はじめに

医師は、患者さんの病気やケガを治療し、時には人命をも救うといった、かけがえのない存在として、遙か昔からその重要な役割を果たしてきました。

場合によっては、患者さんの人生をも左右するほどの影響をもたらすと言っても、決して過言ではありません。

それゆえ、医師という職業は、重大な責任やプレッシャーもある反面、とてもやり甲斐のある仕事と言えるでしょう。

まさに「ホスピタリティ」の精神で、身を粉にしてでも一人でも多くの悩める患者さんを救いたい。

そんな思いで、日々の医療現場に従事している先生も、多いのではないでしょうか。

しかし、当然ながら、医師も人間です。

24時間365日、フル稼働することは不可能です。

ですので、時には困っている患者さんを目の前に、診療を拒否せざるを得ない状況となるケースも、あるかも知れません。

そこで今回は、「診療拒否できる?できない?医師としてこれだけは知っておくべき応召義務の5つのポイント」についてお伝えしていきます。

医師の応招義務とは?

応召義務とは、「医師が診察や治療を求められた際には、正当な事由なく拒否をしてはならない」

つまり、診療行為に応じる義務があると法律(医師法第19条)で定められています。

これは、医師のみならず、病院も同様に診察や治療を拒否できないと理解されています。

ですので、基本的には診療を拒否することはできません。

では、どのような場合に医師が診療を拒否できるのか?について、ご説明します。

正当な事由の判断基準

まず、「行政における」正当な事由としての判断基準は、時代とともにその解釈も変化しています。

[昭和24年通達]
具体的な場合において、社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべき。

[昭和30年通達]
医師の不在または病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる。

[昭和49年通達]
地域において夜間急患診療体制が確保されている場合、医師が患者に対して、休日夜間診療所等で診療を受けるよう指示することは正当な事由にあたる。
※但し、直ちに応急の措置が必要な場合は、医師は診療に応じる義務がある

一方で、「裁判例における」正当な事由としての判断基準は、以下の通りです。

救急事案では、「原則として医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合とする」
といった厳格なものもあるが、その他の事案においては、事案の実態に応じてさまざまな判断がなされています。

全体的な裁判例からの解釈としては、通常医療においては緩やかに判断し(医師の診療拒否を認める)、救急医療においては厳格に判断している(医師の診療拒否を認めない)といえるでしょう。

具体的な行政解釈と裁判事例

では、「正当な事由」という観点から、実際の行政解釈と裁判事例について、具体的な内容を示して下記1~5に大まかにまとめました。

  1. 休日に急患の診療依頼があったとしても、その地域にしっかりした休日夜間の診療体制が整っているのであれば、休日夜間診療所での受診を指示することによって診療を拒否しても、応召義務違反とはなりません。
  2. 過去に診療費が未払いの患者から診療を求められた場合は、それを理由に直ちに拒否できるわけではありません。
    但し、資力があるにもかかわらず、再三の説得や督促に応じなかった場合は、診療を拒否しても、応召義務違反とはならない場合があります。
  3. 患者が医師の注意や説明を聞かず、ほかの患者を萎縮させるような暴言を吐く場合は、診療を拒否しても応召義務違反とはならない場合があります。
  4. 医師が病気で重症な場合は、診療を拒否しても応召義務違反とはならない場合があります。
  5. 医師が専門外の診療を求められた場合は、可能な範囲で応急処置をする必要があります。直ちに診療を拒否した場合は、応召義務違反となり得ます。

応招義務に違反した場合の罰則

では実際に、正当な理由なしに診療を拒否した場合において、具体的にどういった罪に問われるのでしょうか?

診療を拒否された患者さん側からすれば、場合によっては取り返しのつかない事態になってしまう可能性もあります。

ですが、実は、応召義務に違反(正当な事由がないのに診療を拒否)したとしても、法律上の刑事罰を科せられることはないのです。

医師が職務を放棄したことにより損害が発生しているのに、なぜ?と疑問に思われる方も多いかもしれません。

しかし、いっさい何の罪にも問われず、全くお咎め無しなのか?というと、もちろんそうではありません。

実際に応召義務違反を繰り返し行っていると、医師免許の取消や停止という、厳しい行政処分が科される可能性があるのです。

更には、医師が患者さんから、民事上の損害賠償請求を受けるといった事例も過去にあります。

医師として責任のある仕事に従事するからには、診療を拒否する場合に、もしくはやむを得ず拒否しなければならない場合には、「正当な事由」なのかどうかの判断力も必要なのです。

新しい診療の形「遠隔診療」

最後に、遠隔診療についてお伝えしたいと思います。

というのも、この遠隔診療が先に述べた応召義務を果たすために、重要な役割の一つとなり得るからです。

現在、パソコンやスマートフォンの普及と進歩に伴い、それらの機器のテレビ電話機能を用いた「遠隔診療」が話題になり、新規事業として手がける会社も出現しています。

平成9年度の厚生労働省からの通達では、「遠隔診療は、例えば離島やへき地といった、対面診療が困難な場合にのみ行われるべき」との判断でした。

つまり、当時はやむを得ない状況に対してのみ、限定的に認められた診療方法だったのです。

それが、平成15年に改正され、「症状の安定している慢性期疾患患者に対して、遠隔診療を用いることも可能」となり、そして遠隔診療が可能な具体例が明示されました。

その後、平成29年に出された通達においては、「安全性・有効性が認められ、映像・音声による遠隔診療や対面診療と組み合わされていれば、電子メールやSNSによる遠隔診療も可能」という判断になりました。

ようやく、遠隔診療が一般的なものとして、その認識が広まり始めたのです。
師側の診療時の負担を大幅に減らすことで、診療を拒否するといった状況を一部回避させることにもつながるというわけです。

将来的に、医師の診療を安定供給させるための一つの手段としても、遠隔診療の普及が今後更に期待されています。

その一方で、遠隔診療の現状に関しては、初診料の算定や診療報酬の評価、院外処方の服薬指導等、まだまだ課題が多いのも事実です。

今後の行政の動きにも注視する必要があるでしょう。

まとめ

今回は、医師の応召義務に関して、その具体的な内容や診療拒否できるケース等についてお伝えしました。

  1. 医師の応召義務とは?
  2. 正当な事由の判断基準
  3. 具体的な行政解釈と裁判事例
  4. 応召義務に違反した場合の罰則
  5. 新しい診療の形「遠隔診療」

医師の応召義務に関しては、開業医・勤務医を問わず、必ず知っておくべき重要な内容の一つです。

きちんと理解しておくことで、本来なら被っていたかもしれないリスクを回避することが可能ですので、医師としての仕事のモチベーションのみならず、売上のUPにも繋がるでしょう。

ぜひ、今回お話した内容を踏まえた上で患者さんと向き合い、貴院の発展にお役立ていただきたいと思います。

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プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

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