倒産、廃業に追い込まれる美容外科の開業失敗事例

公開日:2019年3月15日
更新日:2024年3月20日
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開業医の先生の平均年収は約2,763万円程度という結果がありますが、診療科目によってばらつきがあります。(厚生労働省第22回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(2019年)より)

美容外科の平均年収については公的なデータはありませんが、約4,500万円ではないかと言われています。開業医全体の平均年収より、2,000万円近く高いことになります。

場合によっては年収1億円以上の美容外科医もいるという話はよく聞く話です。

これは、美容整形外科は一部症例が認められるもの以外は基本的に自由診療で、クリニックによって差が大きいのもあるでしょう。

しかし、それだけに、倒産、廃業に至るクリニックも多い診療科目でもあります。過去には大手のクリニックが倒産したこともあります。

華やかなイメージの高い美容外科ですが、ハイリスク・ハイリターンの診療科目と言えます。

今回の開業失敗事例では、こうした美容外科の失敗例と、開業の注意点についてお話していきたいと思います。

A先生の美容外科の開業失敗事例

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東京都内のクリニックの形成外科で勤務医として働いていたA先生。

勤務医としての年収でも1,500万円程度と、勤務医の平均年収くらいにはなっているのですが、内心では「もっと儲けたいなあ」と思っていました。

そんなときに、先に美容外科として開業した先輩医師が、年収4,500万円ほどになっているという話を聞きます。

身近にそれくらい稼いでいる人がいることで、リアルに「自分もいけるのでは?」と思い始めます。

「今より3,000万円も年収アップしたら……」

と、自分もそれくらいの年収を手にしたときのライフスタイルを想像したら、もうワクワクして仕方ありません。

A先生は、美容外科の開業医としての夢を膨らませていきました。

形成外科の技術を十分習得し、いざ開業を決意

日本形成外科学会によると、「美容外科医になるにはどうすれば良いか?」という問いに対して、次のような見解を述べています。

形成外科の専門医を取得してから、サブスペシャルティとして美容外科診療を行うことが望ましいです。
法律上は形成外科専門医でなくても美容外科診療を行えますが、美容外科の多くの手技は形成外科で学ぶべき手技の基に成り立っています。
技術的にも倫理的にも優れた美容外科医は同時に優れた形成外科医である場合がほとんどです。

引用元:日本形成外科学会ホームページより抜粋

A先生も、形成外科専門医として十分技術を習得し、美容外科医としてやっていく自信がついてきました。

「よし!いよいよおれも開業だ!」

とA先生は、満を持してインターネットで見つけた開業コンサルタントに依頼し、美容外科を開業することにしました。

開業コンサルタントの言われるまま……

年収が4,000~5,000万円くらいになれば、今よりリッチな生活が送れると思うと、思わず顔がニヤけるA先生。

しかし、これが地獄の始まりでした。

A先生は開業コンサルタントに言われるがまま、物件、医療機器、資金調達、ホームページ、人材の確保、様々な準備を進めました。

都心の一等地で、美容外科らしく、かなりお金をかけて、高級感があって女性が好みそうな外装、内装。

医療機器や設備も最新でハイスペックなものを揃え、ライバルの美容外科に負けないような体制を整えました。

結果として、開業費用は1億円ほどかかってしまいました。ほとんどは銀行の借り入れです。

A先生は少し不安になりましたが、開業コンサルタントの

「美容外科は高級感の演出、そして最新の医療機器を揃えたら、だいたいこんなものです。まあ、すぐに返せるでしょう」

という言葉に、すっかり安心してしまいました。

そのうち、いっぱい稼げるわけだから、すぐに借入金は返せるだろう。

A先生ははりきって開業を迎えました。

全然患者が来ない……

これだけあれば、すぐに患者は来るだろう…、このAさんの考えは甘かったようです。

そう、開業してから全然患者さんが来ないのです。

「最初はそんなものなのかなあ?」と思いつつ、開業コンサルタントに相談してみました。

そしたら、

「広告を出せば大丈夫ですよ」とアドバイスされます。

A先生は、インターネットで広告を出したり、地方誌で広告を出したりしました。

競合に負けないため、ホームページ制作にもお金をかけます。美容外科の雰囲気が伝わるように、高級感のあるデザインで作ってもらいました。

しかし……

結果として、集患効果は全然ありませんでした。

借入金の返済はあるし、人件費の支払いはあるし……。

しかも、A先生の美容外科のある地区は競合が多いため、広告費がかなりかかってしまいました。それでも集患できないので、大きな損失です。

ついに自己破産……

もともとセレブな生活に憧れを持っているA先生は、そこまで貯蓄がうまくありません。

自分自身の貯金を切り崩す日々が続きました。

「あれ、儲かると思っていたのだが、むしろ生活が苦しくなっている…」

と思ったのもつかの間、あっという間に貯金は底についてしまいました。

そして1年後、A先生は廃業に追い込まれ、借金を返せずに自己破産してしまいました。

なぜA先生の美容外科は廃業、自己破産に追い込まれたのか?

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この事例は、実際にあった美容外科の失敗事例をもとに編集したものです。

編集したとはいえ、実例とはさほど大きく変わりません。

そして美容外科のクリニックは、比較的廃業件数が多いのです。

さらに、この事例には、美容外科開業の典型的な失敗要因がいくつか隠されています。

資金計画なく巨額の開業資金をかけてしまった

まず、A先生の場合、1億円もの開業資金をかけてしまっています。

最初に開業するクリニックで、これだけの巨額の投資をしてしまうと、医院経営が軌道に乗るまで、キャッシュフローを大きく圧迫します。

ただでさえ美容外科は最新の医療機器などで比較的開業資金がかかる傾向にあります。しかもA先生は都心の超一等地の物件を選んでしまいました。

さらに、高級感を演出するために、内装、外装も豪華なものにしてお金をふんだんにかけました。

高い物件、建設費、医療機器……、開業資金が1億を超えるのも無理はありません。

それでも、明確な資金計画があれば、自己資金をほとんど出さなくても何とかなったでしょう。しかもコロナが流行して以降は、金利が低い傾向にあります。

では、何が一番問題だったか?

A先生は、その資金計画がとても曖昧なままだったのです。

そのため、どのくらい集患が必要か、売上が必要か、どれくらい利益を残さないといけないかが、ほとんどわかっていませんでした。

美容外科に限らず、莫大な資金を必要とする医院開業で、明確な資金計画がないのは非常に危険です。

開業コンサルタントに言われるがままになってしまった

なお、開業コンサルタントも、開業資金が多ければ多いほど自分は儲かるのもあって、A先生の開業資金を抑えようとはしませんでした。

また、開業コンサルタントは、さほど多くの打ち手を用意できるほど有能ではなく、「広告出そう」など、誰でも言えそうなアドバイスしかできない人でした。

開業コンサルタントはアドバイスこそしますが、施策が失敗して痛手を負ったときの責任は取りません。

しかも、開業医の先生に成功して欲しいと思っているコンサルタントだけではなく、自分の儲けを優先して動くコンサルタントも多いです。

A先生は、開業コンサルタントに依頼するとしても、もっと注意して選ぶ必要があったのではないかと考えられます。

大手の美容外科の広告戦略には勝てない

美容外科の競合は、近隣のクリニックというよりは、どちらかというと大手の美容外科になります。

美容外科は「近いから」という理由で来院することが比較的少ないためです。そのため、どうしても広告に力を入れている大手の美容外科が有利になります。

大手の美容外科クリニックと、A先生のかけられる広告費は、桁が違います。

大手の美容外科クリニックのテレビCMを何回も見たことがあると思いますが、それだけ大手は莫大な広告費をかけているのです。

正直、まともな広告宣伝では勝てるわけがありません。

A先生は、闇雲に広告費をかける前に、しっかりマーケティング戦略を考えるべきでした。

近隣に美容外科が多いのはさほど問題になりませんから、しっかりとしたマーケティング戦略を立てれば、何とかなったかもしれません。

たとえば、大手の治療外科との違いを打ち出した魅力的なコピーが入った広告を検討するべきでした。

数打てば当たるでは絶対に大手に勝てることはなく、イメージ広告的なものより訴求力の高い広告が必要だったと考えられます。

ただ、クリニックの広告は、訴求力を上げようとすると、医療広告ガイドラインの壁があります。

医療広告ガイドライン一例
  • 体験談は基本的にNG
  • 「◯◯手術は効果が高く、おすすめです」はNG
  • 「最高」「最高峰」「最高級」などの最上級表現はNG
  • 「痛くない治療」はNG
  • 雑誌や新聞に医院や医師が紹介された記事や、芸能人や著名人との関連は掲載NG

など、患者さんが誤認しないように配慮するため、かなり表現できることが限定されています。

【関連記事】知らないと怖いホームページの医療広告規制5つのポイント

自由診療の割合が高い歯科や美容外科、美容皮膚科なんかは、特に気をつけないといけません。

クリニックのコンセプトが不明確だった

先ほどマーケティング戦略の話をしましたが、そもそもA先生はマーケティングの前提となるようなコンセプト設計が不明確でした。

自分自身の美容外科の強み、売りは何なのか、なぜうちの美容整形でないとだめなのか、といったものです。

コンセプトを元にして、詳細な事業計画をしっくり組むように考えないといけません。

そうでないと、A先生のように全然集患できない、借金が返せないとなっても、打ち手がありません。

このパターンで倒産してしまう医院・クリニックはかなり多いです。

開業時は浪費癖があると厳しい

開業資金については、美容外科は比較的かかる傾向にあるので、ある程度仕方なかったかもしれません。

ただ、A先生には致命的な欠点がもうひとつありました。浪費癖です。

開業資金がかかれば、それだけ借入金の返済でキャッシュフローを圧迫するので、浪費は避けないといけません。

しかし、A先生は勤務医時代から外車をすぐ買い替えたり、夜は派手に豪遊したりするなど、お金を散財していました。

その挙げ句に、奥様もかなり浪費家であったため、年収の割に貯蓄がありませんでした。

開業してから経営が黒字化して安定するまでは、ある程度身の丈に合った生活をしないと、生活がどんどん苦しくなります。

A先生の先輩医師はなぜ美容外科で成功したか?

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それでは、A先生の先輩医師(仮にB先生とします)は、なぜ無事に医院を運営し、4,500万円もの年収を手にしたのでしょうか。

言ってみれば、A先生と逆のことをしたのです。

堅実で浪費しない

まず、A先生のような散財癖がありませんでした。

B先生は、華やかな美容整形のイメージとは一味違い、かなり堅実で、勤務医時代からしっかり貯蓄したり、一部を運用に回したりしていました。

今でこそベンツを保有していますが、それは開業3~5年で、医院の運営が安定した頃です。

その頃に自分のクリニック名義で車を買えば、経費で買えて税金対策になることも意識したのでしょう。

貯蓄や節税に関することをしっかりと把握し、無駄遣いを極力避け、開業時のリスクを避ける努力をしていたのです。

明確な資金計画があった

それでいて、しっかりした資金計画を立てていました。

これも通常の開業医の先生と違って、まずは自分自身がどのような生活を送りたいか、ということから逆算していました。

どうしても開業というと、物件選びに着目する先生が多いのですが、本当に大事なことは資金計画です。

そうでないと、A先生のように、無理のある開業資金をかけてしまうことになります。

コンセプトを明確にした

最後に、B先生が素晴らしかったのは、コンセプトです。

じつはB先生はただ儲かるという理由で美容外科医になったわけではありません。

B先生は、大学時代、年の離れたお姉さんが美容整形で失敗し、裁判沙汰になったことがあるのです。

そのとき、B先生は美容外科医を信じられなくなり、「おれは絶対に美容整形はやらない」と思ったそうです。

しかし、そのタイミングで、あるとき、今度は尊敬できる美容外科の先生に出会います。

その先生は、とても人間的に尊敬できる先生だったそうです。

「将来この先生のような人になりたい」

そう思ったB先生は、「姉さんのような裁判沙汰は嫌だ、もっと責任を持って治療できる美容外科医になりたい」と思い直し、美容整形の道を選ぶのです。

このように、理念がはっきりしていたB先生は

「なぜ開業するのか」
「自分自身のクリニックの強みや売りは何か」
「なぜ勤務医ではだめなのか」
「どういう患者さんに来てほしいか」
「なぜ自分でなくてはだめなのか」
「自分が提供できる価値は何か」

ということを徹底的に考え、ブレないコンセプトを作り上げました。

B先生も、近くに大手の美容外科はあったのですが、結果として大手と競合しない美容整形クリニックに成長しました。

【まとめ】資金計画とコンセプトを明確に

美容整形外科は、他の診療科目に比べても年収は高いものの、開業資金もそれだけかかり、リスクも多い診療科目です。

  1. キャッシュフローを圧迫しやすい
  2. 通常の広告戦略では大手に勝てない
  3. 開業して数年は浪費しない
  4. 明確な資金計画とコンセプトを立てる

これを意識するかしないかだけで、A先生とB先生みたいに、はっきりと天国と地獄が見えるのがわかったでしょう。

特に重要なことは、明確な資金計画とコンセプトです。これがないと、羅針盤のない地図と一緒で莫大な借入金とともに迷走することになります。

いずれ美容外科を開業したいと考えている人は、ぜひ参考にしてほしいと思います。

笠浪 真

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

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