医療法人が家族経営する場合のメリットとデメリット

公開日:2018年12月23日
更新日:2024年4月9日

はじめに

医院・クリニックの経営は、規模が比較的小さく家族経営(同族経営)となることが多いと言われています。

実際、医療法人化する場合には、社員や理事を揃える必要があり、配偶者や子供などの親族が就任する場合がほとんどです。

ただ、親族が理事に就任しても、その関わり方は様々です。

まったく経営に関与せず、財務状況すら概略程度しか知らないとなるケースもあるし、事務長やスタッフとして日々の運営に深く関わることもあります。

今回は、医療法人が家族経営(同族経営)する場合のメリット・デメリットについて書きたいと思います。

医療法人の家族経営のメリット

医療法人の家族経営のメリットとしては、まずは節税の面で有利になることが挙げられます。

一方で、医院運営の観点からも、家族ならではのメリットが出てきます。

例えば、家族だと軋轢が起きにくい、お金の管理を任せやすい、毎日顔を合わせるなどです。

このように、家族経営では税制的なメリットと運営上のメリット両方が考えられます。

以下に詳しく書いていきたいと思います。

家族経営の税金対策の優位性

これは医療法人設立時のメリット・デメリットの記事でもお伝えしましたが、医療法人の場合、家族経営(同族経営)にすることで税金面で有利になります。

というのも家族を役員にすることで、非常勤報酬という形で支払うことが可能になるためです。

個人の開業医の場合だと、青色事業専従者給与しか認められず、その青色専従者給与は専従が条件となります。

つまり、実質的には配偶者だけが対象になることが大半です。

一方で医療法人の場合は配偶者以外の家族も役員にすることができるため、非常勤役員報酬を支払うことで、所得の分散による節税が可能になります。

つまり、個々の家族の所得税・住民税の税率が下がり、結果的に理事長家族全体の所得が増えることになります。

具体例を挙げますと、理事長である院長先生1人のケースと、理事長と奥様がいる場合のケースで考えます。

(1)理事長1人で3,000万円の年収
(2)理事長2,000万円+奥様1,000万円=合計3,000万円とした場合

理事長1人のケースだと、

(3,000万円―給与所得者控除220万円)×40%-控除額279.6万円=832.4万円

となりますが、これを理事長と奥様の報酬とすることで、

理事長=(2,000万円―給与所得控除220万円)×40%-控除額279.6万円=432.4万円
奥様=(1,000万円-給与所得控除220万円)×33%-控除額153.6万円=103.8万円
理事長と奥様の所得税合計額=432.4万円+103.8万円=536.2万円

このように、奥様1人役員にするだけで、このように所得税差が296.4万円にもなります。

このような大きな差が出てくる要因としては、給与所得控除と、税率の差があるためです。

もちろん医療法人であれば、奥様だけではなくお子さんなどご家族を役員にすることができるので、家族全体の所得税を大きく下げることができます。

よって、個人の開業医よりも医療法人の方が、家族経営の税金対策のメリットは大きくなります。

ただし、その役員報酬が過大かどうかは、やはり税務調査の対象となります。

その役員の職務の内容と照らし合わせ、対価として高すぎないかは税務調査のときにチェックされます。

そのため、報酬を支払っている家族に対して税務調査がある旨を伝え、対応方法を考えていくことが必要です。

また、役員報酬が上がれば社会保険料も上がりますから、その負担を考慮に入れておく必要があります。

家族経営の医院運営のメリット

次に、税金対策ではなく、医院運営の観点で家族経営はどうでしょうか。

家族経営というと、一時期は「スタッフが働きにくい」と避けられたこともありますが、家族だからこその運営のやりやすさはあります。

事実として、先生の奥様に労務や管理などの事務的な仕事を受け持ってもらうケースが増えてきた傾向にあります。

また、近年の医院・クリニックも生き残りをかけるため、「家族は入れずにスタッフを雇用する」と言っていられないのが現状です。

医院の家族経営のメリットとしては、次のようなことがあります。

(1)家族の方が軋轢を生じにくい

家族経営の場合だと、「スタッフが働きづらくなる」というのはたしかにあります。

デメリットのところで詳しく話しますが、スタッフが疎外感を感じやすくなるというのはたしかにあるでしょう。

一方で、家族に仕事を任せたほうが、スタッフを新しく雇うより軋轢が生じにくいというのがあります。

(2)家族経営だと基本的に裏切らないので、お金の管理を任せやすい

先にも書いたように、例えば先生の奥様に事務や経理を任せるケースがありますが、これは家族だと裏切らないためです。

自分の医院のお金は、やはり自分でなければ家族に管理してもらいたい、というのが本音としてあるのではないかと思います。

(3)事情を理解しており、急な対応の無理が言いやすい

これも家族経営ならではのメリットと言えます。

家族経営であれば、家庭の事情なども把握しているため、スタッフにはとても言いづらいようなことでも、家族には言いやすくなります。

こういうことは、やはり新しいスタッフよりは、家族経営の方が有利な面があります。

(4)愚痴や不満が他のスタッフに漏れにくく、率直な話がしやすい

家族というのは、どこかスタッフに言いづらいようなことでも、率直な話がしやすいものです。

しかも、愚痴や不満といったものが他のスタッフに漏れにくい。

それだけに閉鎖的になりやすいですが、この点でいけば、人間関係のストレスは起きにくいかと思います。

(5)毎日顔を合わせるので、意思決定が迅速

もう1つ、家族経営ならではのメリットがこれです。

家族なので、毎日顔を合わせているわけです。

だから、常に顔を合わせて話ができます。しかも家でも仕事の話をしようと思えばできます。

やはり、電話やメールに比べれば、対面で話をした方が話は進みやすいものです。

医療法人の家族経営のデメリット

それでは、医療法人の家族経営は、税金対策でも運営でも、何でも有利、メリットだらけなのかと言えば、そんなことはありません。

当然、家族経営ならではのデメリットがあります。ここでは、例を挙げながらデメリットについてお話したいと思います。

開業医の妻にどこまで仕事を任せるか?

これは医療法人に限らず、開業医の家族経営によくある話ですが、院長の妻が医療事務をしながら、事務長的な役割を果たしている場合があります。

特に事務や経理に関しては、先にも書いた通り、院長先生とは揉めにくい、妻だからお金の管理などの仕事を任せられるというのがあります。

院長の奥様が看護師をしているというケースも多く、この場合も、奥様は看護師長的な役割をしていることがあります。

しかし、信頼してしまうがゆえに、あらゆる権限を与えてしまって良いかと言えば、それは別の話です。

スタッフの教育や評価まで奥様に委ねてしまうのは問題です。

例えば、こんな例がありました。

・売上が大きく落ち込んだとき、いきなりスタッフの残業代をカットしだしたら、反発が起きて大量離職が起こってしまった。

・院長先生の奥様があまりに厳しく、しかも嫌なことまで押し付けるので、パワハラと騒がれてトラブルに発展した。

このように、他のスタッフとのトラブルも発生しやすくなります。

いくら奥様が信用できるからといって、キャパシティ以上の仕事を与えてしまうのは無理があります。

特にスタッフとの人間関係に影響している場合は、大量離職に繋がったりするので注意が必要です。

【関連記事】開業医の妻が院長のクリニックで仕事するときの役割とは?

他のスタッフが疎外感を覚え、やる気が下がる

家族経営の医院の場合、あまり家族だけで固まると、今度は他のスタッフが疎外感を覚え、やる気が下がる可能性があります。

特に医療法人は、規模の小ささと先の税金対策の観点から、家族が社員や理事に就任するケースが多いです。

そうなると、方針が家族だけで決定され、あまりスタッフのことを考えない医院になってしまう可能性もあります。

あまり理事長の家族の方針だけで、スタッフの意見を受付けないようになってしまうと、当然疎外感を覚えます。

結果として、家族以外のスタッフはあることをきっかけとして、大量離職したり、トラブルに発展することになりかねません。

ただでさえ、家族経営は閉鎖的で他者を受付けない経営になりがちなので注意したいところです。

揉め始めると収拾がつかない

また、家族が絶対的に信頼できるとは限りません。

むしろ、医療法人の運営方針で揉め始めると、収拾がつかなくなります。

しかも家族経営ですから、医院内の問題は、そのまま家の中の雰囲気も悪くなります。

医院内では対立し、家の中では会話がまるでなし。

ひとたび揉めれば、毎日顔を合わせる関係だけに24時間イライラしっぱなし。関係は悪化する一方です。

家族というのは、人間関係でもっとも近い関係だけに、1回関係が悪化すれば、どんどんドロドロしてしまいます。

ドロドロするほどの対立になれば、看護師やスタッフにも悪影響が出てきて、院内の雰囲気も悪化します。

最悪、スタッフの大量離職なども起こりかねないし、医院内の評判にも傷がつくことになります。

家族ならではのコミュニケーションエラーが発生しやすい

家族経営になると、「これくらい言わなくてもわかるだろう」という勝手な思い込みが出てきて、かえってコミュニケーションエラーが発生しがちです。

それだけに、医院内で対立が起こりやすく、しかも先に書いたように収拾がつかないというドロドロした状態に発展しかねません。

例えば、このようなケースがあります。

長男がクリニックの院長、次男が事務長という医療法人の例です。

次男は医学部ではなく、他の学部の大学を卒業後、一般企業で働いていました。

しかし、長男のクリニックが忙しくなったことを理由に、長男のクリニックに入職。

そして長男は、事務的な仕事を次男に任せ、自分は地域連携のための会合や、ずっと行けなかった勉強会に行くようになりました。

業務を兄弟で分担できるようになり一安心かと思いきや、あるとき、長男はスタッフから次男の仕事に対してクレームを受けます。

「備品の補充や機器修繕の依頼をしても動いてくれない」
「忙しいときにどうでも良い話をする。私語が多い」
「人の好き嫌いが激しいのか、人によって扱いが全然違う」

というもの。

長男は、どうしたものかと次男と話し合いの場を持ちますが、出てきたのは…

「兄ちゃんばかりが飲み会に行って楽しんでいる」
「自分は病院に閉じ込められて、なんの楽しみもない」
「兄ちゃんばかりがずるい」

という長男に対する愚痴ばかり。

驚いた長男は、会合の参加の意味や、院長としての業務範囲を説明したつもりですが、次男は納得できませんでした。

次男の業務態度は変わらないまま。

スタッフが仕方なく間に入ったところ、わかったのは兄弟のコミュニケーションの問題でした。

それが「兄弟なんだから、言わなくてもわかるだろう」という思い込みで、お互い全然説明していなかったのです。

長男は長男で、次男に事前の説明がなく会合に出かけたので、次男の不満が爆発しました。

次男は次男で、良かれと思って勝手に行動していたことがありました。

スタッフとの私語も雰囲気作りのためにやっていたのですが、これが長男に伝わっていませんでした。

結局、長年の兄弟の関係は改善することができず、次男はこの医療法人を退職しました。

まとめ

医療法人の場合、家族経営の場合は税金対策上のメリットが出てきます。

非常勤役員報酬を支払うことで、所得の分散による節税が可能であるためです。

一方で、医院の運営の観点からいくと、家族経営は長所もあれば短所もあるというのが正直なところです。

ただ、デメリットで挙げた家族経営ならではの居心地の悪さ、家族で揉めると収拾が付かないなどの問題は、避けることはできると思います。

「キャパシティの範囲内で家族に仕事を与える」
「家族だからといってしっかりとコミュニケーションを取る」
「家族は家族、仕事は仕事と割り切る」

家族ゆえの甘えは、業務やコミュニケーションを曖昧にし、良い結果を生みません。

夫婦、親子、兄弟…家族経営にはいろいろな形はありますが、しっかりコミュニケーションを取って、円滑に医院運営していきたいものです。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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