【医療法人の遺産相続】医師の子と医師でない子の争いを防ぐには?

公開日:2019年11月18日
更新日:2024年4月9日

医療法人の遺産分割には、問題が起きやすいパターンがいくつかあります。

そのうちの1つが旧法の持分あり医療法人の遺産分割問題です。もしお子様が1人だけであれば医療法人でも遺産分割で揉めることは少ないでしょう。

問題なのは2人以上お子様がいて、しかも医師になって医療法人の後継者になる子と、医師にならなかった子がいる場合です。

この場合は、どのように相続財産を引き継いでいくか非常に難しい判断になります。

遺産の中に現金預金や有価証券などが十分あれば、平等に分けることも可能でしょうが、遺産のほとんどが医療法人となる場合は平等に分けるのが難しくなります。

持分あり医療法人の場合、クリニックを存続できないことも・・・・・・

医師の子と医師でない子に相続に偏りが出る主な原因は持分あり医療法人の出資持分です。

医療法人の出資持分は株式会社で言うところの持ち株に当たりますが、持ち株と大きな違いがあります。

それは出資持分には配当が禁止されているという点、そして「一部を売却して現金化する」ということができない点です。

ただでさえ、医療法人を承継する子でなければ出資持分を相続しても使い道がありません。

医師でないのに、クリニックの設備や医療機器を資産として持っていても意味がないでしょう。さらに配当が禁止されているわけですから、ますます旨味がないです。

メリットがないわけですから医師でない子が医療法人の出資持分を相続するようなことはほとんどないでしょう。

また、もし医師でない子に出資持分を譲ると、後々払戻し請求のトラブルが起きる可能性が出てきます。

例えば、長男が医師で、次男が医師でない場合、次男を理事に就任させているケースです。

出資持分評価は上記の通り配当が禁止されているため、評価額が上がりやすくなります。

ですから、医師の子には医療法人の出資持分が相続され、医師でない子には相続されないケースが大半です。そして、それが遺産分割で大きな偏りが出る原因となるのです。

医師でない子から見れば「本来ならば法定相続分の遺産を平等に分配してもらえるはずなのに、なぜ少ししか遺産をもらえないのか」と不公平に感じます。

医療法人の後継者となる長男には、医学部の学費など多額の教育費がかかっていることが多いのでなおさらでしょう。

医師の子と、医師でない子で相続争いが起きた場合、不動産として医療法人を売却して、事業を廃止して遺産分割するようなケースもあります。

つまり、相続争いによってクリニックが存続できないこともあり得るのです。

持分あり医療法人の出資持分は換金ができない

医療法人の遺産分割で問題が起きやすいのは、出資持分は換金ができないという点も大きいでしょう。

医師の子と医師でない子には遺産分割で偏りが出やすいとはいえ、医師でない子はそれで泣き寝入りすることはないでしょう。

法定相続人には、遺留分の主張が認められているためです。

遺留分とは、「法定相続人が最低限遺産を相続できる割合」を決めたものです。

遺留分については、詳しいことは次の記事で詳しく書いています。

【関連記事】【5分でわかる】相続問題でよく聞く「寄与分」「遺留分」とは?

例えば開業医の先生が亡くなったあと、配偶者と医師の子(長男)、医師でない子(次男)に相続される場合を考えます。

医師でない次男には法定相続分の1/2を遺留分として主張できます。

配偶者が存命であれば法定相続分は1/2×1/2×1/4ですから、遺留分の主張できる割合は1/4×1/2=1/8となります。

この割合を下回る場合、次男は遺留分の請求をすることができますが、これを遺留分減殺請求と言います。

遺留分減殺請求が認められれば、長男は次男に遺留分を満たす分だけお金を渡すことになります。

ここで大きな問題が発生します。医療法人の出資持分は基本的には換金できないのです。

医療機器やクリニックの建物などは流動性がありませんし、しかも基本的に法人の持ち物なので、勝手に換金できません。

そうなると、長男は自分のポケットマネーから遺留分を次男に支払うことになるのですが、当然大きな負担となります。

これは不動産の相続の際によく出てくる代償分割と同じような問題です。

医師の子は相続税に遺留分の支払いに四苦八苦……

医療法人の遺産分割の大きな問題としては、このように兄弟間で揉めてしまうこと、そして後継する子に大きな経済的負担がかかることです。

医療法人の出資持分という自由度のない財産を継ぐことで多額の相続税負担が発生します。さらに他の兄弟から請求された遺留分も支払わないといけない。

つまり、医療法人の後継者が四苦八苦した状態になってしまうことも考えられます。

このようなことを避けるためにも、事前に医師でない子への遺産配分の方法をしっかりと考えておくべきでしょう。

それでは次に、クリニックを承継しない医師でない子への遺産配分の方法についてお伝えしていきます。

クリニックを承継しない子への遺産配分①【賃貸不動産】

医療法人の遺産分割問題の対策の1つは、クリニックを承継しない子へ賃貸不動産を引き継がせて賃料収入を得られるようにすることです。

開業医の先生にとって、資産運用のリスクヘッジや税金対策の観点で不動産投資は有効な手段の1つです。

優良物件であれば長期的な収益が期待できますし、国内であれば現金よりも不動産にした方が相続税評価額を下げることができます。

これはどういうことかというと小規模宅地等の特例を受けることができるため、評価額を下げて相続税負担を減らせるのです。

小規模宅地等の特例については、次の記事に書いてある事例の2つ目に詳しく掲載しています。

【関連記事】【なぜそうなった?】開業医の土地相続トラブル事例と対策

小規模宅地等の特例の適用条件によっては、相続税負担が変わってくるので、しっかり確認するようにしましょう。

ただ、当然のことながら不動産を相続する際は長期的に収益が期待できる物件に限ります。

不動産ということは固定資産税を支払い続ける必要もありますし、内装工事など維持費の負担もあります。

さらに売却しようとしても買い手が見つからないという流動性リスクが出てきます。

投資物件だから当然ですが、結果として損をするリスクがあることを十分踏まえておきましょう。

クリニックを承継しない子への遺産配分②【生命保険】

クリニックを承継しない子への遺産配分として、もうひとつ有効なのが生命保険の活用です。

生命保険は活用次第で、相続税や遺産分割の問題に対して両方とも対応することができます。

それでは、具体的に相続対策としての生命保険のメリットについてお伝えします。

不公平感を緩和

医療法人の遺産分割で生じやすい不公平感を緩和するために、生命保険は有効な活用方法です。方法は大きく2つあります。

1つはクリニックの後継者を死亡保険金の受取人に指定し、後継者はその死亡保険金で代償分割する方法。

もう1つはクリニックを承継しない子を死亡保険金の受取人とする方法です。相続時に相当額の保険金を受け取らせることで、遺産配分のバランスを図ることができます。

死亡保険金は遺産分割協議の対象外

死亡保険金は受取人固有の財産となるため、原則として遺産分割の対象とはなりません。そのため遺産分割協議を必要としません。

このため、お金をあげたい人を受取人に指定することで、確実にお金をその受取人にあげることができます。

死亡保険金の「非課税限度額」を活用できる

生命保険料を支払うことで、単純に相続財産が減らすことができます。つまり、相続税を支払うケースでは、税額も減少することになります。

また生命保険の死亡保険金は相続税の対象となりますが、残された家族の生活を保障するという重要な意味合いもあります。

そこで「非課税限度額」というものが設けられており、「500万円×法定相続人数」が非課税限度額となります。

支払われた保険金の合計額が、非課税限度額までであれば、法定相続人の誰が受け取っても課税されることはありません。

現金で1,000万円遺せば、その1,000万円が相続税の課税対象になりますが、保険金で遺して法定相続人が2人であれば、この分は非課税になります。

このことから、生命保険は、相続財産の評価額を減らすための有効な手法と言えるでしょう。

ただし、契約者と被保険者が同一で、かつ死亡保険金の受取人が法定相続人である場合に限られます。

すぐに現金化できる

被相続人が死亡すると、故人の口座は凍結されてしまいます。戸籍の収集や遺産分割協議書など、さまざまな書類を準備しなければ実質動かすことができません。

しかし生命保険による死亡保険金は、現金ですぐに受け取ることができます。葬儀費用などまとまった現金がすぐに必要となる場合に役立ちます。

【関連記事】【開業医の遺産相続】故人の凍結された銀行口座は遺産分割協議が終わるまで解除されない?

クリニックを承継しない子への遺産配分③【持分なし医療法人への移行】

遺産分割の問題がどうしても解決できそうになく、医療法人の解散の可能性が低い場合は持分なし医療法人への移行も検討するといいでしょう。

出資金の相続税評価額をゼロ(基金拠出型医療法人の場合は基金額が上限)にできるためです。

ただし、次の点は注意するようにしてください。

  1. 解散時に蓄積された利益が返ってこない
  2. 出資者全員が出資持分を放棄する必要がある
  3. 贈与税がかかる場合がある

詳しいことは、以下の記事をご覧ください。

【関連記事】【持分あり医療法人の事業承継】後継者に引き継がせるには?

【まとめ】医療法人の遺産分割で揉めないために

今回は、持分あり医療法人の遺産分割問題についてお伝えしました。

医療法人の出資持分の特徴から、クリニックの後継者とそうでない子で遺産相続に不公平が生じやすいです。

そのため、相続人の間でトラブルが発生しやすく、場合によってはクリニックを承継する子に大きな経済的負担が伴うことがあります。

このようなことがないように、クリニックを承継しない子には、どのように遺産を配分していくか考えることが重要です。

早めに専門家に相談するなどして対策を検討していくようにしましょう。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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