【医業承継】医院・クリニックの出口戦略を考える3STEP
開業医の先生に「いつまで医師を続けたいですか?」と聞くと「生涯現役」と答える先生もいれば、「○歳までにリタイアしたい」という方もいます。
最近は早期リタイアを検討される先生も増えていますが、どちらかというと生涯現役を希望される先生が多いです。
いかし、いずれにしても医業承継する時期はやってきます。
生涯現役としても、万が一のことは誰も予測できません。
無計画で突然相続が発生すると、残されたご家族の相続税負担が大きかったり、遺産分割で揉めたりします。
もし、後継者不在であれば、せっかく築きあげた医院・クリニックを閉院・解散せざるを得ないこともあります。
日々の診療が多忙のなか、医業承継対策は後回しになりがちですが、次の手順で医師としての出口戦略をしっかり考えておくことが大切です。
【STEP1】院長先生の引退時期と資産形成について検討する
【STEP2】誰に医業承継するのか、もしくは閉院・解散するのか検討する
【STEP3】相続税や遺産分割の対策をする
早い時期にご自身の出口戦略を考えて、誰に医業承継するかを検討しましょう。
【STEP1】院長先生の引退・医業承継時期と必要な老後資金を考える
クリニックの出口戦略には、大きく分けて院長先生ご自身と医院・クリニックがあります。
前者は、院長先生が引退・医業承継する時期に、どれだけの老後資金が必要かを考えます。後者は、誰に自分の医院・クリニックを承継するかといったことを考えます。
まずは、前者の院長先生ご自身の出口戦略を検討します。
特に早期リタイアを検討している先生は、ご自身の引退と医業承継時期を定めて、何らかの方法で老後資金を形成していく必要があります。
引退時に必要な金額と月々の貯蓄・投資額を算出する
例えば、70歳で後継者に承継してリタイアしたいという出口戦略を考えてみます。
その場合、まずは70歳までに先生が生涯暮らしていける老後資金が形成されていることが必要です。
資産形成の考え方は、勤務医の先生、経営者の立場である開業医の先生では少し異なります。
ただ、引退年齢時の目標とする総資産から逆算して、月々の貯蓄額を定めていくという点では共通しています。
もちろん、ただ銀行に貯金しておくだけでなく、資産運用を検討する余地もあります。
上図のように現在40歳で、30年後の70歳まで老後資金を5,000万円用意しておくなら、年利5%とした場合でも月々約6万円の貯蓄が必要となります。
特に生涯現役ではなく、早期リタイアを目指すのであれば、上記の考え方が基本となります。
資産運用の方法としては、iDeCoや新NISA、貯蓄型の保険など様々です。
預金と違って、資産運用の場合は年利が高いほどリスクが大きくなるので、計画的に積み立てていくようにしましょう。
iDeCoや新NISAについては、以下の記事をご覧ください。
月々の貯蓄額と生活費等から逆算して医業収入と支出を考える
月々の貯蓄・投資額を決めたら、最低でもその分は毎月貯蓄しなければいけません。
開業医の先生であれば、医業収入から支出を差し引いた、資産形成のための月々の貯蓄、生活費や養育費、住宅ローンの返済分を残しておく必要があります。
そのため、上図のように先生が月々で手元にいくら残すか決めて、事業計画で医業収入や支出を決めておくことが重要です。
多くの開業医の先生は、医業収入から支出を差し引いた残りを生活費や貯蓄を残すと考えがちですが、それではなかなか手元に残りません。
手元にいくら残すか決めておかないと、ついついお金を使ってしまうためです。
つまり、次のように逆算して事業計画を日々考えていく必要があります。
①老後の資産形成や子どもの教育費などを貯めるための月々の貯蓄・投資額を決める
②月々の住宅ローンや家賃を把握する
③月々にかかる家族の生活費などを算出する
④①~③をもとにクリニックで許容できる毎月の支出を算出する
⑤①~④の支出に耐えられる現実的な医業収入を目標とする
詳細は、以下の記事をご覧ください。
【STEP2】誰に医業承継するのか、閉院・解散するのかを決める
次に、ご自身の医院・クリニックを誰に医業承継するのかを決めます。
医業承継する場合、親子承継が厳しければM&Aを検討することになりますが、親子承継もM&Aも厳しい場合は閉院・解散も検討の余地があります。
後継者不在の問題は、医療業界に限らず、多くの中小企業が抱えている問題です。
ただ、帝国データバンクの全国後継者不在率動向調査(2023年) によれば、医療業の後継者不在率は65.3%となっており、全国平均より高い水準になっています。
以前に比べると「医師の子は医師になる」という時代でもなくなり、医師のお子さんが医学部に進学しないケースも増えてきています。
このような背景もあり、現在医院・クリニックのM&Aのケースは増えています。
一方、資金リスクの少ない承継開業に関心を示す医師が増えているので、今後もM&Aのケースは増えていくと考えられます。
親族内承継にしても、M&Aにしても、承継する際は労務や財務状況の改善などで、気持ちよく継いでもらうことが大切です。
また、後継者がいないという理由で閉院・解散する医院・クリニックも増えていくと推測できます。
後述するように、閉院・解散もデメリットばかりではなくメリットもあります。
様々な選択肢のなかから、ベストな選択ができるように早めに動き出しましょう。
なお、生涯現役を目指している先生は、承継後に勤務医として同じ医院・クリニックで承継するのも1つの手です。
親族か医院内の勤務医に承継
医院・クリニックを継ぐ意思がある親族がいるなら、まずは親族内承継を検討します。
ただ、親族内承継ができるのは、次の場合に限ります。
①医師のお子様がいる(もしくは医学部に進学している)
②お子様が先生の医院・クリニックを継ぐ意志がある
この2点に加えて、親子で診療科目が同じ場合は親族内承継の敷居はかなり下がります。
診療科目が違う場合は、医療機器や内装を一新しなければならず、多額の資金が必要となってしまいます。
以上のことから、親族内承継が難しいなら、一緒に働いている勤務医に承継することも検討するといいでしょう。
親族内承継で気を付けないといけないのは、遺産相続時に親族間で争いが起きやすい点です。
よく争族が起きるケースの1つ目が、先生のクリニックを継いだ医師の子と非医師の子がいる場合です。
特に持分あり医療法人の場合は、出資持分が大きくなりがちで遺産分割に偏りが発生しやすく、医師と非医師で不公平が生じやすくなります。
また、出資持分は換金性がないので、非医師の子から遺留分を請求された場合は、医師の子が自分のポケットマネーから支払いをしないといけません。
公正証書遺言を遺しておくことはもちろん、出資持分に関わる対策や、賃貸不動産や生命保険を活用した相続対策が必要となります。
また、医師の子が2人以上いる場合も注意が必要です。
「どちらに医業承継するか?」という話で揉めたり、医院経営に対する考えの違いで、兄弟間で対立が発生しやすくなったりするためです。
兄弟間の対立によって、院内の雰囲気がギスギスしたり、運営の方針が決まらなかったりして、医院経営に悪影響を及ぼす可能性があるので注意しましょう。
M&A(第三者承継)
医師の子がいないなど後継者不在が明確な場合は、医業承継=M&Aとなるので、なるべく早くM&Aを検討しましょう。
先ほどもお伝えしたように、開業時のコストを削減できて、スタッフや医療機器もすべて引き継げる承継開業に関心を示す勤務医は増えています。
後継者が決まっていない個人の医院・クリニックは、売上規模にもよりますがスムーズな承継のために医療法人化を検討しましょう。
個人開業の医院・クリニックは、院長先生が亡くなると廃業するしかありません。
しかし、医療法人化しておくと、後継者が見つかるまでに、非医師の奥様が一時的に理事長になることで、医院存続が可能です
【医療法第46条の6】
医療法人(次項に規定する医療法人を除く。)の理事のうち一人は、理事長とし、医師又は歯科医師である理事のうちから選出する。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合は、医師又は歯科医師でない理事のうちから選出することができる。
医療法第46条の6から、原則として医療法人の理事長は医師もしくは歯科医師となります。
しかし、都道府県の認可の手続きをした場合は、非医師の方でも理事長になることが認められます。
ただ、各都道府県で、理事長に選出できる条件や手続き方法に若干違いがあるので、詳細は各自治体の窓口に確認してください。
また、医療法人化すると財務状況がクリアになるので、納得して買い手に売却しやすくなります。 実際、医療法人化した3年後にM&Aを行い、ご自身は役員報酬や退職金を受け取り、他県でクリニックを新規開業したケースがあります。
【開業医の先生インタビュー】70歳を超える前にクリニックを良い先生にお譲りし、患者さんをしっかり継承したいと思いました(廣澤彰先生)
ただ、買い手は承継前の医療法人が負っている負債や、診療に関する法的責任、財務や労務管理をそのまま引き継ぐことになります。
これらの問題が残っている状態では、買い手にとってはリスクとなるので営業権に悪影響が出たり、承継に難色を示されたりするので注意が必要です。
ここ数年、M&Aの需要が高まったことに伴い、医療業界でもM&A仲介業者は増加傾向にあります。
しかし、医院・クリニックのM&Aは、医療、法律(医療法、会社法、民法)、税務、労務など様々な分野で高度な知識が必要です。
売り手、買い手両方が納得して合意するためにも、医業のM&A経験が豊富な専門家に依頼しましょう。
なお、医院・クリニックのM&Aについては、以下の記事をご覧ください。
閉院・解散
親族内承継もM&Aも難しい場合は、閉院・解散を選択することになります。
実際、時代の変化とともに患者さんのニーズがなくなり、経営状態が悪化している場合は閉院・解散することがあります。
また、閉院・解散の場合は、医業承継と違って先生の好きなタイミングで辞められる点がメリットとなります。
特に健康上の問題や経営不振で診療継続が厳しい場合や、早期にリタイアしたい場合は閉院・解散も1つの選択肢です。
しかし、閉院するにしても建物の取り壊しなどで1,000万円以上のコストがかかってしまいます。
また、患者さんの引き継ぎやスタッフの転職についても考える必要があり、対応するタスクが思った以上に多いです。
詳細は拙著「閉院マニュアル~閉院判断から手続きまで~ 」をご覧ください。
【STEP3】相続税や遺産分割の対策をする
開業医の先生の場合、相続と医業承継はセットで考えないといけません。
開業医の先生の遺産相続は総資産が大きいことに加え、預貯金以外の不動産や医療法人の出資持分などが絡んで複雑になることが多いです。
資産が多ければ相続税は大きくなりますし、資産状況が複雑であれば、相続人間で争いが起きてしまいます。
相続税や遺産分割の対策について、早期に検討しておく必要があります。
具体的には、次のことを行っていきましょう。
①相続税のシミュレーションをする
②不動産や生命保険などで相続対策をする
③公正証書遺言やエンディングノートを作成する
詳細は、以下の記事をご覧ください。
【まとめ】医業承継や相続対策は早めに動き出す
院長先生ご自身と、医院・クリニックの出口戦略を考える3STEPをお伝えしました。
相続や医業承継の問題は、つい後回しにしがちですが、ご自身の残された人生やご家族はもちろん、地域医療の存続に大きく関わることがあります。
院長先生や医院・クリニックの将来を見据えて、早めに動き出すようにしましょう。
なお、医業承継や相続については、各々によって最適な方法が違うので、詳しくは医業承継に詳しい専門家に相談するようにしてください。
最後までご覧いただきありがとうございました。
監修者
笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号
1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。
医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。