医療法人の役員報酬の設定方法や注意点は?上限はあるのか?


役員報酬の設定については、医療法人化を控えている開業医の先生であれば、必ず検討しておかないといけないことです。
とは言っても、一般的な役員報酬の設定基準がわからないと、どのように設定すれば良いかわからないものです。
個人開業医の収入やスタッフの給料とはまた違った考え方になるので、よく検討しなければいけません。
そこで、今回は医療法人の役員報酬について、設定方法や注意点、上限などについてお伝えします。
医療法人の役員報酬を損金算入する際の注意点

医療法人の役員報酬とスタッフへの給料の大きな違いの1つが損金算入です。
スタッフへの給料は、基本的に全額経費として損金参入できます。
しかし、役員報酬についてはルールに従って支払わないと損金算入ができなくなってしまうことがあります。
これは、役員報酬によって医療法人全体の利益をコントロールして、意図的に法人税を節税することを防ぐためです。
役員報酬を損金算入するためには、次のいずれかの条件を満たさないといけません。
概要 | 経営悪化時の減額 | |
定期同額給与 | 事業年度内は毎月同じ金額を増減なく支給 | 〇(可) |
事前確定届出給与 | 役員給与の支給時期や支給金額をあらかじめ定めて税務署に届け出る | ×(不可) |
事前確定届出給与は、経営が悪化していても定めた金額を支払わないといけないリスクがあります。
そのため、多くの医療法人では定期同額給与を条件として役員報酬を支払っています。
定期同額給与ということは、節税目的などで無闇に役員報酬を増減させてはならないということです。
具体的には、役員報酬を増減するには次のいずれかに該当しないといけません。
・事業年度開始の日から3ヶ月以内の改定であること
・役員の職制上の地位、職務内容の変更など臨時改定事由に該当すること
・経営が悪化して止むなく役員報酬を減額せざるを得ない状況であること
このように、役員報酬は頻繁に変更ができないので、あらかじめよく検討して設定しておく必要があります。
役員報酬の損金算入の詳細は、以下の記事をご覧ください。
医療法人の役員報酬6つの設定方法

医療法人の役員報酬とは言っても、大まかに「〇〇〇〇万円くらい」といった明確な目安や基準はありません。
また、特に役員報酬には上限が定められているわけではないので、ある程度は自由に設定することができます(ただし、特定医療法人の場合は役員報酬の上限が年間3,600万円です)。
とはいえ、税金対策や、私生活で必要な金額など様々なことを考慮して役員報酬を決めなければいけません。
また、職位、職務内容、勤務実態に見合った役員報酬でなければ一部損金算入ができない可能性があります。
特に、持分あり医療法人で認定医療法人制度の利用を検討している場合は、不当に高額な役員報酬の場合は認定要件を満たさないので注意が必要です。
法人税と所得税のバランスを考慮して役員報酬を決定する
役員報酬を考える際に、大きな目安の1つになるのが、法人税と所得税のバランスです。
例えば役員報酬を先生に支払った場合、法人税は節税になりますが、先生個人に所得税がかかってきます。
法人税は所得800万円以下なら15%、800万円超は23.2%の税率が適用されます。
一方で、所得税は所得が上がるごとに税率が高くなり、最大で45%かかります。
所得金額 | 税率 | 控除額 |
0~195万円 | 5% | 0円 |
195~330万円 | 10% | 97,500円 |
330~695万円 | 20% | 427,500円 |
695~900万円 | 23% | 636,000円 |
900~1,800万円 | 33% | 1,536,000円 |
1,800~4,000万円 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円以上 | 45% | 4,796,000円 |
※国税庁「所得税の税率 」を元に作成
実際にシミュレーションしてみて、法人税と所得税のバランスを見てから役員報酬を考えるようにしましょう。
なお、家族を役員にする場合は所得分散が可能になります。
理事長先生が1人で3,000万円の役員報酬を受け取ると40%の所得税がかかります。
一方で理事長先生と奥様が1,500万円ずつ役員報酬を受け取るようにすると、所得税率が33%に下がります。
ただ、職務内容に見合った報酬でないと、法人税の損金算入ができなくなる可能性がある点は注意してください。
医療法人の家族経営については、以下の記事を参考にしてください。
私生活で必要な金額をもとに役員報酬を決定する

個人開業医の先生であれば医業収入のなかからある程度自由にお金が使えましたが、医療法人となると、そうはいきません。
私生活で必要な金額を考えて役員報酬を決定して、そのなかから家賃(もしくは住宅ローン)、教育費、生活費などをやりくりしなければいけません。
高い役員報酬であればあるほど、先生の生活は楽になりますし、他の役員もモチベーションを上げて業務を行うことができます。
ただ、あまり役員報酬が高すぎると所得税の税率が上がってしまう点は注意が必要です。
また、あまり役員報酬が大きくなれば、当然医療法人内のキャッシュが減るので、設備投資やスタッフ採用、事業展開に費用をかけることができなくなります。
先ほどお伝えしたように、家族の所得分散なども検討しながら慎重に検討しなければいけません。
役員報酬では税金対策と生活で必要な金額のバランスをいかに取るかが重要になってきます。
職務内容に見合わない高額な役員報酬を与えない

先ほどもお伝えしたように、役員報酬が職位や職務内容に見合わない場合は、損金算入できない可能性があります。
特にご家族を役員に入れている場合、所得分散目的で高額な役員報酬を与えていないかはよくチェックされます。
役員間で、役員報酬に不自然な大きな差がある場合も根拠がない限りは損金算入ができない可能性があります。
正当な役員報酬であると証明できる資料などは、必ず保管しておくようにしてください。
できれば、役員報酬の具体的な計算方法なども残しておくと良いでしょう。
類似の医療法人の役員報酬を参考にする
役員報酬の目安や上限はないのですが、類似の医療法人の役員報酬を参考にすることがあります。

具体的には、エリア、診療科目、経営規模、設立年数などが似ている医療法人を参考にします。
大きく外れていなければ、過大な役員報酬によって損金算入ができなくなることもなくなります。
しかし、医療法人の役員報酬は一般的に公開されているものではありません。
役員報酬に関するデータが欲しければ、都道府県に定款の閲覧を申請するか、該当する医療法人に直接問い合わせる必要があります。
また、他の医療法人のデータはあくまで参考値なので、基本的には最寄りの税理士と相談して役員報酬を設定するようにしてください。
前年の利益額に2ヶ月分の経費を引いた分を目安とする
これもあくまで目安ですが、前年の利益額に2ヶ月分の経費を差し引いた範囲内で、全役員の役員報酬の総額を決める手もあります。
2ヶ月分の経費としている根拠は、最低でも2ヶ月分の医院・クリニックの運転資金を確保した方が良いというものです。
そのため、大きな設備投資や事業展開を控えている場合は、あまり目安にはなりません。
医療法人の資金繰りが苦しくならないように、ある程度余裕を持った役員報酬の設定が必要です。
認定医療法人制度を活用する場合は3,600万円を目安にする
認定医療法人制度を活用して、持分なし医療法人への移行を検討している先生は、役員報酬の額には注意しなければいけません。
認定医療法人制度とは、持分あり医療法人が持分なし医療法人へ移行する際に、相続税や贈与税の免除の税制優遇を受けられる制度です。
持分あり医療法人であれば、検討している先生もいらっしゃると思います。
ただ、注意したい点が、認定医療法人制度の認定要件の1つに、「役員報酬が不当に高額でないこと」というものがあることです。
正式に上限が定められているわけではないですが、特定医療法人の上限である3,600万円が目安とされています。
勤務実績や職務内容から不自然でなければ、3,600万円以上でも要件を満たす可能性はあるものの、現実的には簡単ではありません。
認定医療法人制度の申請をする先生は、場合によっては役員報酬の減額が必要なこともあります。
【まとめ】医療法人の利益とバランスを取って適正な役員報酬を設定する
以上、医療法人の役員報酬の設定方法についてお伝えしました。

役員報酬は、まずは法人税と所得税のバランスを見て適正な役員報酬を設定することが基本となります。
あまり役員報酬が少なすぎても、先生や他役員の生活が成り立ちません。
逆に役員報酬が多すぎると所得税の負担が大きくなりますし、医療法人の利益剰余金が減ってしまうことになります。
また、役員報酬には上限はないものの、不当に高額の場合は損金算入できない可能性があります。
医療法人の円滑な経営が可能で、しかも先生や役員が満足できる適正な役員報酬を決めるようにしてください。
最後までご覧いただきありがとうございました。


監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。