負担も軽減されます。
今はAIによる文字起こしの精度も上がってきています。
動画を撮影して、AIで文字起こし~マニュアル作成まで行えば、かなり効率的に資料作成ができるでしょう。
患者さんの安全を確保する
タスクシフティングでは、患者さんの安全を確保することが一番大切です。
タスクシフティングで、業務効率化と人員の適正化を図るのは重要ですが、業務移管によって医療の質が下がるものになってはいけません。
医師から多職種に業務移管することで、患者さん側が不安に思うこともあり得ます。
スタッフの余力やスキルを考慮して、時間をかけて段階的にタスクシフティングを行う必要があります。
【まとめ】医療タスクシフティングで業務効率化と人員の適正化を図る
タスクシフティングは、業務効率化と人員の適正化を図れると同時に、スタッフが専門性を発揮して医療の質を上げられることが期待されます。
しかし、一方で看護師などの業務負担が大きくなったり、スキルが追いつかなくなったりして医療の質を落とすことになりかねません。
患者さんへの安全性を損なうことになれば本末転倒です。
また、スタッフの理解を得られないままタスクシフティングを進めようとすると、混乱や反発を招く可能性もあります。
院長先生や医師、スタッフの余力やスキルを考えながら、教育・研修などを通して段階的にタスクシフティングを行う必要があります。
タスクシフティングを行うには、計画的なスタッフマネジメントが求められます。
最後までご覧いただきありがとうございました。




監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。


